デヴァステーション

蚊帳ノ外心子

空の少年少女

 青年が一人、道路の真ん中を歩いていた。茶色い着物に黒の袴(はかま)、地下足袋と籠手(こて)を身に付けて頭には三度笠を被っている。腰に二本の刀を装備し、鼻から下を漆黒のマスクで顔を隠している。周りにはマンションや雑居ビルが立ち並んでいる。だが、人の気配はどこにも無い。

 道路には雑草が生い茂り、剪定(せんてい)してあった木々も根を地面から出し、大きく育っている。

 錆びつき、原型を留めていない車の列。半壊している木造建築。今にも崩れ落ちそうな高架橋。

 そう。俺は今、廃墟と化した都市を歩いている。

 乾いた風が俺の薄汚れた茶色い着物をたなびかせ、腰に付けた鍔(つば)が無く、漆塗りのされてない二本の刀が乾いた音を出して揺れている。俺は三度笠を前のめりに倒し、顔を埋めてもくもくと歩いて行った。

 人なんて《コロニー》か《空》へ行かなきゃ、会うことはない。現代社会と呼ばれた百年も昔の都市には、盗賊か《あれ》しかいない遺物になっている。

「ん………?」

 俺はビルの入り口に、光り輝く小さな物を見つけた。近づくとそれは赤い石、まぎれもないルビーだった。

 いくら人間社会が崩壊しても、そこに人間がいる限り金というのは付きまとう物。コロニーへ行けば、それなりの金と交換してくれる。

俺はそれを取ろうとした時――

「動くな」

 女の声だった。ひざまずいた俺の頭に銃を突きつけている。見るとフード付きのボロボロのコートで全身を覆っていた。だが、その中は紺色のブレザーに赤いリボンを首に付け、シャツを着ているのがうかがえる。多分、これが俗に言う制服だろう。

 だが、厄介な者に当たってしまった。思えば、そう易々と地面に宝石が落ちてるのも、おかしな事だ。俺は両手を挙げ、ゆっくりと立ち上がった。

「中々、いかした服装じゃないか」

 銃を頭に突きつけたまま、その女は余裕な素振りをうかがわせる。

「おい、身ぐるみ剥がせ」

 その言葉に、ビルの奥にいた仲間と思しき制服姿の青年三人が出てくると刀を盗り、懐をまさぐると食料から金、道中で手に入れたガラクタまでも盗っていった。最後には三度笠までも盗ると、ニヤリと笑ってまたビルの奥に姿を暗ました。

「最後に言い残すことは?」

 女の要求に俺はフードの奥をうかがった。

「あんた、俺とそう年は離れてないね。十~七八ってとこかな」

「それが最後に言い残すことか?」

「それにあんた、こんなことするような人じゃないね」

 俺のお喋りに苛立ったのか、銃口を俺の額に当てた。

「もういいな?」

「いや、これは最後じゃないぜ」

 少女が首を傾げた瞬間。

「うわわわぁぁぁぁ!!」

「ウギィィィィィィ!!」

 ビルの奥で悲鳴とサルの様な鳴き声がした。とっさに少女は後ろを振り返る。その隙に俺はビルの中に飛び込んだ。

「ウギィィィィ………ギャァァァ……ウギッ………」

 薄暗がりのビルの中。サルの鳴き声と物音がこだましていた。中で何が起きているか、少女には分からなかった。

 しかし、恐怖だけは伝わっていた。自然と体が震え、手から銃が落ちた。そしてその場から後退りをしていると――

「ウギィィィィィィ!!」

 後ろを振り返った時にはもう遅かった。目の前を覆う黒い影、少女は呆気に取られながら「ダメだ」と心の中で思った。体はそれから遠ざけようと後ろに倒れこみ、フードが脱げてツインテールの黒髪が舞う。その時――少女の上を何かが通ったかと思うと、その黒い影に何かが体を貫いた。

「ギャ!!」

 もだえ苦しむ間もなく、それは少女の足元で息絶えた。

 ――あれ……刀?

