第1話 ボーイ・ミーツ・ガール
1
「おい、おーい。起きろ。黒勢(くろせ)志野(しの)!」
男の汚い濁声(だみごえ)が聞こえてきた。寝ぼけ眼(なまこ)をこすりながら起きるとひげ面の熊みたいなおっさんが目の前に立っていた。まだ、少し頭がぼーっとする。今は…授業中だったかな。以前として目の前には熊みたいなおっさん、もとい、日本史教師岩倉(いわくら)先生が立っていた。
「俺の授業で寝るのはこの高校でお前だけだぞ。」
半ば呆れた声だ。周りを見渡すとクラスメイトがこっちを見ている。視線が痛い…。
「すいません。寝ていました。」
素直に謝るのが賢明だろう。岩倉先生の顔を見るかぎり、これ以上授業中の居眠りについて問い詰めるつもりはなさそうだった。
「もういい。それと机のよだれは拭いとけよ。」
最後の一言は余計だ。教室で笑い声が起こる。僕はそっとポケットからハンカチを出し机のよだれを拭いた。
「よし、それじゃあ授業の続きを行う。教科書108頁(ページ)を開いて。」
授業時間はあと20分もある。正直言って、岩倉先生の授業はつまらない。それが居眠りに繋がる原因だ。だいたい、地声が大きいのになんで授業の時は子守唄みたいな心地よい声で授業するんだよ。周りをチラッと見ると何人かのクラスメイトが頑張って目を見開いている。隣の近衛(このえ)君なんかは腕にシャーペンを刺して眠気と戦っている。痛そうだ…。僕はそこまでして起きていようという気にはなれない。居眠りの原因はもう一つある。それは窓から差し込む春の陽気だ。僕は窓際の席だから、陽気が直接降り注ぐ。とても気持ちいい。
ひと眠りしたことでとりあえず眠気は過ぎ去った。窓の外には美しい緑の山々の景色が広がっている。夏の山は緑がきれいだ。この宮(きゅう)都(と)市立暗部(くらぶ)高校は市内中心部から北に数十キロの山中に位置する。一言でいえば田舎だ。ただ、別に都会に行きたいとはあまり思わない。むしろ、田舎は好きな方だ。きっと、何百年も前から先祖代々この地に住んでいるからだろう。山の緑を見ると安心する。
僕はつまらない授業を聞くよりも窓の外を眺めることにした。そういえば、さっき寝ている時、何か夢を見ていた気がする。どんな夢だったっけ。山の緑を見ているとあと少しで思いだせそうだ。
「おい、黒勢。近衛が教科書読んだから、次はお前だ。続きを読んでくれ。」
そんなことを考えていると急に当てられてしまった。
「わかりました。えーっと。」
僕は慌てて教科書を捲(めく)る。108頁とさっき言っていたことは覚えているが、直前の近藤君がどこを読んでいたか全くきいていない。隣の近衛君にヘルプの目線を送るが、全然気づいてくれない。おい、近衛!僕は心の中で毒づいた。
「なんだ、聞いていないのか。それじゃあ、寝てても起きていても同じだな。」
再び、教室が笑い声に包まれた。
2
「それは志野が悪いよ。」
部室で同じく2年の八瀬(やせ) 秋(あき)が、そう言って短い髪をかき上げながら笑い声をあげた。部室といっても、昔は倉庫だったスペースを利用しているだけだから、5畳半しかない狭い部屋だ。おまけに所狭しと本が置いてあり、体感ではかなり狭い。
「そう言ってもなぁ。まぁ、つまらない授業をする方が悪いよ。ふあぁ~」
つまらない授業のことを思い出すとあくびをしてしまった。僕があくびをしながら答えると秋はニヤリと笑った。
「相変わらず、やる気ない顔しているよ。そういえば、三日後に提出する部活の課題レポートは作った?顧問の久多(くた)先生が言っていたやつ。テーマはえーっと暗部の伝承について。結構、ニッチなテーマだと思ったんだけど。」
