気持ちは言葉にして 5

 チケットを買い早速水族館に入っていく。

 入ってからすぐに暗くなり始める。


「優姫先輩、そんなに強く握らなくても――」

「ダメ」


 逃げないのに掴んで離さない先輩。手汗をかきそうで怖い。


「ほら、早く行こ」


 引っ張らないでくださいよ。これもこれで恥ずかしい気がする。


 大きな水槽の向こう側ではマグロやサメなど大きな魚からアジなどの小さな魚まで泳いでいる。

 大きな魚が水槽の中にいる魚を食べないのは十分にえさを与えられているからだそうだ。

 たくさんの魚が泳ぎまわる向こう側を眺めている先輩は無防備だ。ここでいじると先輩は怒りそうだけど。


「……はぁ」


 ため息。つまらなかったかな。

 いかにもため息を聞きつけましたよという感じで声をかける。


「ちょっと休憩しますか」

「う、うん」




 先輩をベンチに座らせて自販機で飲み物を買ってくる。

 店でのひと悶着で疲れたのかな。

 先輩、意外と独占欲が強いのかな。それで気を張っていたのかな。

 先輩のところに戻って飲み物を渡す。


「ありがと」

「いいえ」


 先輩はミルクティー、僕はカフェオレ。

 僕も先輩の隣に腰掛ける。


「優姫先輩、ごめんなさい。僕が不甲斐ないばっかりに」

「え?」

「逆ナン二人に絡まれちゃったから」

「気にしてるの?じゃあ……」


 先輩が横にすべってベンチの上で距離を詰めてくる。


「遼くんは今日は私のものだから」

「え?」

「私の命令には絶対服従ね?」


 まあ、このくらいなら安いものかな。


「今日だけですからね?」

「やったっ」


 無邪気に喜ぶ先輩。

 その子供みたい笑顔に不覚にも顔が赤くなってしまった。


「さ、行きましょう」

「うん」


 差し出した僕の手を先輩が掴む。

 引っ張って立ってもらいその手をそのままつなぐ。


「今日は私のイイナリ……」


 なんて怪しいことを呟きながら少し前を歩いて行った。



 ~~~



「楽しかったですね」

「うん。でも……」

「でも?」

「お楽しみはこれからだよ?」


 水族館から出てのあった通りを歩いている。

 時刻は午後2時41分。確かに変えるには少し早いだろう。


「『お楽しみ』って何をするんですか?」

「それは行ってのお楽しみ?」


 何故に疑問形だし。こっちが聞いてるのに。

 どこに行くのか……?

 黙ってついていくことにする。


「どんなところですか?」

「……小部屋、かな」


 小部屋?あまりわからないな。

 まあ、行ってみればわかるか。




「なるほど。カラオケですか」

『イエス、遼くんを密室に連れ込むことに成功!』


 少しテンションの高い先輩がマイクを通しながらVサインを送ってくる。

 いや、密室だけど鍵はかかりませんよ?


「さて歌いますか」

「うん、先いいよ」

「では、お言葉に甘えて……」


 カラオケ端末を操作し春の恋愛ソングを入れる。

 ちょうど歌える歌で良かった。


『目を閉じれば今日も、僕にある幸せ――』

「おお……」


 歌い終わって点数を見ると、87点。まあこんなもんだろう。

 久々で喉が痛い、このままじゃ2時間は持たないぞ。


「遼くん上手だったんだ」

「そんなことないですよ」


 続いて先輩の番、これも恋愛かな。

 マイクを握って目が真剣になる。


『朝、目が覚めて、真っ先に思い浮かぶ――』

「先輩、上手い……」


 もともと綺麗な声が歌うことで流れるように耳に入ってくる。

 音程外してないし聞き惚れるな。


 先輩の点数は……91点。高っ。


「優姫先輩のほうが上手いじゃないですか……」

「勝ったからお願いひとつ聞いて?」

「え、ああ今日はそういう約束でしたね」

「じゃあ、膝枕、してください……」


 先輩、イチャイチャしたくて密室に来たのか……。


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