第6話 種も仕掛けも御座いません

 しばらく土を掘り返していると、段々と掘り返す土の湿り気が増してゆき、やがて土をすくった後に水がにじみ出てくるところまで行きついていた。一仕事終えた俺は穴の斜面を上りながら、縁に立って作業を眺めていたムツメに声をかける。


「いや~、ムツメが来てくれて本当助かったよ。危うく水の出ない穴を延々と掘り続けるとこだったわ」

「役に立てて何よりじゃが、水が無い間はどうしておったんじゃ?」

「それが、今もそうなんだけど、別に喉が渇かないんだよね。あと腹も特に減らないんだよ。食べようと思えば食べられるんだけどね。多分、エルカさんが何かしてくれたおかげなんだと思うんだけど」


 ムツメはそれを聞くと、「ほおお」と感心したように声を漏らした。


「神の眷属は流石じゃのぉ。ちょいとまた体を調べてもよいか?」

「お断りします」


 俺は即座に拒否した。また尻を弄ばれちゃかなわんからな。俺のケツは安くねぇんだよ。


「……お主、今『また尻を触られるかも』と思ったじゃろ」


 ムツメが俺をぎろりと睨みつける。ば、馬鹿な、心を読まれてる!? こいつメンタリストか!? 深く追求される前に話題を変えて誤魔化さねば!


「で、でもずっと喉が渇かないままとも限らないし、水が見つかって本当に良かったわ~! 下手するとこう、苦しみながら『み、水~! 水をくれ~!』って」


 なるところだった、と言葉を続けようとして、ふいに両手がカッとなる感覚を覚えた。えっ、この感覚は――と思ったのも束の間、両手からざああっと勢いよく水が溢れ始める。俺と向かい合って話していたムツメは「むおっ?」と短く声をあげ、素早く身をかわして水を避けた。


 自分の手から水が流れ出るという未知の体験に、俺はただただ「あわわわわっ」と動転しながら右へ左へと両手を振り回していた。それと同時に水もざばざばと左右へ振りまかれる。「やばいやばい早く止めなきゃ」と苦し紛れにギュッと手を閉じてみると、ふっと水が勢いを無くし、ようやく奔流が止まる。よ、良かった、何とか止まったよ……。


 ほっと胸を撫で下ろして呆けていると、ムツメがぽつりと呟いた。


「水……出たのう……」

「水……出せるのかよ、俺……」


 今日も含めて、数日間の労働が完ッ全に無駄だったというのは流石に悲しいわ……。エルカさんが水源だのを用意していなかったのは、俺がこうして自分で水を出せるからだったのかもしれないな。


 ムツメは「ふむう」と声を漏らしつつ俺が出した水の跡をじろじろと眺め、


「しかし今のも魔法なのは確かじゃが、詠唱が無かったのは勿論のこと、発動前に大気中の魔力の変化も無ければ発動後の魔力残渣も無いとは、これまた珍しい代物じゃのう。どれ、ひとつ調べてみるかっ」


 と、楽し気に喋ったかと思うと、俺の背後へと回っていった。こ、こいつ、まさかまた……!


「あのう……調べるのに尻を掴む必要って本当にひぎぃっ!!」


 ぐわしっと尻を鷲掴みにされ、俺の疑問は途中でかき消えてしまった。くそっ! やっぱり尻を狙ってやがったか……!


「何か喋ったか? ほれ、ぼさっとしとらんでさっさと水を出せ、水を」


 ムツメは催促しながらグイグイと尻を強く圧迫する。くっ、尻は自由に出来ても心まで自由に出来ると思うなよ……! そのうちしかるべき場所に訴え出てやるからな……! それに「水を出せ」と言われてもなぁ。なんで出たのか俺自身も良く分からないってのに。羊羹を出す時と同じ感覚がしたのは確かだが……。


 あ、そうなると「羊羹食いてぇー!」が呪文だったのと同じで「水」とか「水をくれ」が呪文になってるのかもしれないな。でも羊羹出すのと原理が同じだとしたら、一日一回しか出せない可能性もあるよな。う~ん、とりあえず試してみるか。


 俺は羊羹を召喚した時のようにすうっと息を吸い、少し溜めを作ってから、右手を突き出すと同時に一息に吐き出した。


「水――――――――――――――――ッ!!」


 すると、もう大分慣れてきた右手がカッとなる感覚と共に、手から水がざばあっと一気に溢れ出てきた。思わず「おおっ、出たっ!」と歓喜の声を上げる。心なしかさっきより勢いが強い気がするぞ。


