遼の気持ち 1

 お風呂に入り、いざ就寝前の読書というところで電話がかかってくる。

 相手は優姫先輩。


「もしもし」

『遼くん……』

「どうしたんですか、優姫先輩。声が暗いですよ」

『むぅ……敬語やめろ』

「ご、ごめん、気を付ける」


 いきなりの敬語禁止令に戸惑う。意識しないと敬語になっちゃうのは自然だ。少なくとも僕にとっては。


『ちょっと聞きたいことがあって』

「なに?」

『私、遼くんのことほとんど知らなかった』

「そう、気づいちゃった?」

『……やっぱりわざと?』

「うん、でも聞かれれば答えます」


 僕は嘘をかない。その手のことが嫌いなのだ。

 だから話さなかった。


『そう。楽しみが増えたね』

「そうですね、隠し通したいんですけど」

『ダメ、彼女なんだから』

「それを言われちゃうと従わざるを得ないな」

『よかった』

「え?」

『遼くんが心を開いてくれて』


 そんな風に思われてたのか。確かに自分から話さないからそう思われても仕方ないか。


「僕は優姫先輩だけのものですよ?」

『わかってるよ』


 珍しく先輩が照れない。


『遼くんは一生私のものだからね?』

「……は、はい」


 逆に照れされられてしまった。反撃を喰らうなんて思ってもいなかったのでダメージが大きい。


『じゃあ、おやすみ』

「おやすみなさい……」


 通話を終え、携帯を握ったまま固まった。

 優姫先輩のおやすみが頭の中で反響してさらに体を熱くさせる。


「~~~っ」


 ダメだ。これは重傷だ。もう治らない。

 大変な恋煩いにかかってしまった。



 ~~~



 優姫は遼とは逆に落ち着いていた。


 温かい水の中に体を沈めて思い出す。

 遼の目を、声を、仕草を。

 茜の言った『悲しそうな目』が少しわかった気がした。

 私の知る限りでは遼くんは目を見開いたことがなかった。

 目を見開かないということは目に光が映らないのだ。

 外から見た時、目に光が灯っていないように見える。


「何を隠してるの?」


 さっきの電話で遼くんは隠していることを認めた。

 彼にはたくさんの秘密がある。

 それは彼自身が認めたことだ。

 私はそれを知らなくちゃいけない。それがパンドラのはこだとしても。

 遼くんの目が光ることを信じて。

 決意を固め風呂から上がる。

 大きな水音を立てて風呂水が揺れる。




「ゆきちゃん、ちょっと来て」


 パジャマに着替え自分の部屋に戻ろうと階段に足をかけた時にリビングから自分を呼ぶ声が聞こえた。

 やることもないし、いいか。

 ドアを開けてリビングに入る。


「ゆきちゃん、座って」

「何か話?」

「そう」


 お母さんの向かいに座る。


「島村くんとはどんな感じ?」

「いい感じだよ」

「具体的には?」

「……キスくらいは?」

「そうなの!?ゆきちゃんが女になった!」


 そう喜ばれると気恥ずかしい。というか元から女なのに。


「それで?」

「ああ、本題を忘れるところだった。島村くんとは愛し合ってる?」


 何を言うかと思えば、この母親実年齢40歳は超えているのになんでこういうことが言えちゃうのかな……。


「そのままの意味ではね」

「そうならよかった」


 どっちの意味でだろう……。


「私、寝るよ?」

「うん、ゆきちゃんおやすみ。良い夢を」


 私は部屋に向かって階段を上がっていった。


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