 息絶えた者の体に刺さっているのは刀だった。少女は思考が回ってくるのを感じたが、それでも訳が分からなかった。

 そこへ、足音が近づいてきた。少女の横を通るとそれに刺さった刀を抜き、少女を見た。

「すまない。一人、助けられなかった」

 俺はただ、少女を見つめた。それ以外、何も出来なかった。


「行かなくていいのか?」

 ビルの中間層、デスクが立ち並んでいた場所で、俺達はたき火を起こして食事をしていた。吹きさらしと化したビルの中に、乾いた風が入り込む。

 彼女の仲間と思しき青年達は、空き地に仲間の遺体を埋めている所だった。しかし、フードを外し、ツインテールの黒髪が垂れ下がった彼女は行かなかった。俺の質問にも答えず、ただたき火の炎を見つめているだけだった。

「ねぇ、あのサルみたいなのが――」

「《モノノケ》だが――もしかしてあんた………《空》の人か?」

 この世界では《モノノケ》という者がいる。現代社会と呼ばれた物は、このモノノケの襲来により崩壊。人類は危うく滅ぶ所だった。その後、人類は二つの社会に別れた。地上でモノノケに脅かされながらも、国民と呼ばれた者達によって独自の集落を作り、《コロニー》と呼ばれる物があちこちに点在している。もう一つは国家と呼ばれた者達により、巨大な空中飛行物体が造られた。モノノケからは、ほとんど襲撃をされない遥か雲の上を長年飛んでいる。コロニーの連中からはただ単に《空》と呼ばれている。

空の連中とコロニーの連中との間での交易やコミュニケーションは、ここ百年全くない。言わば、別々の世界を創り上げた様なものだ。俺はコロニー生まれだ。だから空の連中の事は何一つ知らない。時たま落ちてくる部品やゴミと言っていい物が唯一の情報だ。だが、稀に人も落ちてくる。《空》が雲を突き抜け、廃墟と化した都市にその大きな図体を覆う時がある。どんな技術を使っているかは分からないが、《空》から一筋の光と一緒に人がゆっくりと落ちてくる。噂では空で法を犯した者が、落ちてくると言われている。現にそういった者の集まりが盗賊だ。

しかし、彼女は違った。まだうら若き少女。無垢で澄んでいる瞳。どう考えても犯罪を犯した様には見えない。それに子供が落ちてくるのは初めてだった――。

「………うちらの間じゃ、《空》から落っこちてきた者は、犯罪者ってことになってる。だけんど、あんたは犯罪者に到底見えない。あの少年達もそうだ。それにあんたらは、まだ地上に落ちて浅いんじゃないか?」

 俺はパンを貪る様に食べながら聞いたが、当然返事は返って来なかった。


 静寂の中、たき火の音がするだけでほとんど無音に等しい。昔はここもにぎやかだったのだろう。俺は食事を済ませるとあの少年達が気になった。

「………あいつらとは一緒に連行されただけ」

 ぽつりと彼女は呟(つぶや)いた。まだ、たき火の炎を見つめている。

「そっか」

 俺には全く分からなかったが、これ以上は無用な詮索と思い、深くは突き詰めなかった。

 階段から物音がした。俺は自然と刀を持ったが、その正体はあの青年達だった。充血した赤い目は仲間との別れを物語っていた。彼らもたき火の前に座ると、沈黙を続けた。

「あんたら、飯食べな。ほら………」

 俺は強引にパンを持たせた。これ以上沈黙が続いても困るし、腹も減っているようだった。

 彼らは物珍しそうにパンを見ると、一口ずつゆっくりと食べ進めた。

「あんたら、あれで盗賊稼業に励んだつもりか? あんなのには俺以外引っかからないぜ」

 俺は笑ってみせたが、彼らの表情は硬いままだ。

「………ま、とにかくこんな稼業からは足を洗う事だな。あんたらはまだ若いし、この世界に関しても浅い。盗賊になれる空の連中は、本物の犯罪者が代々サバイバル術を教えてるって噂らしい。だが、あんたらは違う。俺はそう思う。あんたらは犯罪者には見えない。だからこそ、盗賊なんて辞める事だな。それでもやるってんなら、俺は止めねぇ。ただし、モノノケの対処法を知らないあんたらは、すぐにやられちまう。もし、辞めるってんなら俺がコロニーまで連れてってやる」