 先ほどと同じように手をぐっと握りしめてみると、水の流れがぴたりと止まった。やっぱり「水」がキーワードで、羊羹と違ってこっちは一日一回限りじゃないみたいだな。


「ほほう……これも土掘り魔法と同じく創造魔法が組み込んであるな。お主の『声』と『意思』に反応して発動しておる。道理で発動前後の魔力変動が感じ取れなかったわけじゃ。しかも、こちらは中級魔法並みときておる」

「つまり……どういうこと?」

「普通はの、魔法を発動しようとすると周辺の魔力に影響を及ぼすし、発動後には魔法による魔力の痕跡が残るものなんじゃが、お主の魔法にはそれがない。それに詠唱破棄すると発動は早くなるが、その威力はきちんと詠唱した場合に比べて落ちる。ところがお主の魔法は創造魔法を組み込むことによって詠唱破棄しており、効力が落ちておらん。この術式の様子からすると中級相当の水魔法が使えるはずじゃから、お主がもっと力を込めれば更に勢いよく水が出るはずじゃ」

「な、なんか凄そうだな……」

「いや実際大したもんじゃぞ、これは。流石は神の授けた代物よ。しかし……」


 と、そこで言葉は途切れ、ムツメは顔で黙り込んでしまった。そこで黙られるとなんか不安になるんですけど……なんだ、一体何が「しかし」なんだ? 俺の命を削ってるとかじゃないだろうな!?


 俺は背筋に冷や汗を流しつつ、ムツメの表情を窺おうと慌てて振り向いた。すると、ムツメは「ブフッ」と小さく噴出し……噴出し?


「だーっははははははっ! 呪文が『水ぅ~っ!』って! ま、間抜けにも程があるじゃろ! だ、駄目じゃ、腹がよじれる! ひひい~っ!!」


 と、爆笑しながら転げまわり始めた。なんだよそこかよ! お、おどかしやがって……!


「こ、こらっ! 人の呪文を笑うなっ!!」


 声を張り上げて遺憾の意を示すも、ムツメは気にせず「ひゃーっひゃっひゃっ!」と笑い続けていた。は、初めてですよ、この俺をここまでコケにしたお馬鹿さんは……! ぷりぷりしながらそっぽを向いていると、ようやくムツメの笑いがおさまり始める。


「あー、笑った笑った……。すまんすまん、そうむくれるな。しかし水を出せると知らなんだとは、何故エルカ・リリカはお主に何の魔法を授けたか伝えておらんのじゃ?」

「えっと……実は羊羹っていうのを出す魔法をかなり苦労して編み出してもらってな。作るのが大変だったから、出来上がった時はエルカさんも俺もその事で頭がいっぱいになっちゃってて、そのまま何も知らされずにこっちに送り込まれちゃったんだよね……」


 俺の説明を聞き、ムツメは「ははあ」と呆れたような声を漏らした。


「確かに伝承から受ける印象とは大分違う感じじゃのう。抜けとるというかなんというか……。ところで、『ヨウカン』というのは何じゃ? 神が苦労するとは、よほどとんでもない魔法なのか?」

「羊羹っていうのは端的に言うと……神、いわゆるゴッドだ」

「何? 神? ごっど? 神を生み出す魔法か? どういうことじゃ、さっぱりわからんぞ」


 ムツメは怪訝そうな表情で首を傾げた。法久須堂の羊羹の素晴らしさは実際に目の当たりにしないと伝わらない、か……。今朝出かける前に召喚した羊羹を後で見せてやるとしよう。ふふ、腰を抜かしてぶっ倒れるに違いないぞ。


「実物が家にあるから後で見せてやるよ。羊羹出す魔法は一日一回しか使えないっぽいから、そっちはまた明日……って、そういや明日はもういないのか?」

「日帰りのつもりじゃったが、その魔法を見てみたいのう。すまんが一晩宿を借りても良いか?」

「ああ、全然構わないぞ。久々の生きてる話し相手だしな!」

「い、『生きてる話し相手』ってお主……ま、まぁいい。さて、そうと決まれば他に何の魔法を使えるか調べておくか。まだ日没まで間があるしのう」

「他の魔法?」

「おう、この分ならまだ使える魔法があるじゃろ。基本的な魔法は火、水、土、風と四種類あるんじゃ。応用ではこれら四種を組み合わせたり、ちょっと特殊なのだと植物や天候を操るものもある。それに聖職者が使う回復や補助の魔法に、魔族が使う闇魔法とかな。とりあえず基本的な四種を試すとするか」

「闇魔法ってなんか格好良さそうだから試してみたいんですけど!」


 もしや転生前からたま~に感じていた右手の疼きは、俺の秘めた闇魔法の才能のせいだったのか……!? くっ、まだだ、まだ暴れるんじゃない、俺の右手よ鎮まれ!


