彼女はここに埋めました。

良月一成

第1話 盗撮

 その日の朝、蒼井みぞれは教室へとやってきた。彼女はどこかつまらなさそうな顔をしながら僕の座る席の前を通り過ぎ窓際にある自身の席へと向かっていく。


 肩に届かない程度の明るい色をした髪。切れ長で鋭い目。細く長い足、大きな胸。それはとても綺麗な姿だった。先日死んでしまった人間だとはとても思えないほどに。


 そう、二日前僕は彼女を殺した。殺して山へと埋めたはずだった。でも今彼女は何事もなかったかのように登校してきている。それだけじゃない。僕は殺人及び死体遺棄の容疑で警察に逮捕され留置所に入れられたはずだった。でも今僕はこうして誰にも咎められず何食わぬ顔で学校へとやって来ている。


 なぜこんなことになったのか。時は一週間ほど前に遡る。




『九月五日


 今日も倉木優奈は美しかった。あの黒く長いさらさらの髪、華奢な体、白くて透明感のある肌、人形のように整った顔。たまらない。彼女の美しさは学校内でも随一。いや、そんな小さい範囲で収めてしまっていいのだろうか。正直アイドルや女優としてだって十分通用するようなレベルだと僕は思っている。


 それにしても思うのだが、この恋は間違いなく片思いなのだろう。なぜなら僕が遠くから眺めているだけで好きになってしまうということは、他の男共だって似たような感情を抱いている可能性が高いからだ。きっと彼女からしてみれば男なんて選び放題。僕はきっと数多いる男の一人に過ぎないのだ。そんな状態で僕を選ぶ理由がどこにある? 僕のステータスで特出した部分なんて何もない。顔も勉強も運動神経も身長も、何もかもが普通の範疇だ。同じ教室に毎日通っているというのに彼女はきっと僕には永久に手が届かない存在なのだろう』


「はぁ……」


 僕はそんな内容をノートに吐き出しそっと閉じた。最近は倉木優奈に関する記述が多い気がする。恥ずかしくて見返すことも出来ないため確かめられないが。


 この日記という名の黒歴史ノートを綴り始めたのはいつの頃からだっただろうか。別にこれを書くことによって何かが生まれるというわけでもないのだが、いつの間にかやめられなくなっていた。数年前は何かが起こった日にだけ書いていたものが今では毎日欠かさず書いている。そしてその文章量も増えているように思える。何だか一日やったこと考えていたことを書くと頭の整理になるし、ストレス発散にもなるのだ。




 次の日の昼休み、僕はクラスメイトの田中と佐藤、いつもの三人で屋上階の階段室に座り弁当を食べていた。屋上に出ることも出来るのだが、この炎天下では影もないし、外にいても不快なだけである。


「倉木さんって本当かわいいよなぁ」


 天然パーマで頭がいつも暴発している田中もどうやら僕と同じ数多いる男の一人らしかった。


「でも彼女これまで一度も彼氏がいたことないらしいぜ」


 根暗の佐藤がそんなことを呟いた。


「え……そうなのか?」


 その話には食いつかずにはいられなかった。


「あぁ、彼女と同じ中学だった俺が言うんだ。間違いないね」


「本当に? あんなにかわいいのに」


 にわかには信じがたい話だ。まぁ佐藤の情報など信頼に足るのか分からないが。


「まぁ仮に誰かと付き合うにしてもそれは俺達じゃないんだろうけどさ」


 田中は大きく背伸びをしてどこか遠くを見るような目をして言った。


「……そうだな」


 何も返す言葉がなかった。わずかな期待を持たせたあとで現実に引き戻さないでほしい。


「はぁ、彼女の裸を見れるのは未来の彼氏だけなのかよぉ。うらやましいなぁおい!」


「まぁ……」


 しかしそこに対しては反論の余地があった。彼女の裸が見れるのは未来の彼氏だけ。本当にそうだろうか? まぁ、そんなことをこいつらには話す事はないのだが。




 その日自宅に帰った僕はそわそわしながら一階のリビングルームにて待機をしていた。


 そして午後八時過ぎ、配達物が届き、二階の自室へと運び込んだ。


 ハサミを使い箱を開く。中に入っていたのは小型のビデオカメラだった。


「ふ、ふふふ。これで倉木さんの裸が見れる……!」


 そう、僕は倉木優奈の体を盗撮しようとしているのだ。


 看護士であるうちの母さんは夜家を空けることが多かった。そして今日もその日だ。こういう日、母子家庭である僕は誰にも咎められることなく夜中に出歩くことが出来る。


 僕の通う高校は僕の家から山を下り山を登った先にある。普段登校する時はバスを使うのだが、僕は自転車に乗りひーこら言いながら四十分ほどの時間をかけて夜の学校へたどり着いた。