「もう書いたよ。」
僕があまりにもさらっと言ったためか、秋は少し残念そうな顔をする。おそらく、僕がレポートをしていないことを願っていたのだろう。
「暗部は千年もの間、帝が住んでいいた古都近くの山岳地帯だから、多くの人が避暑地として利用していた。その一方で都の人が自然の恐怖を体感した場でもあったと考えられる。自然からの恵みと恐怖。これが暗部に多くの妖怪の伝承が残っている理由っていうことを書いたよ。簡単に言えば都が近くにあった山だからってことかな。」
秋はふーんと興味あるのかないのか分からない返事をした。僕は構わず続ける。
「それと山伏や武士が修行の場として利用し続けたことも大きな理由かな。だから、暗部には不思議な力を使う天狗の伝説や怪物牛鬼の討伐伝説が存在しているんだとおもうよ。」
僕は得意気に話したためか、レポートの出来ていない秋は少しご機嫌斜めな様子だった。
「まぁ、志野はいつもレポート提出しているし、出来てないかって聞いた俺が間違いなんだけどさ。こんな部活で真面目にレポート出してるのお前だけだぜ。」
秋がそういうのも無理はない。この地域風土研究部は地域に根付いた高校であることをアピールするために僕らが入学した年に出来た部活だ。活動としては暗部の暮らし、文化、伝承、名産品、名所について調べるただそれだけだ。しかし、以外にも部員数は十人を超えている。それにはある噂が関係している。その噂とは、地域風土研究部に三年間在籍していれば、内申点が大幅に上がるというものだ。もちろん、なんの根拠もないただの噂だが、この部活が地域にアピールするために作られたことは事実であり、高校としても廃部になってしまうのは困るだろうという考えが元となり信じている生徒も少なくない。とはいっても、高校生にはいささか退屈な活動であり、大半の生徒は課題のレポートを出したり、出さなかったりといい加減な活動しかしていない。そのため、この狭い部室は僕と秋のたまり場となっている。
「私もいつもレポート出しているんだけど。」
いつの間にか、同じ2年の貴船(きぶね)灯子(とうこ)が部室の入り口に立っていた。明るい緑色の眼鏡が印象的な彼女は黒髪で肩までのセミロング、水平を保ったリボン、ひざ丈のスカート、至って真面目そうな出で立ちだ
「おい、お前いつからそこにいたんだよ。」
秋が驚いた様子で尋ねる。
「ついさっきよ。黒勢君が間抜け面で、授業中に居眠りしていた話からかしら。バカな話だったし、入りにくかったのよね。」
結構、前からいるじゃねえか。
「間抜け面なんてことは言ってなったと思うんだけど…」
「黒勢君、そんな話はどうでもいいの。私は部室に本を取りにきただけだから。でも、居眠りはやめてほしいわね。あなたは数少ない真面目な部員なんだから。」
「おい、それじゃあ俺が不真面目な部員だっていうのかよ。」
秋が突っかかるが、貴船さんは相手にせず部室の本を探っている。真面目で毒舌な貴船さんと皮肉屋の秋は仲が良くない。口げんかになったら、いつも止めるのは僕だが、今日は本を取りにきただけのようで、目当ての本を見つけるとそそくさと帰っていった。
「全く、あいつは口が悪い女だ。」
はぁとため息をつきながら、秋は言う。
「そういうなよ。貴船さんも真面目な性格が先生の眼鏡にかなって部長を任されているんだ。ピリピリしてるんだろ。」
「そうか?あいつは内申点目当てで必死なだけだろ。俺はだべる部屋が欲しかっただけだけど。本当に暗部が好きでこの部活をしているのは志野だけだ。」
「そうかもね。」
「何て言っても、志野はこの地域に古くからある暗部寺の一人息子で、暗部で有名な忍者、黒勢神居の末裔だからな。」