 一通り喋り終えると、俺は腰に付けたひょうたんの栓を抜き、水を一杯あおった。そこへ、沈黙を続けていた中の一人が話し出した。

「……だけど、お前も俺達と年変わらないだろ? なんでそこまで言えるんだ?」

 彼はたき火の炎を見たまま、疑問を投げ掛けた。

「俺はあんたらがどう過ごして、どういう生活をしているかは知らないが、ここじゃ、モノノケに食うか食われるかの瀬戸際なんだ。相手は年なんて関係無く襲ってくる。だから五歳だろうが七十だろうが、十七だろうがみんな食われない様に武器を持ち、それに見合う武術もある。それにそんな言葉が出るってことは、空は百年前の様な暮らしをしてるんだろ?」

 俺の質問に彼は無言だった。しかし、その目は図星と言わんばかりに泳いでいた。

「ま、今日は休め。早朝、ここを出てコロニーへ向かう。だが、言っておく。コロニーにいるから安全だって事は無い。コロニーでその貧弱な体を鍛えることだな」

 俺はそういうと体を横にして目をつむった。


昼間の幹線道路を突き進む中、俺は意気揚々と歩いていた。しかし、後ろを振り返ると少年少女はもう疲労困憊(ひろうこんぱい)だった。歩くというよりはむしろ、足を負傷した様に引きずっている。

 俺は呆れながらも足を止めた。

「少し休むか」

 その言葉を待ってましたと言わんばかりに、皆一斉に座り込んだ。

「ほら、飲みな」

 俺は腰のひょうたんを放り投げると一人の青年が一目散に掴み取り、あおる様に飲み進めた。

 ――全く……空の連中はどういう生活を送ってるんだか。

 俺は道路の真ん中にある植木に腰掛けると、地下足袋を履き直した。

「そういえば、まだ名乗ってなかったな。俺の名はケン、駿河剣(するがけん)」

 数十メートル離れた少年少女に俺は少し大きな声で言った。

「俺は……カズト、こいつはシンタロウ」

 水をガブ飲みしていた青年は飲み終えると口を開いた。

「………私は――アスナ………」

 彼女はうずくまるように座り、声は微かに聞こえて来た。

吊り上った目に眉、口は小さく常にツンと尖(とが)っている。純白の肌はまるでこの世界には合わない。一見、強がりなイメージを思わせるが、俺と会っても尚その容貌を見せることは無く、逆に悲哀(ひあい)が満ちている。

 少年少女が水を飲み終わるのを見計らい、俺は立った。

「そんじゃ、これから危険地帯を進むから覚悟しとけよ。それと、常に俺の後ろを歩け。いいな?」

 その言葉に息を呑んだのか、少年達はそそくさと俺の後ろに立った。しかし、彼女だけは付いて来なかった。俺と一定の距離を置いている。

「……ま、自分の命は自分で守れ」

 俺は呟くと大股を開けて突き進んだ。


 廃墟の都市ではモノノケと盗賊が出る。だが、彼らも弱肉強食の世界を生きる生物だ。そのため、どちらも巧妙な手口で襲ってくる。ビルの中、路地裏、時には屋上など百年前の都市の地形を巧みに使い、出口を封じ込めて獲物の命、金品を奪う。勿論、回避方法としては開けた土地に出る事だ。一見、無防備になり、格好の獲物と思われるが、それは彼らとて同じ事。盗賊にとってモノノケは食料にも使える。逆もしかり。なので開けた土地――幹線道路――は比較的安全な道と言える。ある部分は除いて――。