 付近に自転車を止めた僕は校門の前に立ち、内部の様子を伺った。外灯は灯っているが人の気配はない。


 僕は門をよじ登り敷地内へと侵入した。校舎は当然ながら基本的に鍵が閉められている。しかしながら抜け道というものはあるもので、職員室の隣にある宿直室には、窓に取り付けるタイプのクーラーが備え付けられている。間抜けなことにそのせいで窓が完全に閉まらないようになっているのだ。つまりそこから校舎の中へも入り放題なのである。


 そして職員室にさえ侵入してしまえば、そこでマスターキーを手に入れることが出来、学校中どこにでも進入が可能になる。僕が盗撮をしようと思い始めたのもそんな事実に気づいてしまったからだった。


 鍵をくすねた僕が向かったのはプールの女子更衣室だった。この中にもこれまで何度か進入し下見は済ませている。


 僕が以前から目をつけていたのはロッカーの上に置いてあるダンボールである。このダンボール、中身が空だというのに、この上にずっと置きっぱなしになっているのだ。これを利用しない手はない。僕はダンボールを手に取ると持ってきたボールペンで小さな穴を開けた。その穴から部屋全体が撮れるようにカメラをガムテープで固定する。もう一度ロッカーの上に戻すと一度ちゃんと撮れるのか実験してみた。このカメラは特殊な機能があり、動くものに反応して、その動くものがカメラの範囲に入っている時だけ録画されるのだ。これで一日二日放置した程度ではバッテリーが切れることも容量がなくなってしまうこともない。


「よし……」


 一度ダンボールを降ろしてチェックしてみると、ちゃんと更衣室内で動く自分の姿が収められていた。僕はまたダンボールを同じようにロッカーの上に乗せてその場を引上げた。




 そして次の日、僕達のクラスのプールの授業がやってきた。


 僕は水着に着替えながらドキドキが止まらなかった。今、隣の更衣室ではクラスの女子達の裸が、倉木優奈の裸が僕の仕掛けたビデオカメラに収められているはずだ。


 更衣室を出てプールサイドに行きしばらくすると女子更衣室から女子たちがぞろぞろと出てきた。みんな消毒槽に浸かってその冷たさに騒いでいる。


 誰の裸を見たいかと言われればそれはもちろん倉木優奈になる。だが他の女子達も捨てたものではない。倉木優奈の次を挙げるとすれば彼女だろうか。僕は消毒槽から上がってきた蒼井みぞれの姿を見た。


 彼女の身長は高く、もしかしたら僕と同じくらいあるのかもしれない。明るい色をした髪は肩に届かない程度で、今は外しているが普段は紺色のカチューシャをしていることが多い。そして何より、その細身の体の割に胸がでかい。スタイルを含めると彼女はもしかしたら倉木優奈にさえ対抗出来てしまうのかもしれない。彼女は堂々とした素振りで片手を腰に当てている。


「!」


 僕は彼女を凝視しすぎていたのかもしれない。目が合い慌てて顔を背けた。


 一瞬目が合ったが、なんだか彼女はその辺に落ちている石ころでも見るようなつまらなさそうな目をしていた。まぁしかし彼女はいつでも誰に対してもあんな感じだ。美人ではあるが、そんな近づき難い態度を常にとっているものだから、彼女はあまり人望がある人物ではないようだ。一人で行動していることが多いように思える。




 次の日の夜、再び母さんの夜勤の日がやってきた。僕はさっそくカメラを回収しに夜の学校へとやってきた。


 前回と同じ方法でプールの女子更衣室に入る。ロッカーの上に置かれたダンボール箱はまだ同じ位置に健在のようだった。


「よし……」


 映像はすぐに確認出来る。興奮が止まらない。僕はダンボールを手に取り、中に仕掛けてあったカメラを取り出そうとした。


「ん……?」


 しかしそのダンボール箱に手を掛けた瞬間、僕は大きな違和感を覚えた。箱が妙に軽いのだ。僕は焦りを感じながらダンボールを床に下ろしそのフタを開いた。


「な、ない……」


 ダンボールの中にカメラが見当たらない。中にははがされたガムテープだけが残されている。


「なんでないんだ!?」


 焦る気持ちを抑えつつ僕は周囲を見回した。しかしロッカーを全て開けてみても、椅子の下を探しても、その部屋から僕のカメラが見つかることはなかった。


 誰かに見つかってしまったのか。それしか考えられない。勝手にカメラが箱の中から消えることなんてありえないのだから。


「く、くそ……こんなことが……!」


 一体誰に見つかってしまったのだろう。生徒か、先生か、用務員のおばさんか。


 その場でいくら考えてもそれは分かりようのないことだった。僕は仕方なくその場をあとにし帰路へとついた。


 僕はその日、震えながら寝床についた。だがなかなか寝付けない。バレてしまった。一体僕はこれからどうなってしまうのだろう。

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