「秋、その話はやめてくれ。」
僕は苦笑いした。
3
学校帰り、僕は一人で夜道を自転車を押しながら歩いていた。田舎だから、街頭なんてないに等しい。でも、暗い道ではない。街頭のかわりに、月明かりが夜道を照らしているからだ。月前の灯という諺があるが、こんな田舎でないとその諺の意味を理解することは出来ないだろう。
あれから、秋は貴船さんの悪口をずっと話していた。2人は犬猿の仲だが、同じ部活だし、仲良くしてほしい。貴船さんは毒舌だが、悪い人ではない。彼女とは同じクラスだし、部活のことで話すこともある。全く、仲を取り持つこっちの身にもなって欲しい。自転車の前輪タイヤは帰る途中でパンクしたし、今日はあまり気分が上がらない。
そういえば、久しぶりに忍者の末裔って言われたな。僕はふと思い返す。いつだっただろうか、小学生の時、名前をもじられてシノビとからかわれてからだったと思う。それから、忍者の末裔と言われるのは好きではなくなったし、他の人もそれを察してかあまり言わなくなった。
先祖の黒勢神居は全国的にはあまり知られていないが、暗部で知らない人はいない有名な忍者だ。ただし、普通の忍者とは違い、暗部に潜む妖怪を退治し、守っていたという話だ。もともと、他の地域で活躍していた忍者だったが、組織を抜けて暗部の廃寺に住みつき、暗部を守るために活動していたらしい。そして、その子孫が寺を継ぎ現在にいたるということだ。
はっきり言って、妖怪が実在していたとは思えない。人によっては単なる山師だという人もいる。名が後世に残るのは忍者として失格だという人もいる。でも、僕はそうは思っていない。妖怪は野盗の隠語だったのかもしれないし、山師なら後世まで名が語られることはないだろうと思うからだ。後世に名が残るのは、他の忍者と違い諜報活動に重きを置いていないからだろう。それに、忍術が現代まで脈略と受け継がれていることは、確かに先祖が忍者だったという証拠だ。今は僕のじいちゃんが黒勢流忍術の筆頭だ。昔はじいちゃんがよく忍術を教えてくれていたが、父親が死んでからぱったりと教えるのをやめてしまった。
僕はまっすぐ家に帰らず、少し寄り道することにした。家から少し離れたところには、割と大きな池があり、気分が上がらないときは子どもの頃からよく行っていた。ゆらゆらと揺れる水面を見ているだけで気分が落ち着く。久しぶりに来てみたが、昔の記憶と寸分違わぬ景色が広がっていた。池は甲子園だか東京ドーム一個分くらいの大きさだと聞いたことがあるが、いまいちピンとこない。池の周囲には葦が生い茂っている。この辺りには僕の家以外に住宅はなく、ザワザワと木の音が聞こえるだけだった。僕はその辺に落ちていた平べったい石を手に取り、回転をかけながら池に向かって投げた。3回か4回ほど跳ねて石は水の中に沈んだ。こうやって、昔もよく遊んでいたなと少し懐かしい気持ちになる。水に反射した月明かりが、風や投げられた石で揺らいでいる。水面の月明かりもまぶしい。僕はぼんやりと水面を眺めていた。しばらく、水面を見ていると、さっきよりも水面が明るくなってきている気がする。さらに、赤色や青色の光も見える。僕は空を見上げた。夜空から赤く光る球体と青く光る球体が落ちてきていた。
4
二つの球体はだんだんこちらに近づいて落下してきた。そして、青の球体の方は池にに落ちた。ドボンと音を立て水柱がふき上がる。赤色の球体の方は水面に近づくにつれて、落下のスピードがゆっくりとなり、水面ぎりぎりで止まった。僕は自分の目が信じられないでいた。
あれはなんだ?どうして、浮いているんだ?そもそも、あれは何なんだ?
