それはまるで台風のような 6
「本当にもう帰るの?」
「ああ、依頼のついでだったんでね」
「そっか、じゃあ仕方ないね」
親父はカバンに出していた書類やらファイルやらをしまって、玄関に向かっていく。
「あの、お義父さま。次に会えるのは……」
「そうだね……1か月後に会えるかもしれないしもしかしたら3年間会えないかもしれないね」
「えっとそれは冗談、ですよね?」
「いや、本気だよ。こう見えて忙し身だからね。だから質問があるなら今のうちに」
冗談めかせて親父が言うが本当のことだ。中学の時、碌に家に帰ってきたためしがない。おかげで家庭科の成績が5段階中5だった。
「なら、ひとつだけ聞きたいことが」
「どうぞ?」
優姫さんは目を伏せて少し考えて、もう一度親父と目を合わせた。
「遼くんをもらってもいいですか?」
「え? ちょっと優姫さん?」
親父は一瞬目を丸くして固まったが次の瞬間破顔して声を上げて笑い出した。
「あはははは! 遼、先越されちまったぞ!」
「優姫さん、それ普通は男のセリフです……」
「だってここで言わないともう言えないかもしれないし……」
優姫さん、たまにだけど突拍子もないことを言うからちょっと困る。
親父はまだ笑ってるし……。涙まで流して……。
「オーケー、お二人さん。よく聞けよ?」
「「はい」」
親父は一度深呼吸してから目を開いた。だが口角が上がっている。
「幸せになってくれ。こいつの不幸を打ち消すくらいな」
……親父にしてはかっこいいこと言うじゃないか。
「わかった……」
「わかりました!」
「よし」
親父は僕たちの頭に手を置いて引っ掻き回した。不思議と嫌には思えない。
「じゃあ僕は行くよ」
「うん、じゃあね」
「ありがとうございました」
返事の代わりに笑顔を返して親父は玄関を出ていった。
扉が閉まって一瞬の静寂。
そしていきなりの扉が開いて親父の顔だけが出てきた。
「……どうしたの?」
「ひとつだけ念押しをしとこうと思って」
「何?」
「あんまり羽目を外しすぎるなよ? 将来のことを考えとけ」
「親父っ!」
そんなことわかってる! だいたい責任なんて取れないからそんなつもりは全くない!
「悪い悪い、じゃあ今度こそ」
「早く行け!」
大人しく親父は玄関を閉めて消えていった。
「遼くん、そんな大きな声出せたんだね」
しばらくして優姫さんが呟いた。
僕ってそんなに物静かなイメージなのか?
「ええ、一応は」
なんとなく、気まずくなって黙り込んでしまう。だいたい親父はなんでまた釘を刺すようなことを……。
まったくとんでもない置き土産をされたな……。『幸せになれ』か……。
僕が幸せになれるのだろうか? なったとしてもそれは長く続くのだろうか?
そんな考えがよぎってしまってどうしても弱気になってしまう。
ふと隣を見ると優姫さんが心配そうにこちらを覗き込んでいた。
「遼くん、大丈夫?」
「大丈夫ですよ」
うん、大丈夫だ。優姫さんと少しずつ幸せに近づいていけばいい。
二人で大事に育てていけばいい。
「幸せになりましょうね」
「急にどうしたの? 私は今でも十分幸せだよ」
優姫さんが僕に飛びついてきて慌てて受け止める。
はにかんだ笑顔を浮かべて僕の胸に顔をこすりつけて、まるで甘えた猫みたいだ。
「ずっと一緒に居てくださいね」
「大丈夫、ずっと一緒だよ」
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