毒ガス純度100%の植木鉢セカイ

ちびまるフォイ

悪口を言うほどしおれていく

この世界では生まれた瞬間に植木鉢を持たされる。


口と鼻にはチューブがつながれて、

植木鉢にある植物が作り出す酸素を吸って生活している。


外の外気を吸い込んでしまうと死んでしまう。


「いいかい。この植物をけして枯らしてはいけないよ。

 この木はお前の命そのものなんだ」


「うん、わかってる。忘れずに水を上げて栄養を与えればいいんでしょ?」


「それだけじゃないよ。大事なことを忘れている。

 植物というのは良い言葉をかけないと育たない。栄養だけじゃダメなんだ」


「うん。わかった」


植木を持たされた少年は毒ガスで視界ゼロの外界へと飛び出した。


「わぁ、なにも見えない! この先、何があるのか楽しみだなぁ!」


植木鉢の木が枯れてしまえば酸素がなくなって死んでしまう。

少年はこんな地獄よりも最悪な世界で、幸せな言葉を叫び続けた。


「すごい! 人が誰もいない! なんて静かでいい所なんだろう!」


植木を持ちながら散歩していると、

今はもう誰も使わなくなったガスマスクをつけているおじさんがいた。


「あれ? おじさんの植木鉢は? 落としちゃったの?」


「植木鉢? んなもん、とっくに捨てたわぃ。

 自分の思ったことが言えねぇのに長生きする意味もねぇ」


「ちょっとおじさん! 汚い言葉言わないで!

 僕の植木が枯れちゃったらどうするの!」


「そりゃ悪かったな。こっちは忙しいもんで、気の使い方なんてとうに忘れたんだよ」


「おじさん、なにやってるの?」


「このクソったれな世界を浄化して、お前みたいに植木を持つような生活を止めるんだよ」


「空気清浄機?」


「超大型のな。わしのガスマスクに入ってる先に酸素が尽きるか楽しみじゃわぃ」


少年はおじさんと別れて家に帰ると、カンカンに怒っている母親が待っていた。


「こんな遅くまでどこへ行ってたの!? 心配してたんだから!」


「工場跡のはずれに行ってきたんだ。変わったおじさんがいたよ」


「あそこは変人しかいません! もう近寄ったりしたら許さないわよ!

 お母さんは、あなたのために言ってるんだからね!!」


母親がきつい言葉を出すたびに、母親の植木がしおれていく。

説教を慌てて中断して去っていった。


こちらの言い分をまるで聞こうともしない姿勢に少年はイラついていた。


「お母さんは僕のために自分の植木を枯らしながらも

 こんなに親身になって怒ってくれるなんて、僕は本当に恵まれているなぁ」


植木を枯らすまいと良い言葉を選ぶ。

それでも濁流のように押し寄せる怒りが言葉になって飛び出た。


「くそばばあ」


咳を出すようにごく自然に漏れた悪態。

一声出しただけで心がすっと軽くなり、何もかも楽になった。


「僕の話も聞かずに頭ごなしに叱りやがって!! くそばばあ!

 僕がどこで誰と会おうと勝手じゃないか!! 僕はぬいぐるみじゃない!

 ちゃんと意思を持った人間なんだ!! くそばばあーー!!!」


今まで我慢していた分も含めた言葉がどっと吐き出される。

毒づけば毒づくほどに、みるみる体が軽くなっていく。


「こんなに楽になるなんて思わなかった。

 今まで我慢していた自分がバカみたいだ」


少年はこれを機に、自分が思ったことをすぐに口にするようになった。


「ったく、バカだなぁ」

「あーーもう。嫌になるよ」

「うっわ、気持ち悪い。なにこれ」


これまでと違ってポジティブな意味に変換することなく

心の思うままに話すことがストレス発散になった。


一方で、悪い言葉を聞かされた植木はみるみるしおれていく。


「お父さん! お母さん! 僕の植木が!!」


「なんてことだ! 弱ってるじゃないか」

「いったいどんな悪い言葉をかけたの!?」


「ねぇどうすれば元に戻るの!?

 この木が枯れたら僕は死んじゃうんだよね」


「いったいどうすれば……」

「わからないわ」



「チッ、使えねぇ」


無意識に毒づくと、言葉を聞いた植木はまたげんなりとしおれた。

不平不満を口にすることが自然になってしまっていた。


「と、とにかく! 悪い言葉を使うのはやめて良い言葉を使うのよ!」


「わかった。ああ幸せだなぁ、生まれてきてよかった」


植木はよくならない。


「変わらない……どうして!?」


「心がこもってないから……栄養にならないんだ」


「そんな! それじゃもう回復しないよ!」


一度、悪口の味を覚えてしまったらもう戻れない。

"本心では思っていながらも無理して出す良い言葉"になってしまう。


植木はみるみる枯れていく。


「あなたどうしましょう!」

「気の毒だが……諦めるしかない」


「ふ、ふざけるなーー! それでも親か!!

 自分が助かる道ばかり探してんじゃねぇ! このゲスどもーー!!」


怒りのあまり悪態をついてしまった。

植木は完全に枯れてしまった。


「あっ……」


酸素が届かなくなったのがわかった。

陸で窒息するなんて……。



「はずせーー!! それをはずせーー!!」



遠くから声が聞こえた、

植木につながっていたチューブが引き抜かれ、外気にさらされる。


息を吸い込むと初めて味わう外の酸素が流れてきた。


「よっしゃ。間に合ったみてぇだなぁ」


「おじさん……! ガスマスクは!?」


「んなもん、必要ねぇ。わしが空気を無害化したからなぁ」


おじさんの言葉を聞くと、植木を持っていた人たちはチューブを外す。

はじめて肌に触れる外気に感動していた。


「わしらはもう言葉を選ぶ必要はねぇ。自由になったんだ」


「おじさん、ありがとう!!」


その日を境に、植木鉢を持ち運ぶ人間は誰もいなくなった。

言葉の自由を手に入れた人たちは幸せそうに悪態をつきまくった。


「前から思っていたけど、お前本当にブサイクだな!」

「毎日仕事ばかりで嫌になる! ふざけんな!」

「みんなバカばっかりだ! みんな死ねばいい!」

「くそ! くそくそ!! 死にやがれ!!」

「ほんとこれくっだらねぇな!!」

「んだよ、使えねぇ!! これ作ったの誰だよ!」


もう植木が枯れる心配はない。

誰もが遠慮なく思ったことを口にする世界。



けれど、悪口を聞かされた人が

植木以上にしおれていくのをまだ誰も気づいていなかった。

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