「おい、あんた。俺の後ろに来い」

 俺は抑え気味の声で数十メートル後ろを歩く少女に言った。しかし、彼女は聞いてか聞かずか、顔を背けるだけで距離を縮めようとしない。

「はぁ……知らねぇぞ………」

 車体の色も判別出来ない程に錆びつき、中の装飾も風雨に晒(さら)されて、骨組みだけを覗かせている。そうした車の数が五十、いや百台は密集している。

幹線道路では時たま、こういう車が密集した場所が幾つかある。道路を埋め尽くさんばかりに茶色い鉄くずが行く手を阻む。

俺達はその手前で足を止めた。背後の少年達はきょろきょろと俺の顔をうかがう。

何、車体を踏みつけながら通ればいいさ。なんて安易な考えを持ってる者が居たら、そいつは一生コロニー暮らしをした方がいい。開けた土地は安全。とは言ったが、唯一安全じゃないのがこの場所だ。車という隠れ場所、そしてその巨体が逃げる道を狭める。盗賊にとってもモノノケにとっても、この場所は旅人を狙うには格好のポイントと言えよう。

そんなことは一切しらない空の少年少女は、ただ俺の後を付いて行くことしか出来ない。

あの様子じゃ無理だな。俺はそう思うと鉄くずの群集に足を踏み入れた。少女――アスナ――も距離を置きつつ歩き出した。

車の隙間を縫う様に蛇行しながら歩く。遠方を見ても車の群集は途切れる事無く続いている。どうやらこの都市最大の鉄くずエリアのようだ。俺は辺りを警戒しつつ、慎重に進む。

「やあ、お嬢ちゃん」

 カチャと後ろを歩く少女に車の窓から銃を突きつけた。思わず驚き、少女は両手を胸に当てた。

 俺はすぐさま抜刀すると剣先をその男に向けた。

「銃を下ろせ」

「おう、それはこっちのセリフだぜ~」

 甲高く、ラップ調に乗せた声。俺は車の上に目をやると、細身の体格に逆立てた金髪、尖った形のサングラスに黒いジャンパーの下に白いシャツ、ジーパンという出で立ちの剽軽(ひょうきん)そうな男が居た。

 それと時を同じくして、次々に車の影からガラの悪い男が出てきた。その数、約二十。完全に囲まれてる。

「それじゃ、色々置いてってもらおうか~」

 今にも壊れそうな車体の上で踊りながら脅迫してきた。どうやらこの剽軽者がリーダーのようだ。

 かなりマズイ展開だ。俺一人ならともかく、何も知らない子供が三人。一人は銃を突きつけられてる。ここは置いていった方が無難だな。

 俺は懐をまさぐり、金品を出そうとした。

「おう! 変なもん出されたら困るYO! お前達、頼むぜ~」

 そのラップ調の命令に周囲に居た男が五人ほど近づいてきた。

「置いてくんなら、この嬢ちゃんも置いていこうか」

 彼女に銃を突きつけた男は、車のドアをガシャンと壊して少女に近づいた。筋肉質のがたいのいい体格。背丈は二メートルに届きそうだ。こちらも剽軽者のリーダーとサングラスを掛けてないだけで、そう服装は変わらない。

