二次創作的断片文

@po_ka_mann

第2話

あの男が気に食わない。

物心ついた頃には男に連れられ街を転々としていたので父と母の事は知らない。

私は自分が異様な病気を持っていて、私の側に誰かがいるとその人が苦しんで死んでいく事以外の情報を何も伝えられていなかった。

男は病気の事に詳しく、私の側にいても影響を受けないので保護者のような形で私の側にいる。


彼は私を化け物の子だと言う。街の人もそう呼ぶ。私の腕を勝手に掴んで死んだ子供の死体を抱き抱えて叫ぶ。


私を化け物と呼ぶ人は好きになれないが、保護者の男が私は1番気に食わない。

街を変える日に男のトランクから見つけた写真には私によく似た顔の、今私を引きずっている男とは別の男がいる。話を聞くところによれば案の定父親だと言う。

誘拐犯めと憎まれ口を叩くと男は静かに笑って「死んでしまったようでね」と一言私に告げた。


「化け物の子だと今まで散々言われたろう、でも君の親は人間だ。父親の方は」

またその言葉。化け物、化け物とはなんだろう、この鬼も人形も人並みの生活を与えられる世界における怪物とはなんだ?


「ある日突然いなくなって、帰ってきた時には小さな君を抱いてね、沼地の側に生えてきた枯れ木の根元で息絶えていたらしい。身体中から黒い泥を吐き散らして」

辺りの人間に害を与える得体の知れない物。

それが化け物か。

「父親は人間だ、しかし女がいるという噂は無かったなァ。そして、君のその人を殺す病気…呪いと言う方が近いか。それは母親から引き継がれた物なんじゃないかと僕は考えている」


私の母は化け物だと言う。


なら私は化け物の子か。赤い血を流しても、痛みを感じる身体があっても。孤独を感じる心があっても口を開けばみんなそうだった。

私は悪意があって誰かを痛めつけたかったわけじゃないし、誰も傷つけるつもりなんてなかった。みんなと何も変わらない。それでも、確かにみんなと違う身体だった。

いつか認めなければいけないのだろうか。



自分が人の子でない事を諦めつつあった頃、私は運悪く死んだ父親の姿を見る機会に恵まれた。

新しく移り住んだ街は普段とは違ってどこか懐かしい。深夜に眠る男の側を離れて、立ち並ぶ家々を見て回ると違和感を覚える。見た事のある家があった。

私と、父と母の家だと後に知った。

見えない誰かに突き動かされるように部屋に進み扉を開けると、写真の中で笑っていた私によく似た顔の男が、綺麗な女性を庇うように死んでいた。


腐臭に眉を潜めながらも顔を確かめようと近づいてその死体を他人事のように眺めていた時、ふとその顔が酷く悲しそうに歪んだ形である事に肌が栗泡立った。

この殺し方を知っている、私の保護者のあの男のやり方だ。呪術師の男のやり方と変わらない、こんなにも手遅れになって今更に思い出した!

父親を殺したのは化け物などでは無かったのに、あの男は私に嘯いていた!


あの憎い男、呪術師、家族を皆殺しにして、私だけを呪いで動かして命を繋いだ、この力がなければ生きていけないように身体を捻じ曲げた男!

あの男か、奴さえいなければ良かった!!こんな悍ましい青の花など頼らずに生きていけた筈だった、私の人生から全てを奪った男だ!


その瞬間だけはあの呪術師に対する憎しみが"私"だった筈だ。あの男が気に食わない。あの男が憎い。私から全て奪った呪術師が憎い。その化け物と動く口が、静かな笑みが、あの悍ましい言葉を囁く声が憎い!

漸く産まれた埃かすのような感情だったが、私に残ったものは、そんな物しか無かった。



私が灯りの消えた街を走って男のいた場所に戻った時、目に入ったのは天井からぶら下がった布と肉の塊だった。




足がぶらぶらと揺れている。男の顔を覗き込んでも影がかかってよく見えない。 口から垂れた赤い色の混じる唾液が僅かに顔にかかった時、漸く燻んだ色の木の床を浸す赤黒い水溜りが目に入った。

彼は私の生まれ育ったこの街で、一人で首を吊っていた。


男は昔娘がいたらしい。家族を殺されて復讐に走って、世界のさまざまな場所で傍迷惑な呪いを作って旅をする。あの男が怪物に作り変えた人間は私だけだと呪いの塊から伝えられるのを、私は返す言葉もなく冷めた目で聞いていた。

男の死んだ一人娘と私の顔の造りが似ていたというだけの理由で怪物は作られた。死なない自分の娘に憧れた男。世界に苦痛を振りまく力を求めた男。

手に入れた娘に憎まれたくない一心で私を化け物にしたのは顔も知らぬ母だと嘯いた男。


なんの関係もない筈だった巻き込まれた私に残ったものはなんだったか。与える筈だったのにあの男と一緒に死んでいった憎しみ。道行く先々で否定され続けてもう思い出したくもなくなった想い。最早なんだったかも思い出せない願い。


私に残ったものはこの体は「化け物」だという事実だけだった。





数百年で、

化け物らしい生き方を覚えた。化け物らしい嗜好を持った。考えを持った。それでも時折現れるあの憎い男に似た考えを持った奴等には寒気を伴って身体中に嫌悪の情が走った。

死ねぬ身体を信仰する者。少女の姿に安らぎを求めて縋りつく者。ひ弱な存在として見る者。この呪いの力に畏敬の念を抱く者。


ああ、きぶんがわるい。


きぶんがわるいとはなんだったろう。その内それも失われて、嫌悪も恐怖も望郷の念も失って、昔あんなにも憎んだ呪術師達に身を委ねる未来が来るのだろうか。


人間だった筈だ。人の子供だった筈だ。化け物の子だったんだろうか。父親と母親の顔を見た筈だ。私は両親を殺したあの男の娘なのか、化け物になってしまったのか?生きているのに何が化け物だ。私はなんだ。呪いか?私はなんだ。

私は。"何になればよかった?"

ずっとわからないままだ。誰に聞いても望んだ答えは帰ってこなかったから聞くのをやめた問いで、答えなんて諦めきって、酷く疲れて色褪せた身体だった。

それなのに、今になって届いた小さな声があった。

「化け物だろうと人だろうと役に立っていれば後は関係無いが、なんだ。それを言ってやれば貴様は大人しくなるのか?


────遠い国の言葉で、青く光る星の名にアルドラと付けた詩人がいたな。意味は覚えていないが、貴様の花の色は青だろう」



「アルドーラ」



濁った金の瞳が此方を見ていた。

私は一瞬の内に何度も、頭の中でその名前を繰り返した。アルドーラ。貴方の側にいる得体の知れない共犯者の名前。

数百年得られなかった感情が大きく渦を巻く程何度もこだまする、刺激的な愛のない言葉。

私の力でなく、私の姿でもなく、ただ私のやった事だけを認めた人のくれた言葉。


うれしいと感じた。


私の感情を数百年ぶりに揺り起した貴方の生き方を好きになった。

私に在り方と場所をくれた貴方を好きになった。


歓びを美徳とする化け物として。欠片ほどしか残っていない僅かな人として。




自分以外の誰も信じられない人、どうしようもなく人から離れた強い人!

私を『アルドーラ』にした人。


貴方がただそこに生きているだけで、


呼吸をしているだけで、


感情を持っているだけで、


この狭い世界は、途方もないくらいに素晴らしく、美しく見える。

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