それはまるで台風のような 5
親父の手から優姫さんにクリアファイルが渡る。
「これは……」
「僕の戸籍抄本」
事もなげに言ってのける親父。透明のファイルから見える紙面は僕も一度見たことがある戸籍抄本そのものだ。
優姫さんはファイルから紙を取り出してそのままテーブルに置いた。
「いくつか質問をしてもいいですか?」
「どうぞ?」
優姫さんが紙の上を指さして親父の目を見る。いつになく真剣な目つきだ。
対して親父は顔色一つ変えない。微笑を張り付けたままだ。
「ここ、遼くんの続柄が『養子』になってるんですけど、これはそのままの意味ですか?」
「そうだね、僕と遼は血のつながった親子ではないよ」
親父と僕は完全に赤の他人だ。
「でもそこまで離れているわけでもないんだ」
「……どういうことですか?」
「僕と父さんは義理の
「って言っても交流はなかったけどな」
「義理の……又従兄弟……?」
優姫さんが首をひねる。そりゃあわかりにくいだろう。まだ全部は話していないわけだし。
「僕が順を追って説明します」
親父が一瞬、目を丸くして僕の顔を見たがすぐに目を閉じて頷いてくれた。
ここは自分で話したかった。自分で話さないとけじめがつかないと思った。
「まず、父さんのことから」
紙の親父の下の欄を指さす。
名前は
「父さんの奥さんの美冬さんは見てわかる通り、亡くなっています」
「……28歳」
「死因は胎盤早期剥離。赤ちゃんが生まれる前に胎盤がはがれてしまうことです」
胎盤がはがれると繋がっていた血管も切れてしまって大量出血を起こしてしまうのだ。
「すぐに救急車で運ばれましたが母子ともに死亡。父さんは一人残されてしまいました」
「…………」
優姫さんは黙り込んでしまう。
こんな重い話を聞いて普通にしていられるほうがおかしいか。
「で、次は遼だ」
「次、って……」
親父が戸籍の僕の欄の一部を指さす。
「こいつの両親は交通事故であっけなく死んじまった。こいつ一人を家に残してな。こいつが中1の時だった」
「…………」
「…………」
今度は僕も黙ってしまう。
あの夜のことは思い出したくない。無意識的に思い出すのを避けている感じだ。
「そして遼の両親の葬儀の時に『誰が引き取るか』の話し合いがあるわけだ」
「当然本人も同席。しかし目の前で繰り広げられるのは表面上は綺麗な言葉で塗り固めた押し付け合いでしたね」
「……それでなぜお義父さまのところに?」
「簡単な話だよ。その空気に耐えられなくなった僕が手を挙げたのさ」
「えっと、その時遼くんとお義父さまは……」
「顔も見たことがなかった。完全に初対面」
それでも僕は嬉しかった。単純に喜んだ。
僕を引き取ろうとしてくれる人がいるんだって。世の中捨てたもんじゃないって。
「父さんの事情も割と早くに聞かされた。家の広さとかで薄々わかってはいたんだけどね」
「まあ簡単に言えばこんな感じだ。これでいいかい?」
すると優姫さんはゆっくりと顔を上げて僕のほうに目を向けて固まった。
次の瞬間、僕は優姫さんの腕に包まれていた。
「辛かったんだね。もう私がいるからね」
そして優姫さんは優しく僕の頭を撫でてくれた。
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