「闇魔法というのは相手を病気にしたり呪いをかけたりといった類のものじゃぞ? 神の眷属には使えんと思うがのう」


 あっ、思ってたのと違う。


「基本的な四種類でいいです」

「そうか? じゃあ、まずは火属性からかの。さっきの水魔法と似たようなものだとすると、『声』と『意思』で発動するはずじゃ。あっ、そういえばさっきの水魔法じゃがな、特定の言葉で発動するというよりも、お主が『水を強く連想する言葉』で発動するという感じの作りじゃったと思うぞ」

「えっ、つまり『水――ッ!』みたいな直接的な呪文である必要は無かったってこと?」

「うむ、そういうことじゃな。お主が水を想像しやすい言葉ならなんでも構わんかった、というわけよ。どのような形で現れるかもお主の想像がある程度反映されるようじゃ。む、いかん、思い出したらまた笑えて……ひ、ひひひひっ……!」


 ムツメは笑い声を漏らしながらも、検証のためにちゃっかりと俺の尻を掴み直していた。尻を触られながら笑いものにされるとか、どんな屈辱だよ……ふん、いいもん、俺の芸術的な魔法で黙らせてやるからな。


 さて、火属性となると「火を強く連想する言葉」で気合いを込めればいいわけだな。とりあえずそれっぽい言葉を連続で叫んでみるか。


 俺はぐっと息を吸い込み、


「火ッ! ファイヤー! ファイヤーボール! メルァッ! メルァゾゥマッ!」


 と、左右の手を交互に突き出しつつ、思いつくままに火の呪文を唱えていった。ボッ、ボボッ、ボウッと大小様々な大きさの火が手先から現われ、最後にひと際大きな炎がボワァッと燃え上がってから消えた。


「ふっ……今のはメルァではない、メルァゾゥマだ……」

「ふむ、さっきの水魔法と同じような術式じゃな。威力が中級魔法程度なのも同じじゃ。しかし、ただ火を出すだけじゃつまらんのぉ。他に何か格好の良い出し方は浮かばんのか?」

「つ、つまらんって……」


 俺が気取って遠い目をしていると、ムツメは尻を揉みしだきながら分析結果を述べ、その上ダメ出しまでしてきた。他の出し方と言われてもな……口から火を噴くとかか? 試しに火をイメージしながらフーフーしてみるが、炎を吐く気配は全く無かった。口からは出ないようだ。うーん……「アレ」もやってみるか。


「火拳ッ!!」


 掛け声と共に正拳突きのように右手を突き出すと、たちまち手首あたりから先がゴオッと燃え始め、ムツメが「おおっ、手が燃えておる!」と歓声を上げた。こ、これは出来ちゃうんだ。俺のこの手が真っ赤に燃えてるぜ。


「……ふむ、手が燃えるのは面白いことは面白いが、これはどうやって活用するんじゃ? 射程や規模で言えば、さっきの火をただ出しただけのやり方が上じゃと思うが」

「えーっと……肉を手で握って焼けるとか……?」

「……要するに使えんというわけじゃな」

「直球で言わないで下さい……」


 火を消すイメージをしながらこぶしを握り直してみるとフッと火が消える。ううむ、ちょっと変則的にしただけじゃあんまり意味無いってことか……変則的な出し方……。


 ふと思い付きで、遠くの草をじっと眺めながら指をパチンと鳴らしてみると、見つめていた草が即座にぼうっと燃え上がった。お、おおっ! ま、まさか出来るとは……。


「おっ、今のは少々違う術式が使われておったぞ。声ではなく手の動きが起点となっておるな。しかし、離れた場所に火を出すのは先ほどの術式でも出来ると思うんじゃが、なんでわざわざ別の術式を拵えてあるのか解せんのう」