「いやっ、やめてッ」

 男は彼女の頭に銃を突きつけたまま、少女の体を撫(な)で回した。

「クッ、おい! 金目の物は置いていくからやめさせろ!」

 俺の言葉も剽軽者のリーダーには届いていなかった。いや、逆に楽しんでいる。

 ドンッ

「ぐあああぁぁぁ!! 何しやがったッ、このアマッ」

 突如として大きながたいの男は悶絶して倒れこんだ。右足からは出血し、そこを必死に抑えている。

「フンッ、当然の報いよ」

 彼女はその両手に拳銃を持ち、それを男に向けていた。

「おう! 酷いことするね~。この際だから、モノノケのエサにするか~」

 その言葉に周囲の男達はニヤッと笑うと、懐から刃物、銃火器、はたまた鉄パイプなど取り出し、俺達に迫ってきた。

「チッ、あんちゃんやることが早いよ。援護は厳しいよ」

 俺は刀を構えると、男達に囲まれた少女に言った。

「フンッ、女の気持ちが分からないあなたには、一生この気持ちは解らないでしょうね」

 どうやら彼女――アスナ――の本性が出てきたようだ。心を開いた事には嬉しいが、この状況ではな………

「ウホオオォォォウホウホウ!!」

 そこへ遠吠えがどこからともなく響いた。盗賊も俺達も一瞬、息を呑んだ。

「ま、まさか………」

 彼女は全身から震えがくるのを感じた。しかし、それは抑えようのない震えだった。

 俺の背後でうずくまっていた少年二人も、冷や汗と共に震えている。

「おう……まさか、来ちゃった~?」

 小声で言ったものの、その口調はラップのままだ。

 周囲を見渡す。するとビルの中間層の部屋から一匹の白い体毛を生やしたサルともゴリラともつかない者が出てきた。顎はしゃくれてその間からは、二本の鋭い牙を剥き出しにしている。それはビルの奥から次々と出てきた。しかし、個体が違うのか、最初に出てきた者よりは体が小さく剥き出しの牙は短い。

