第12話
律儀というべきなのかどうか、委員長は屋上へ出るのにちゃんと外靴を履いていた。
「……寒くなかったです?」
「……正直、ちょっと」
二人並んでフェンスにもたれかかり、引田と委員長は雑談を交わしていた。
――夕日が出ていればな。
ふと引田がそんなことを考えたのと、なんとまったく同じタイミングで。
委員長が、恨みがましげに口を開いた。
「暴露話、します」
「はい」
「夕日が出ている間に来てくれれば、髪の色と、夕焼けの色がおそろいになって。うまい具合に、映えてくれる予定だったんです」
「……」
薄暗い中でも肌に感じる、身体にまとわりつくような、じっとりした視線。
責められているのだろうなと感じた引田は、慌てて話題を変える。
「……じゃあ、いっそ全部ネタばらしってことにしてくれませんか。……なんで、こういうことしたんです?」
「それ聞いちゃうの?」
「いや、答え合わせ的なね……」
しばらくの間頬に突き刺さる視線、それからのち、わざとらしく吐かれたため息。
多大なプレッシャーを感じる引田だったが、しかし委員長はそれで腹を決めたようだ。
「聞こえてないとでも思ってんのか、って話だよね」
「……ええっと」
「……内申点狙いとか、ああいうやつほど実は男遊びしてるとか、いい子ちゃんすぎて鬱陶しいとか。そういう噂のことね」
さすがに引田も察していたのだが、委員長は全部自分の口からまくし立ててしまった。
その声にこもる感情は――なんだろう。引田には判断しかねる声色だった。
「……私、別に言うほど真面目じゃないよ」
ただ、その次のこの台詞を包み込んでいるのが何か、それは簡単にわかった。
――疲労。
「三つ編みも、眼鏡も。中学からずっとそうだったから、高校でもそうしてたってだけで。別に意味なんてないのに。周りの人、なんでか知らないけどみんな『いかにも委員長って感じ!』とか、そんなことばっか言うんだよね。で、ならまあちょっとは委員長の仕事真面目にやってみるかって思ったら、あれだもん。どうでもいいよ内申なんか……推薦とかハナから考えてないし……」
相槌を打つべきかどうかもわからず、引田は黙って聞いていた。黙って話を整理する。
ここまでは、去年の話なのだろう。
「だから、今年はもうちょっと不真面目路線で行こうかって思ってたんだよね。テスト紙飛行機にしてみたり、屋上の抜け道見つけてみたり。眼鏡が真面目に見えるんなら、コンタクトに変えてみよっかなって」
そして、ここからは今年の話。
委員長は、薄暗い中でもわかるほどに憎しみに満ちた表情を浮かべた。
「……眼鏡はずしたらはずしたで、オタクがギャーギャー騒ぐんだもん……」
それに関しては本当に申し訳ございません、引田は薄闇の中でひそかに頭を下げる。
が、委員長の中で渦巻く感情が、そんなもので収まるはずもない。
「先生も先生でさ、ただ単にテスト紙飛行機にして投げただけなのに、バカみたいに心配してきて。『なにか悩みがあったら相談してくれ』とか、『いつもの大和はそんなんじゃない』とか……」
お世辞にも上手とは言えない、その、稚拙な担任の声真似が――
「いつもの私って、なに。……委員長って、なんなの?」
委員長の中に渦巻く負の感情を、この上なく端的に表していた。
「委員長と言えば眼鏡なの? 委員長と言えば真面目なの? でも真面目すぎたらそれは嫌われるの? それでちょっとお茶目っぽくしてみたらそんなんじゃないってキレられるの? ……なに? なんなの?」
――誰も、本当の私を見てくれない。
紙飛行機に折り込まれた叫びが、今、声を伴って引田の耳に届く。
「……メガネのオタクが一番イラっときた。あれがトドメだった。だから、まあ、そういうこと。……ムカついた! だからもう、いっそ一気にガツンとイメチェンしてやろうって。めちゃくちゃ派手に髪の毛染めて、おもいっきり不良っぽくしてやろうと思ったの。……以上!」
一通り叫び散らすと、委員長は深々と息をついた。
吐き出すものを吐き出しきって、憑き物が落ちたかのように。
力なく、フェンスにもたれかかる。
薄暗い闇の中――委員長が今どんな顔をしているのか。引田には、はっきりとは見えない。
けれど見えなくても想像がついた。委員長の瞳が今どんな色をしているか。
委員長の瞳は、今――何を期待して、輝いているのか。想像が、ついた。
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