僕の頭の中は疑問でいっぱいだった。そんな疑問をよそに赤色の球体は変わらずまばゆい輝きを放ちながら、ゆっくりと横回転をしながらこちらに近づいてきた。球体は僕の目の前で止まった。近づいてきて初めて分かったが、球体は小さな小屋くらいの大きさがあった。僕がこの不思議な球体をしげしげと眺めていると、急に球体からハッチが開き、何かが出てきた。
出てきたのは緑色で人型の生物だった。肩、腕、胸、足に緑色のアーマーをつけているが、何故か上半身は裸で素肌にアーマーをつけていた。肌はアーマーよりも濃い緑をしている。口はクチバシのようになっており、とがっている。背中には大きなプレートを背負っていた。というか…甲羅といった方が適切かもしれない。頭にはヘルメットを被っているが、サイズが小さくて頭頂部しか隠れていない。何というか、見た目は武装したカッパだ。
「*******」
カッパが何か話しかけてきたが、何言ってるか全く分からない。
「おい、あんた何者だ。」
カッパは何も答えない。使用している言語が違うことは明らかだった。
「*******」
怒った様子で、カッパは怒鳴っていた。そして、いきなり、僕に掴みかかってきた。
「痛い!おい、何してんだ!離せ!!」
両肩を掴んで、僕をもち上げる。カッパの爪は鋭く、肩に食い込んでいる。
「くらぁ!」
僕は浮いた足で思いっきり、カッパの顎を蹴りあげた。少し掴む力がゆるまった。チャンスだ。僕は体をひねり、カッパの手を振りほどいた。そして、地面を握り、掴んだ土をカッパに向けて投げつけた。僕はカッパが怯んでいるうちに、とりあえず逃げることにした。
池は広いため自転車を止めているところまで、少し走った。後ろを振り向いてみたが、追ってきていないようだ。自転車までもう少し!そう思ったところで、ザバッーっと池の方から音がした。見てみると、長い黒髪の美しい同じ年くらいの若い女が池から現れた。服は白色を基調としており、ピッタリとした服のおかげで身体のラインが出ていた。女は僕の方を1、2秒不思議そうに眺めてから、
「あなたは地球の方ですか?」
と尋ねてきた。
言葉が通じたことにまず驚いたが、地球の方という単語にも驚かされた。どういうことだ?
「そうだけど、君は違う星から来たの?」
「よかった!あなたの名前は?」
会話がかみ合っていない…。
「黒勢志野っていうんだけど」
僕がとりあえず答えると、女は驚いたような表情を一瞬した後、満面の笑みを浮かべて僕にキスしてきた。
キスは5秒くらい続いたと思う、初めてのキスは甘くなく、泥の味だった。
「いきなり何すんだ!」
僕は女を突き放した。いくら美人でも急にキスされると戸惑いしかない。僕の困惑をよそに女は切り出した。
「DNAサンプルを採取、解析しました。間違いないですね。地球に来て初めて接触する人類が黒勢神居様の子孫だなんて、自分でも驚きです。私はマーメイクス星のルリエと言います。」
僕は事態が飲み込めない。
「黒勢神居を知っているのか?」
「もちろんです。私の母は450年前にある目的のため地球に降り立ちました。そして、そこで黒勢神居様に会い助けられました。私は母からある目的を託され、黒勢神居様の子孫と会うため、母の思い出の地球に来たのです。まぁ、途中で追手が来たので不時着してしまいましたが。」
宇宙人が450年前から来ていたことや、自分のご先祖様が宇宙人と会っていたことをいきなり聞かされて、僕の頭の回路はショート寸前だった。というか、お前は何歳なんだよ!
