閑話 葵の性質
早苗が喉を押さえてうーうー唸っている。
何で? 何でそんなことして俺のことを無視するの?
「早苗?」
俺は何度も何度も早苗の頬をパシパシと叩いた。早苗の頬はハリがあって、叩くたびに乾いたいい音が響いた。
「早苗、何で寝ちゃうのさ、起きてよ。俺の死体探しに行こうよ。ねえ、早苗。さーなーえー」
何度起こしても、早苗は起きなかった。口からくぷくぷと泡を吐き出して、よだれを垂らして眠ってしまっている。
変だ。何で起きないんだろう。もしかして、具合が悪いの?
「うん、そうだ。きっとそうだ」
早苗が俺のことを無視するはずないもの。きっとそうだ。
きっと中学生の面倒見ているのだって、俺が中にいるからだもの。本当は俺にご飯つくりたかったのに具合が悪かったからなんだよね。なあんだ、そんなことだったんだ。怒って損しちゃったなあ。
俺は端に寄せてある早苗の布団を敷いた。
中学生の体は不便だ。前の俺なら早苗ひとりくらい簡単に抱えられたのに、今の俺だと早苗を引きずるのが精いっぱいだ。早苗を引きずって、何とか布団に眠らせてあげた。頭を床でドンドンとぶつけてしまったけれど、多分たんこぶにはなっていないから大丈夫なはず。
でも苦しそうだなあ。
唸っている早苗は、汗をたくさんかいていた。可哀想に。どうしたんだろう。早苗はいったい何の病気なんだろう。
額を触ってみても、熱なんてない。ただ息がひゅーひゅーしているだけだ。薬あるのかな……。
俺は棚を漁ってみた。棚を漁るけど、変なことに気が付いた。市販の薬は家にありそうなものなのに、全部シートだけで、パッケージも説明書もついていない。何でだろう。俺は何の薬かわからない物を取り出した。
「早苗―。薬だよー。飲んでー」
ぺちぺちと叩くが、早苗は起きない。
「ねえったらー」
何度呼びかけても、早苗は返事をしてくれなかった。
仕方なく俺は錠剤を唇に挟んで、早苗の唇を無理矢理割る。そのまま舌で錠剤を押し込んだ。早苗は顔を少ししかめたけれど、鼻をつまんだら何とか飲み込んでくれた。よかった……。
俺は棚からコップを探すと、コップを取って水を汲む。
「早苗―水飲もう。水―」
俺はコップの水を含むと、再度早苗の唇を割って水を流し込んだ。
早苗は顔をしかめると、げほげほと咳をはじめた。変なところに水入ったのかな……。
「ねえ、早苗―、大丈夫―? ねえー」
こんなに俺が献身的に世話しているのに、早苗は褒めてくれない。
「ん……」
早苗は苦しそうにまたひゅーひゅーと息をする。
何で? 薬はあげたのに……。もしかして間違ってたのかな?
「ねえ、早苗―。薬どれ? 分からないよー」
「……」
早苗は俺の声に反応したように、ごろりと寝返りを打った。俺に背を向けるように横に体を丸めてしまった。
……教えてくれてもいいのに。ケチ。
俺は仕方なく、早苗のスマホを覗こうと思った。何故かここに来てからというもの、早苗がいない間遊ぼうと思っても、パソコンを開けばパスワードはかかっているし、スマホはずっと早苗が持っているから見せてくれない。
俺はごそごそと早苗の学校用の鞄を漁った。
早苗のスマホはこの部屋と同じ素っ気ない感じのデコレーションひとつないスマホだ。スマホカバーも白と、この部屋みたい。高校時代の早苗は可愛いの使ってたのになあ。俺が買ってあげたようなファンシーな可愛い奴。大学に入ってから性格変わったのかな?
俺はそう思ってスマホをタップした。
【ユーザー名】
【パスワード】
ユーザー名は早苗の苗字や名前を何度かいじってみたら特定できたけれど、パスワードは何度試してみても無理だった。
「……早苗は意地悪だ」
俺はただ、早苗が俺がいない間、どうやって生活していたのか知りたいだけなのに。
このアパートに閉じ込められている事に不満なんてない。
ここで待っていれば早苗は帰ってくるし、早苗のご飯を食べられる。一緒に死体を探してくれる。今の生活の何にそんなに不満があるんだ。
なのに……。俺が一緒にいようとするたびに早苗が嫌な顔をする。
何で。あの中学生はいいくせに、何で俺だけ。そもそも中学生が誰なのかも未だにわかってないのに。
何で早苗に取り入るんだ。何で早苗に近付くんだ。
早苗は照れて素直じゃないから、俺のこと悪く言うだけなのに、お前さえ……。お前さえいなければ……。
いっそ中学生を道連れにして一緒に死ねば、早苗は俺のこと見てくれるかな? ……止めとこう。もうとっくに死んでいるのに二度も死ぬなんて馬鹿げている。
「早苗……」
「……」
俺が早苗を撫でても、早苗はこちらに背を向けるように寝返りを打つだけだった。
本当に素直じゃないなあ、早苗は。
そう思って俺は、立ち上がった。
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