三題噺

シオン

ゴリラ、宇宙、冬

「おれはスペースゴリラだ!」


「………………はっ?」


こいつは何を言い出したのだ?


俺の目の前に立つ男、武内肉男は自宅の玄関を開いたと思えば、開口一番で馬鹿みたいなことを言った。


馬鹿みたいというか、馬鹿丸出しだった。


「……済まないがニク、俺に解るようにその意味を解説してくれないか?」


「どうした友貴よ、スペースゴリラが解らないのか?お前はおれの知っている友貴か?」


確かに俺はお前の知っている森本友貴だが、俺の知っている森本友貴はスペースゴリラなんて聞いたことはないぞ?


「スペースゴリラはな、宇宙のように無限の可能性を秘めたゴリラという意味を持つのだ」


「痛々しいを通り越して感動を覚える馬鹿だよ、お前は」


「誉めるな、照れてしまう」


「照れるな馬鹿っ」


お前は筋肉質でもしかしたら脳も筋肉で出来ているんじゃないかと密かに思っていたけれど、まさか本当に脳筋だとは思わなかったよ!


「……で、そのスペゴリさんが何の用だ?」


「お、その略称センス良いなっ」


「ゴリが付いている時点でセンスも糞もねぇよ!ただスペースゴリラって言いに来ただこよ!」


暇を持て余し過ぎだろ!