「多分、エルカさんが俺の愛読書を確認したからだと思う……」


 ムツメが「愛読書?」と不思議そうな声を出す。布団の件といい、なんであの女神様はこういう余計な部分には妙に気が回ってるんだ。


「あ~……あんまり気にしないでくれ。次の属性を試そっか」

「そうか? では次は水魔法じゃな。普通に水を出すのは『水ぅ~』の時にやったから、何か他の出し方を見てみたいのぉ。『水ぅ~』以外で頼むぞ、『水ぅぅ~』以外でな」

「やめて! これ以上俺を辱めないで!」


 ニヤニヤしながら嫌味気に言ってくるムツメに精一杯の抗議をする。くそっ、俺の華麗な魔法を目の当たりにして後で吠え面かくなよ……! でも、普通に水を出す以外の出し方となると……そうだな……。


 俺はいくつか思いついたものを試そうと、両手を突き出した。


「スチーム! シャワー!」


 掛け声と共に俺の右手からごうっと蒸気が、左手からは文字通りシャワーで出したような水がさあっと流れ始めた。背後でムツメが「お、おおっ?」と困惑したような声をあげる。ふふ、どうよ、こっちの世界じゃ珍しかろう。まだまだ続くぜ。


「泡! バブル光線! シャボンカッターッ!」


 連続して叫ぶと、ぽこぽことした泡、ブワッと勢いのある泡、そして円盤状になった泡が左右の手から飛び出し、前方に生えている草に直撃して「バシッ!」と豪快に弾き飛ばした。


「おお~、今のは面白い上に使えそうじゃのう! 魔力で泡を固定して飛ばしておるんじゃな」

「ふっ、どうよ? 普通に水を出すだけの男と思ったら大間違いだぞ。さぁ、今まで散々馬鹿にしてた事を謝ってもらおうか! 早く謝って!」

「じゃ、次は土魔法いっとくか」

「こ、コラッ! 無視するんじゃない!」


 背後でムツメが「ほっほっほ」と笑い声を上げる。全く、分析してくれるのはありがたいんだけどさぁ……しかし、土魔法か。地面を隆起させたり、逆に穴あけたりとかかな? ちょっとやってみるか。


 俺は胸の高さで両手をパンッと勢い良く合わせ、素早くしゃがみ込みながら両手を地面につき「錬成ッ!」と叫んだ。すると少し離れた地面が隆起し、たちまち高さ二メートルほどの壁のようなものが出来上がる。続けて、穴をイメージしつつ再び「錬成!」と叫ぶと、今度はぼこっと地面がへこんで穴が出来た。よし、この方向性で合ってたか。


「これ、急にしゃがみ込むから手が尻から離れてしもうたではないか。ほれ、そのまま別の物を作ってみい」


 ムツメがぶつぶつ文句を言いつつ、しゃがみ込んでいる俺の尻をがしっと掴み直した。あれっ、これは俺が悪いの?


「別の物なぁ……あ、ゴーレムとか作ってみるか。よし、錬成っ!」


 地面に両手をついたままヨウカちゃんとカンタ君の姿をイメージすると、目の前の土がもこもこと盛り上がり始め、やがてヨウカちゃんとカンタ君を模したゴーレムが出来上がった。うん、我ながら中々良い出来だぞ。


「ほう、土人形か。お主の魔力が土人形の中を巡って形を保っておるようじゃな。おそらく地面から手を離しても操れるぞ」

「えっ、マジか」


 言われた通り両手を地面から離して立ち上がり、手のひらをゴーレムに向けて盆踊りをするイメージをしてみると、二体のゴーレムが器用に舞い踊り始めた。続けてブレイクダンスからのトリプルアクセルをイメージするとゴーレム達が華麗に回転を決める。へぇ、結構細かく動かせるもんだな。


「うむ、これも使い勝手が良さそうじゃな。他に何か土魔法で試したいことはあるか?」

「う~ん、今はこんくらいしか思い浮かばないな」

「そうか、では最後は風魔法じゃな。ひとつ粋なのを頼むぞ」

「粋なのって……そよ風とか?」


 そう言って右手を突き出してみると、そよそよと穏やかな風が出てくるのを感じた。風鈴でもあれば風流さが増すんだがね。縁側とスイカもあれば完璧だ。


「阿呆、みみっちいのを出せという意味ではない! びしっと格好良いのを出せという意味じゃ!」

「み、みみっちいって……」


 それなら最初からそう言ってくれよな。う~ん、風の魔法で定番っぽいのだと鎌鼬かまいたちとか竜巻とかかな。順に試してみるか。まずは鎌鼬からだ。


 右手を突き出し、刃のようなものが飛び出すのを想像しつつ「鎌鼬ッ!」と唱えると、右手から空気のブーメランのようなものが飛び出し、ザクザクッと前方の草を切り刻んでいった。風の形もイメージ通りになるようだ。


