第27話 その先に(完)
「どうかしたの?」
考えこんでいた僕を不審に思ったのか母さんが顔を覗き込んできた。
「い、いや……分かったよ。すぐに行くから」
「……そう」
母さんが部屋を後にしたあと、僕は自身の顎に指を当て、部屋の中をくるくると歩き回った。
優奈は一体何をしにきた。まさかまた殺し合いが始まってしまうのか。武器だ。武器が必要だ。僕は机の鉛筆入れにあったカッターナイフをポケットにいれた。
「おはよう、志堵瀬君」
玄関先に立つ優奈は爽やかな笑顔だった。油断は出来ない。いつでも戦えるようにカッターの入ったポケットに手を忍ばせておく。
「どうしたのそんなに身構えちゃって。せっかくここまで会いに来たのにその態度はないんじゃない?」
「……一体何の用だ」
「別に何をしにきたっていうわけじゃないけど。まぁ少し話でもしたいなって思って」
僕はまだ警戒を解けないでいた。彼女を信頼しきれないでいた。
「安心してよ。もう私は志堵瀬君に危害を加えるつもりなんてないんだから」
彼女は両手を上げて敵意がないことをアピールしている。
「何ならボディチェックでもする?」
「……いや」
そこまで言うなら、とりあえず凶器となるものは持参してきていないということか。
「ねぇ、志堵瀬君は今の世界をどのくらい把握してるの?」
「どのくらいって……一応日記は大体見たけど」
「それで分からなかった? この世界では私のお兄ちゃんも、お父さんもお母さんも無事なんだよ」
「そう……なんだ」
まぁ殺した張本人である先生がこの世界にはいない時点でそれは確定的だったが。
「しかも蒼井さんまで生きてる。みんな生きてるのに私達が戦う理由なんてどこにあるの?」
まぁ、言われてみればそうなのだが……。あの優奈の狂気を体験してしまったのだ。そう簡単には気は許せないだろう。
「こんなところで立ち話もなんだからさ、上ってもいいかな? 大丈夫だって、私が何かしてきたらキャンセルして逃げればいいじゃない」
僕はしばらく悩んだが、
「はぁ……分かったよ」
一応の警戒を解くことにした。分かってはいるのだ。彼女にはもう戦う意思はない事くらい。
彼女を部屋へと招きいれた。以前の僕ならおそらくこのシチュエーションに興奮していたところだろうが、今の彼女にはそんな気持ちになどなれるはずもなかった。
「……適当にそこにでも座ってくれ。あ、お茶でもいる?」
「おかまいなく」
彼女はソファーに座ると、
「ごめんね志堵瀬君。志堵瀬君のこと二回も殺しちゃって」
「え……」
彼女は案外素直に謝ってきた。そしてその口ぶりは爽やかなものだった。あの時僕を殺した人間と同一人物だとは思えない。
「……僕からもごめん。倉木さんのこと二回も殺しちゃって」
そう言われると僕からも謝るしかないだろう。
「まぁお互い様だよね」
端からみるとかなり意味の分からない会話だろう。
「それにしても志堵瀬君、一体何をキャンセルしたの? こんなに全てがうまくいく方法があるなんて。あるんだったら最初からやってほしかったよそんなの」
「あぁ、それは……」
僕は彼女に解説した。昔僕が瀕死の宮野先生を前に逃げ出してしまったこと。本当なら彼はそこで死んでしまっていたこと。それを気付かないうちにキャンセルしてしまってそのせいで先生は生き残り、のちにみぞれか優奈の兄どちらかが死んでしまう殺人事件が起きたこと。その事実を変えるために親が離婚する時の決断をキャンセルしたこと。そんな大きな決断をキャンセルしたにも関わらず結局人生は最初と大して変わってないこと。
「ふーん、それって奇跡的というか何というか。これってもしかして運命ってやつなのかな。どちらにしろこうなっていたっていうか」
「そうかもな」
「まぁ、みんな助かってこれで一応ハッピーエンドってところかもね」
僕はベッドの上にどかりと座り、軽いため息をついた。
「……ところがそういうわけでもないんだよね」
「え……なんで?」
「さっき日記を見て知ったんだけど、どうやら僕はこの世界でも盗撮して、更にそのことがみぞれさんにバレてしまっているらしい」
「へ……?」
彼女は目を丸くして僕を見たあと、
「ぷっ……あはははははは!」
抑えきれない様子でケラケラと笑い出した。
「ははは、結局それも志堵瀬君の運命だったわけ? しかもそれって今の志堵瀬君が体験したことと微妙に違うから、もうキャンセルなんて出来ないんでしょ?」
「……あぁそうだよ」
どうやら優奈はあの時ちゃんと聞いていたらしい。自分がなぜキャンセル出来ずに殺されてしまったのかを。
「ふふ、残念だね。キャンセル出来ればバレなかったことに出来たはずだったのに」
「……そうかな。僕は別にこれでよかったと思ってるよ」
「え?」
優奈は何をトチ狂ったことを言い出すのかといった顔で僕を見た。
「以前みぞれさんに盗撮がバレてしまったとき、どこか僕は自分とその罪を切り離して考えていたような気がする。盗撮がバレてしまったことが悪い。本当は僕は悪い人間じゃないってそう思ってた。もしキャンセルによってバレたことがなかったことに出来たら、僕はまたそれからも同じ間違いを繰り返していたんじゃないかな。きっとどうにも首が回らなくなるまで」
「それは……そうかもね」