「おう……これは………」

「ここの大ボスの群れだな。大部隊じゃないか」

 ビルの一角をひしめき合う程の数。ざっと五十は居るだろう。盗賊も標的を俺達から切り替え、モノノケに向けている。

 好機だった。この混乱に乗じて一気に抜け出せる。

「ウギャアアアァァァ」

 人一倍大きな牙の持ち主が雄叫びを上げると、モノノケの群れは一斉に飛び出した。

「うわあああぁぁぁぁ」

 ある者は機関銃を連射させ、ある者は二丁拳銃でけん制し、ある者は悲鳴を上げて襲われた。

「走るぞ!!」

俺は混沌と化した鉄くずの道路で少女に叫んだ。

「………」

 しかし、少女からの返事はない。完全に硬直し、口を震わせている。

「アスナ!!」

 その言葉に我に返ったのか俺に向いた。そして俺目指して走り出した。

「あんたらももたもたしてるとやられるぞ!」

 俺はうずくまった二人の襟首を持って立たせると走り出した。

「ウギャァァ」

「フンッ!」

 前から突っ込んでくるモノノケを上段から薙ぎ払い、走り続けた。

 後ろに目をやる。どうやら盗賊が俺達を囲んでいたおかげで、防衛線が自然と出来ていた。アスナはモノノケに襲われることなく、俺達との距離を縮めた。


「おい……来るな……来るな―――!!」

 ドンッドンッ――カチャカチャ

 大きながたいの男はとうとう銃の弾が無くなった。だが、迫りくるモノノケの数は減らない。いや、負傷しているのが災いし、狙われている。

「ウギャアアァァァ」

「ああああぁぁぁ!!」


「YO! YO!」

 ドンッ

 剽軽者のリーダーは、華麗な足さばきでモノノケを地面に叩き落とすと拳銃で止めを刺した。

「ボス! 数が多すぎます! 撤退しましょう!」

 アサルトライフルを持った男が提案した瞬間――

「ウギィィ!」

「うわっ、くそッ」

 その男はモノノケと揉(も)み合いになり、モノノケが首筋に牙を向けている。それを必死に男はアサルトライフルで防ぐ。

「YO!」

 ドンッ、とそこへ終止符を打ったのは剽軽者のリーダー。モノノケの頭にはぽっかりと穴が開き、その生命活動を止めた。

「撤退って、どこにだYO! 完全に囲まれてるYO! まぁ、あのボスザルを仕留めればいい話だYO!」

そういうと剽軽者のリーダーは牙が頭まで届く程に伸びた一際大きな個体に向かった。

「お前達! ボスザルに一斉攻撃だYO!」

「うおおおぉぉぉ」


 俺は足を止めて後ろを振り返った。

「あんたらは先に行けっ!」

 その言葉に一旦止まった少年達も走り出した。

 戦場と化した鉄くずエリアを俺と少年達は脱した。後はアスナが追いつくのを待つだけだった。

「早く来い!」

 俺の言葉にアスナは頷(うなず)いた。その時だった。俺の上を巨大な影が通り過ぎた。次いでアスナの上を通り過ぎる頃にはその巨体が地面に着こうとしていた。

 アスナはその風圧に耐え切れず、倒れこんだ。

「あれは……ドラゴン………?」

 俺は車の列に突っ込み、薙ぎ倒している巨体に眼を丸くして見ていた。

 モノノケはあの白い体毛のサルだけでない。色々な形をしている。現実の生物に近い者、時には架空の生物を模した者も居る。今、目の前に居るのは西洋のドラゴンまさしくそれだった。赤黒く光り輝く甲殻、頭には二本の大きな角、前足が無いワイバーン型。翼を広げれば優に十メートルは超える。

 そのドラゴンは盗賊とサル型のモノノケに割って入ると無慈悲にも両者を襲った。

「こいつはヤバイYO……今の内に撤退だYO!」

盗賊はドラゴンのエサをサルに切り替える様に促して撤退を始めた。

「ウギャアアァァァ」

 サルの方は標的をドラゴンに切り替えて応戦を始めている所だった。

「ギャオオオォォォォ!!」

 ドラゴンは耳がつんざく程の咆哮(ほうこう)を上げて、サルを丸ごと噛み砕いていた。

サルの方に大損害が出る頃には盗賊は跡形も無く逃げていた。ボスザルも敵わないと思うや否や、逃げ出していた。それに子分のサル達も続いていた。しかし、ドラゴンの腹はそれだけでは満たされていないらしく、その後を上空から追い、捕食していた。

そんなこの世とも思えない光景を、呆然と倒れたまま見ているアスナに俺は近づいた。

「立てるか?」

 俺の言葉も耳に届いていないらしい。ドラゴンの方を見てまだ呆然としている。

「おい! アスナ!」

 その言葉に二度目の我に返った。アスナは俺の腕を支えによろめきながら立ち上がった。

「コロニーまでもう少しだ。歩けるな?」

 俺の問いにアスナは首をこくんと下げた。


 果てしなく長く感じた幹線道路を抜け、今は地上から数十メートル上にある道路を歩いている。こちらにも錆びた車はあちこちにあるが、道路を塞ぐ程ではない。モノノケからもそう襲われることはない。緑色の大きな標識は錆びついてほとんどが支柱から折れている。乾いた風は一層激しくなり、その体を冷たくする。時折、その道路を支えている巨大なコンクリートの支柱が折れ、道路が途切れている所もあるが、前の旅人や行商人が作ったであろうガラクタを集めた継ぎはぎの橋を渡る。そう、ここは昔で言う高速道路だ。

「ここを降りればもうすぐコロニーだ」

 俺は倒れた緑の標識の文字を見ると、そこから続く下に降りる道路に向かった。少年少女からも安堵の顔がうかがえる。

 高速道路から降りると日はもう傾きかけていた。太陽は赤く染まり始めたので俺は少し急いだ。夜の街を歩くのは危険だ。夜行性のモノノケは昼行性のより遥かに危険だからだ。それに加え、昼行性のモノノケが凶暴化するケースもある。