「おう! そうそう、そういうやつじゃ! よし、次ッ!」


 さ、騒がしいなコイツ……よし、んじゃ今度は竜巻を出してみるか。それならこいつも満足するだろ。


 両手を前に突き出し、渦が地面から出てくるイメージで「竜巻ッ!」と叫ぶ。すると少し離れた場所でくるくるとつむじ風が起こり、そのまま轟々と音を立てて周辺の土や草を巻き上げ始め、瞬く間に横幅三メートルほどの竜巻がごうっと立ちのぼった。うおっ、思ったよりも激しいな。


「ほう、魔力が竜巻の中で渦巻いておるな。これも多分操作できるぞ」

「おっ、やってみるか。ほっ、はっ、それっ」


 渦を操作する感じで手を左右へと動かしてみると、それに連動して竜巻が周囲を動き回った。先ほど作って放置していたゴーレムの方へ向かわせてみると、竜巻が接触した瞬間に「バァン!」と激しい音を立ててゴーレムは木っ端微塵に吹き飛ばされてしまった。やべ、結構威力強いな……。


「おほ~、良いぞ! こういうのを求めてたんじゃ!」


 ムツメがはしゃぎながら興奮した声を上げる。おっかねえ奴だなと思いつつ、竜巻を霧散させるイメージで手を振り動かしてみると、竜巻は勢いを無くしてほどなく消滅した。結構規模もでかくて強力だなぁ……あ、遠くで発生させるだけじゃなく手からも出してみるか。


 俺はやや腰を落として目を閉じ、両腕を前に突き出したポーズをとって精神を集中させた。そしてカッと目を見開き――呪文を叫んだ。


「ゴッド砂嵐ッッ!!!」


 たちまち両腕から猛烈な勢いの竜巻が現われ、「ドーン!」と轟音を響かせながら眼前の土や草を削り飛ばし始めた。「これぞ歯車的砂嵐の小宇宙!」などと呑気な事を考えていたが、想像以上に威力が強く、竜巻が収まった後の地面は豪快にえぐられて痛々しい有様だ。こりゃ迂闊に使うと危ねえな。


「はあぁ~、今のは今までで一番良かったのう……」


 自分の出した魔法にちょっとビビっていた俺とは裏腹に、ムツメは頬を上気させ、うっとりしたような顔で溜息を漏らしていた。こ、こいつも大概やばいな……本気で怒らせないようにしとこ。


「え~っと、とりあえず風魔法もこんなもんでいいんですけど……」

「ん、んおっ? そ、そうか。ふむ、後はそうじゃのう……基本的な四属性以外で自分が使えそうな魔法は何か思いつくか?」


 四属性以外、か。超音波は出せないっぽいし、あと出せそうなのは氷とか電気か?


「ちょっと思いついたから試してみるわ。それじゃまずは、氷ッ!」


 叫びつつ右手を突き出すと、手のひらからぽろぽろと小さな氷が零れ始めた。あれっ、氷って叫ぶだけじゃいまいちか。まぁ、冷たい飲み物が欲しい時とかには良さそうだな。あっ、そうだ、お湯は出るのかな?


「お湯」


 ぽつりと呟くと、右手から湯気と共にじょろじょろとお湯が流れ始めた。おお、これは地味に便利じゃないか!? 作ったクレーターにお湯注いで巨大露天風呂でも作ってみるか!


 俺がワクワクとDIYに思いを馳せていると、


「おい……さっきの見事な竜巻に比べてなんじゃそのしみったれた魔法は」


 と、ムツメが不機嫌そうな声でダメ出しをしてきた。背後をちらりと覗いてみると、ギロッと鋭い目つきを俺に向けているのが目に入る。な、なんでそんな喧嘩腰なんだよ。


「い、いやいや、これは序の口だから。次いくぞ次! 吹雪ッ!」


 言い訳しつつ急いで次の言葉を唱えると、手のひらからビュオオッという風切り音と共に雪や冷気が吹き出した。吹雪が当たった場所は凍てつき、軽く雪が積もったようになっている。


 続けて、氷の塊を撃ち出すイメージをしながら「氷柱ッ!」と手を突き出してみると、細長く尖った氷の塊が手のひらから勢い良く飛び出して「ドスッ!」と前方の地面に深々と突き刺さった。さっきの氷が零れただけに比べると大分良い感じだな。


「おう、確かに今のは面白いのう。水魔法と風魔法に……天候魔法もちょっと組み込んであるな。中々複雑に作られておるわ。じゃが、お主はまだやれるはずじゃ! ほれ、次!」