「キャンセルすれば、その場を誤魔化すことは出来るかもしれない。でもそれは自分の悪い部分を先延ばしにするだけで何の解決にもならないんだ。むしろどんどんその罪は悪化していくばかりかもしれない」
優奈は黙って僕の言葉に耳を傾けているようだった。
「いくらキャンセルしてこの世界を変えてしまっても自分の本質を変えることは出来ない。認めたくはないけど、きっとその罪を含めて僕自身だったんだ。だったら僕はそれを受け入れるしかない。だからこれでよかったんだ。ここで僕は自分の間違いに気付くことが出来たんだから。もうこの先間違いを犯さずに済むんだから」
「……ふーん」
気付くと彼女は僕の顔をじっと見つめていた。
「……何だよ」
「何か志堵瀬君変わったなぁと思って」
「……そうかな」
「うん、ちょっとかっこいいよ」
「褒めたって何も出ないぞ」
「いいんだよ? 今度何かまた別の能力が備わったら、私にレクチャーしてくれても」
「……絶対に教えない」
その時机の上で充電中だった僕の携帯が鳴り出した。どうやら何かメッセージが入ったらしい。僕は立ち上がり、携帯の画面を見てみた。
「あ……」
「どうかしたの?」
「どうやら今日も呼び出しを食らったみたいだ。彼女に」
午後一時、僕はあの倉庫へとやって来た。中に入ると倉庫の中央に女王、蒼井みぞれが仁王立ちで立っていた。
「来たわね、ハジメ君」
「みぞれさん……」
みぞれはキラキラとした笑顔で僕を見つめている。
「さて、今日はどんなことをしようかしら」
僕はもう我慢なんて出来なかった。彼女の元に駆け寄り、その体を抱きしめた。
「ひゃッ!? な、何をするのハジメ君!」
「……あなたは生きている。そして僕の事、覚えていてくれている」
「そ、そんなの当たり前じゃない! は、離しなさいよ!」
僕は言われた通り彼女から離れた。すると彼女はビシリと僕の顔に指を差した。
「ふん、どういうつもりか知らないけれど、ハジメ君、あなた奴隷としての自覚が足りないみたいね」
彼女のそのなんだか懐かしい言葉に僕はフッと笑みがこぼれた。
「奴隷ですか。確かにそれも悪くはないのかもしれないですね」
「……何よその態度は」
「でもやっぱり奴隷は辞めにします」
「辞めにする? あなた分かっているのかしら、奴隷を辞めるということはあの秘密をみんなにバラさなくちゃならないのよ?」
「……そうですね。そうしましょう」
僕の言葉に彼女はポカンと口を開けた。
「え……バラされてもいいっていうの?」
「えぇ」
「な、何よいきなり。どうしちゃったのよ、ハジメ君」
彼女はらしくもなく、手をあたふたとしている。そんな彼女の目を僕は真っ直ぐに見つめた。
「もうこれ以上自分の罪を引きずっていたくないんです。僕は……その先に進みたいんです」
月曜。その日は体育館で朝から全校集会があった。校長が舞台の上に立ち、なんだか無難な言葉を述べている。多くの生徒が列の中に立つ僕はそこから一人抜け出して、前方へ出向き舞台への階段を上った。
「は……?」
校長は挨拶を中断し、そんな僕を丸い目で見た。
「な、何をしているのかね君は」
僕はそんな校長を無視するようにマイクをつかんだ。
「何をする気だ」
校長が後ろから掴みかかってくる。僕はそれでもマイクを離さす、それに向かって叫んだ。
「みんな聞いてくれ! あの更衣室の盗撮をしたのは僕だ! 僕が犯人なんだ!」
僕が叫んだ瞬間、全校生徒及び先生達はしばらくの間時が止まったように誰も動かなかった。しかし、近くにいた体育教師が我に返ったのか舞台へ駆け上がってきた。
「おい、ちょっと来い!」
全てを話し終えた僕は無抵抗のまま首根っこを掴まれた。周りを見ると、全ての人が眉を潜めて何やら小声で話していた。にやにやと笑っている者もいる。僕はこれから先ずっと白い目で見続けられるのだろう。気持ち悪い、おぞましいとレッテルを張られ続けるのだろう。
しかし、僕が舞台裏へと姿を消す寸前のことだった。
「ハジメくん!」
僕に呼びかける大きな声が後方から聞こえた。振り返ると、舞台の下にみぞれがいつもの仁王立ちで立っていた。
「みぞれ……さん……?」
「あなたがこんなお馬鹿さんだったとは私知らなかったわよ」
彼女は一歩一歩踏みしめるように舞台へと上ってきた。その姿に衝撃を受けたのか、体育教師は僕の襟から手を放す。
「あなたの秘密はもう秘密ではなくなってしまった。どうやらこれで私とあなたの関係は解消のようね」
「……えぇ」
そうだ。僕は罪を告白し、全てを終わらせた。
「でも……」
彼女はそう言いかけながら階段を上りきると立ち尽くす先生と僕の元に向かって力強い足取りで近づいてきた。そして僕の元までたどり着いた彼女は僕に手をさし伸ばした。
「またここから始めましょう。そうね、私とお友達になってくれないかしら」
彼女はこの場にいる誰より爽やかな笑顔を僕へと向けていた。
僕にはもう過去の罪をキャンセルすることは出来ない。でも、それを乗り越え、先へ進むことは出来そうだ。そう、蒼井みぞれと共に。
「はい、よろこんで」
僕は笑顔で彼女の手をとった。
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