「あの森がコロニーだ。あそこまで少し急ぐぞ」

 俺が指差した先には、鬱蒼(うっそう)とした街の中にぽっかりと空いた様に緑の群集があった。

「急ぐって――もうあたし歩けないよぉ」

 アスナがいきなり駄々をこね出した。

「今日はこの家のどっかに泊まろ。昨日みたいにビルの中とかで泊まろうよ」

 まるで小学生並みの言い訳だ。俺は顔色一つ変えずに前に進み出した。

「ねぇ! あたしの話聞いてる? もう歩けないんだすけど!」

 駄々をこねて立ち止ったアスナを尻目に俺は進み続けた。少年二人はどっちの味方に付くべきか迷っている。

「あ~もう歩けない………」

 そういって家の壁にもたれ掛かり、座ってしまった。しかし、俺はずんずんと先に進んだ。それを見ていた少年――カズト――が俺に近寄ってきた。

「姐(ねえ)さんはああなるともうそれ一点張りなんですよ。ケン――ケンさん、どうにか動かしてください」

「なぜ?」

 俺は冷たい言葉で吐き捨てた。

「なぜって――そりゃもう仲間が死ぬのは見たくないんだ。それに急ぐってことは夜になるとモノノケとかヤバくなるんでしょ?」

「あんたらとアスナは一緒に連行されただけ、と聞いた。なら幼馴染という間柄でもあるまい。なぜそこまであいつにこだわる?」

 その言葉に少年は立ち止るとうつむいた。

「………こ、これでも二週間以上はこっちで暮らしていたんだ!! 仲間って意識ぐらい出来るよ!!」

 少年は俺に怒鳴り散らした。俺は足を止め、アスナもそれに気づいた。

「なら、その言葉、ちゃんとあいつに言え」

 すると少年は一気に顔が赤くなった。目を泳がし、動揺の色を隠せていない。すると――

「分かったわよ。あたしが悪かった」

 そう言い残すとアスナはすたすたと歩き始めた。俺達の間を無表情で通ると振り返った。

「夜は危ないんでしょ。さっさと行きましょ」

 俺は肩をすくめると歩き出した。少年達も唖然としながらも後に続く。


 太陽は沈み切り、その赤い光が彼方に暗もうとしていた。俺達は林の中を突き進むと二つの赤い光が見えた。俺は少年少女に振り返った。

「ようこそ。コロニーへ」

 その言葉を聞くや否や、顔をきらびやかせ、一目散にその明かりの元へ走り出した。

 ――まったく……本当に俺と同年代か?

 一抹の疑問を持ちながら俺も後に続いた。すると、トタンなどで囲われた松明が二つ揺らめく門の前で少年少女は緊張の面持ちで立ち止った。

「あんたら、どこのもんだ」

 一人の上半身裸のがたいのいい男が話し掛けていた。周りの人々も疑いの目で見てくる。

「俺の連れだ」

 後ろから俺が顔を出すと一気に人々の表情が変わった。

「お、お前、ケンじゃねぇか! くそったれ、まだくたばってなかったか」

「ひでぇ言い草だなぁ。駿河一族がそんなすぐ断絶するかよ」

 俺は大きながたいの男と拳を合わせた。

「で? このあんちゃん達は誰よ。まさか、そこいらに転がってたのを拾ってきた。なんて言うんじゃねぇだろうな?」

「そんなようなもんだ。《空》から来たらしい」

 その言葉に男は息を呑んだ。

「おいおい、冗談はよしてくれ。盗賊だったらどうしてくれる……」

 男は少し構えたが、俺は首を横に振って答えた。

「盗賊稼業からは足を洗った身だ。それに、今までこの年のもんが降りてきたのは初めてだろ?そんな連中が犯罪者か?」

 男は少し動揺を見せたが、少しは納得したようだ。

「おう……まあ、盗賊にはまず見えねぇな。」

「話は奥で言おう。あんたら、付いて来い」

 その言葉に言われるまま、少年少女は俺に付いて行った。まだ、緊張はほぐれていないようだ。

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