 ちょっと機嫌の直ったムツメが相変わらず尻をモミモミと揉みしだきながら魔法を催促する。なんか熱血コーチみたいになってきてるぞ。手の動きは完全にセクハラ教師のソレだが。


 それじゃご要望にお応えして、次は電気を試してみるか。しかしエルカさんが「剣と魔法と冒険のファンタジー世界」とか言ってたことを考えると、この世界には発電技術とか電気を起こす魔法って多分無いんじゃないか? ムツメが言ってた魔法の種類にも電気が当てはまりそうなの無かったし……あ、天候魔法がそれっぽいかも。雷を出すイメージでいってみるか。


「よし、俺チュウ! 十億ボルトだ!!」


 適当に叫んで両手を構えてみると、手の先から白々とした稲妻がカッと迸って地面へと突き刺さり、衝撃音と共に土や草を吹き飛ばした。直撃した地面には小さな穴が出来て黒く焦げてしまっている。うおっ、これも結構強力なんじゃないか。


「ほう、雷か! 雷を操るのはわしの知り合いにも一人しかおらんぞ。威力と射程だけじゃなく速度もあるのが良いのう。ささ、その調子で次じゃ」


 やっぱり電気系の魔法は珍しいのか。でも、他に使えそうな魔法なぁ……。そういえば、エルカさんが俺の愛読書をチェックしてたってことは、ひょっとしたらアレも出せるかもしれないな。


 俺は腰を落としながら両手の手首を合わせ、そのまま両手を腰の右側へと回した。そして一呼吸置いてから、素早く手を突き出すと同時に「ハア――――ッ!!」と叫ぶ。すると、衝撃と共に両手から赤いエネルギーの塊のようなものが放出され、長い尾を引きながら空の彼方へと飛び去って行った。おおおおっ! だ、出せたぞ!!


「おおおっ? 今のは初めて見るが、中々興味深い技じゃのう。魔力を圧縮してそのまま撃ち出しておるようじゃな。威力と射程はありそうじゃが、ただ撃ち出しとるだけじゃからちと魔力効率が悪いな。今の魔力で竜巻や雷が三十回は出せるぞ」

「いや、いいんだ。今のは男の子の夢みたいなもんだから……」


 俺はほっこりと満足気な顔で一人頷いた。エルカさんグッジョブ。


「ま、まぁ、お主が満足なら構わんのじゃが……それに、お主の魔力量は相当なもの故、効率が悪くても問題無いといえば問題無いしの」

「えっ、俺って魔力多いのか。あっ、じゃあ少しやってみたいことがあるな。ちょっと激しく動くぞ」


 俺はムツメに断りを入れてから、すううっと多めに息を吸い、一息で「だだだだだだだだだだだだだだだッ!」と叫びながら両手を素早く交互に突き出した。すると予想通り魔力のエネルギー弾が次々と放たれて地面を抉り、轟音と共に瞬く間に砂塵が立ち込めた。そして俺はハァ、ハァと肩で息をしながら――決め台詞を言い放った。


「や、やったか!?」

「……何が『やったか!?』なのか分からんが、魔力の無駄遣いここに極まれり、という感じじゃな……」


 ムツメはエネルギー弾でぼろぼろに荒れ果てた大地を眺めながら、呆れ果てたという様子で呟いた。


「いやぁ、やってみると意外と楽しいぞ? 気分転換とかに良いかも」

「魔力が多いお主しか出来んわ! まぁ、強力なのは認めるがのう……まだ何か他に試したい魔法はあるか?」

「う~ん、もう思いつかないかなぁ……」

「そうか。ではもう良い頃合いじゃし、お主の家に案内してもらうとするか」


 ムツメが空を仰ぎ見る。俺もつられて顔を上げると、もうだいぶ空が薄紅く染まってきていた。思ったよりも熱中していたみたいだ。我ながら色々出せて楽しかったしなぁ。


「そうだな、そろそろ帰るとするか。ふふふ、家にある羊羹を見て腰抜かすなよ? 今のうちに杖でも用意しとくか? 体を支える物が必要になるだろうからな」

「ほっ、大きく出たのう。『ヨウカン』が何なのか楽しみというものよ」


 ムツメは「ほっほっほっ」と愉快そうに笑った。俺は「へっ、余裕ぶっていられるのも今のうちよ」と言い返し、夕陽に照らされながらムツメを連れて家路についた。

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