「いや、他にも用事はあるぞ。大体スペースゴリラって言いに来ただけって、そいつは頭どうかしてるとしか思えんぞ?」


「俺は本気でそう思いかけたが」


「はは、ジョークがキツいぞ友貴」


いやいや笑えないから。



「……で、何故俺はここにいる?」


「勿論、ボランティアの為だ!」


あの後、言われるままにニクに付いていく俺は言われるままに神社でスコップを持たされていた。


「ボランティアって、ここの神社の雪かきか?」


「明日は元旦だろ?初詣で屋台開くから雪かきを皆でしているんだ。やってくれるか?」


「……まあやるけどさ、スコップ持っちゃったし」


ここに来る前に言ってくれれば逃げることも出来たが、ここまで来ると流石に断りづらい。後でウワサになっても困るし。


「お前、断りづらくするためにここまで何も言わなかったろ?」


「友貴は面倒臭がりだが、空気は読むからな」


むしろ皆が作業しているなか、一人帰れる人なんてそうはいないわ。




「はぁはぁ……もう無理」


雪かきを始めて30分、早くと俺はバテていた。普段から動いていないからか、息も切れて腰が滅茶苦茶痛い。ヘルニアになる……。


「はは、鍛え方が足りんな」


ニクは普段から筋肉を着ているからか、汗はかいても息ひとつ切らさない。やっぱり俺も運動部に入っていれば良かったかな。


「お前は……体力があって……いいな」


「スペースゴリラだからな」


「よく解らねぇ……」


スペースゴリラ=超人


頭の中である公式が出来た。


「無理しなくていいから、休憩しながらやれよ。おれもその内休むから」


「あぁ、悪い」


そう言うと俺は、ふらつきながら寺まで歩き、段差に腰を降ろした。




ボランティアをする意味がよく解らなかった。


ボランティアは慈善事業だ。基本的に人の為に無償で働くことを言う。


確かに人のために働くことは素晴らしいとは思うし、綺麗だとは思う。理屈は解る。でも理解は出来なかった。


恥も外聞もなく言ってしまえば、俺は自分が得にならないなら あらゆることは無意味だと思っている。


社会に有益でも、個人に無益ならばそれはやるべきではない。


もしこの雪かきに報酬があれば、たとえ腰が痛くとも俺は作業を続けるだろう。しかし、報酬が無いのにも関わらずそれでも働くなんて、無意味の他ならない。


俺はボランティアを進んでやる人間がよく解らない。


武内肉男がよく解らない。




「────、、─────、、、」


「……ん」


「おい友貴、起きてるか?」


「あ、あぁ……ちょっとぼぉうっとしてた」


考え事をしていた。考え事をしていると意識まで手放してしまう。冬の神社で寝るとか命の危機を感じる。


「ほらお汁粉、寒いだろ?」


「あぁ、サンキュー」


動いていないからか身体は結構冷えていた。震える手でニクからお汁粉を受け取る。


「雪かきどのくらい進んだ?」


「半分くらいだな。人数も少ないしこんなものだろ」


「そうか」


学生もちらほら見えるが、恐らく学校で募集された生徒がほとんどだろう。


大人を除けば、自発的に参加をしたのは俺達くらいだろう。(俺は成り行きだが)


「なぁ、何でお前はボランティアなんか参加したんだ?」


俺はふと不思議になってニクに訊いた。


「ん、このお汁粉を飲みたかったからだ」


「…………はぁ?それだけ?」


「あぁ、それだけだ」


それだけの為にせっせと雪を退ける作業をしていたのか?お汁粉が飲みたかったなら自分で買えば良いだろ。高い物でもない訳だし。


「おれはな、毎年この日に ここのボランティアをしているんだ。この作業の後のお汁粉を楽しみにな」


「そんなしょぼい報酬の為にここまでするか?」


「しょぼくはない。知ってるか?雪かきの後のお汁粉ってスゲー美味いんだぜ」


「そんなものか?」


ニクの言っていることが上手く理解出来ないでいた。報酬って普通は作業の難度で決まるんじゃないか?


この重労働にお汁粉ひとつって、どう見ても釣り合っていない。


「お前、それ良いように使われているだけじゃないか?」


「そんなことはないさ。早くお汁粉飲めよ、冷めるぜ」


ニクにそう言われると同時に身体の冷たさも思い出した。身体を温めるために貰ったお汁粉に口を付けた。


「あっ 美味い」


「だろ?」


ニクは得意気に笑う。


作業後のお汁粉ってこんなに甘くて、身体に染みるもんなんだな。


「動いたり人の為に働くって面倒臭いって思うかもしれないが、やってみると意外と気持ちいいもんだぜ」


「……お前は意外と人生楽しんでいるな」


「スペースゴリラだからな」


スペースゴリラはよく解らなかったが、ニクの言いたいことはなんとなく解った。





時刻はそろそろ0時を迎えようとしていた。


雪かきは夕方頃に終わり、その後屋台を組み立て、今は人で賑わっていた。


慣れないことをして腕や腰はもうガタガタだったが、悪くない気分だった。それに俺達が雪を退かせたからあの人達は屋台を建てることが出来たと思うと少し誇らしい気になった。


「ほら、甘酒。身体冷えているだろ?」


「あぁ、ありがたい」


俺はニクから甘酒を受け取り、少し口につける。


そろそろ0時になる。いつもは自宅で暖かい部屋でぬくぬく過ごしていただけに神社で年を越すのは新鮮だった。


「あぁ、でもやっぱり寒いな」


「はは、筋肉が足りんぞ」


「俺だって少しくらい筋肉欲しいよ」


「ならスペースゴリラになれば良い」


「それは嫌だ」


だからスペースゴリラってなんだよ。


「スペースゴリラは無限の可能性であり、常に可能性を追い求める姿勢を意味する。あの空のように!」


「おぉ、冬だからか星が綺麗だな」


ここから見上げる空は雲も無く星でいっぱいだった。大晦日に眺める星空というものもなかなか悪くない。


「正直あの空とスペースゴリラの繋がりがいまいち解らんがな」


「小さく縮こまるなってことだよ」


「んー」


やっぱりよく解らなかったが、少なくとも家で引きこもっていたらこの空を見ることはなかったのは確かだ。


無意味だと思っていたことも、実際にやってみないと解らないものだ。


「そろそろ年越しだ」


誰かが言った。どうやら今年もそろそろ終わるようだ。


「来年もここで年を越そうな?」


「考えておくよ」


ニクの言葉に、俺は濁しつつ答えた。




おわり

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