「えーっと、君は…」
僕が言葉を詰まらせた時、冷たいものを感じた。そして、吹っ飛ばされた。体がびしょびしょだ。見てみると、カッパが立っていた。甲羅のようなところからは2本のキャノン砲が突き出ており、そこから水が発射されたようだった。地面をころがったため、体が痛い。ルリエと名乗った女も倒れていた。
「おい、大丈夫か。」
声を掛かるとルリエは
「大丈夫です。」
と言い立ちあがった。
「あれはアグロ星のアグロリアンという種族です。この種族は昔から地球に来ており、この国でも多くの目撃があります。この国ではえーっとカッパと呼ばれています。」
「えっ、どういうこと?」
僕が尋ねるとルリエは答える。
「他の星からの訪問者は人間の歴史が始まるよりずっと前からありました。ここは辺境の星なのであまり多くはありませんが。この星の人間は他の星からの異形の訪問者を、妖怪やもののけの類として捉えていたのです。」
「うーん、完璧には理解出来てないけど、昔から来ていたアグロ星人ってやつを、昔の人はカッパと呼んでいたわけね。」
「そのとおりです。」
ルリエは嬉しそうに答える。カッパの方は腕を地面につけ、キャノン砲をこちらに向けている。また、水を発射してきそうだ。
「それで、この状況はどうしたらいいの?」
僕はルリエに尋ねた。
「これを手につけてください。」
彼女は黒い手袋を僕に渡してきた。甲の部分には【忍】と赤い文字がはいっている。
「これを着けてどうするの?」
「変身出来ます。」
「何に?」
「よくぞ聞いてくれました。宇宙の科学を駆使して戦うニンジャ!宇宙忍者にです!」
もう話が通じない。でも、この状況を打破するには宇宙忍者とやらになるしかなさそうだ。僕は彼女から手袋を受け取り手につけた。
「で、どうやったら変身出来んの?」
「九字護身法を知っていますか?手袋をつけて臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前の順に印を結んでいき、最後に刀鞘印を結びます。これで変身することができます。」
「九字ね。久しぶりにするけど上手くいくかな。」
印は忍者にとって、精神統一を図るため用いられてきた。じいちゃんに教えられたことがある。僕は深呼吸をして印を結ぶことにした。臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前すばやく印を結ぶことができた。最後に刀鞘印を結ぶ。
「変身!」
印を結ぶと、体が何かに覆われていくのが感じられた。手を見ると黒い手甲が着いている。胸や足にも黒い衣装の上にアーマーが着いている。動きの邪魔にならないよう必要最小限な部分にしかついていないようだ。水面を見ると、マスクの部分も映っている。口元は立体マスクのようになっており、目は赤く光っている、鉢金は金色だ。結構、かっこいい。
「変身はいわなくていいですよ。あっ、前からきます!」
初めての変身に水を差された。カッパの方を見ると水が発射されるところだった。回避行動をするため、動くと自分でも信じられない早さで動けた。慣れてないため、少し足元がよろめくが、水をよけることには成功した。
「よし!」
僕は素早くカッパのふところに潜り込んだ。そして、アーマーのない素肌を思い切り手刀で連打する。拳よりも手刀の方がアーマーの隙間の素肌に上手くヒットすると考えたからだ。利いているのかカッパもよろめく。
「うりゃあ!」
僕はカッパがよろめいた隙をついて、頭めがけて蹴りをいれた。しかし、カッパは蹴りを手で受けとめ、そのまま僕の足首を掴み投げつけた。
バキッと音がして、木に叩きつけられた。痛いが動きに支障はない。思ったよりダメージはない。
「いてて。」
カッパが僕の方に近づいてくる。
「お前はなぜマーメイクスの味方をする。お前は誰だ?」
カッパが話しかけてきた。とても低い声だ。聞き取りにくいが、先ほどと違い言葉が分かる。
「味方をしているつもりはない。お前が攻撃してきたからだ。」
「お前が質問に答えないからだ。」
カッパは睨んで言い放つ。
「じゃあ、今質問してみろ。答えてやるよ。」
「暗部寺はどこにある。」
思いもしない質問だった。
「暗部寺は俺の家だ。何の用がある。」
「宇宙で一番の宝を手に入れるためさ。おい、小僧案内しろ。」
宝…?なんのことだ?
「宝なんてものはない。古い仏像があるだけだ。」
僕が答えると、カッパはニヤリと笑い。
「交渉決裂だな。」
と言い、前蹴りをしてきた。
寸前のところで回避をし、間合いを取る。
「変身出来たけど、何か技ないの?」
「宇宙忍者は印の組み合わせで技を発動させることができます。兵・者・在の順で印を結び、最後に刀鞘印を組んでください。」
僕は印を結ぶ。しかし、なにも起こらない。
「何も起こらないんだけど。」
「今、説明した術は想像した物を実体化させる術です。あまり大きなものは今の志野様では実体化させることができません。もう一度、印を結んで何を実体化させるか想像してください。思いが強ければ、実体化した物もより強固になります。」
「よし、もう一度してみよう。」
僕は印を結び、両手とも人差し指と中指を伸ばす。間に手裏剣が挟まるようイメージしながら。指の間に半透明の手裏剣があらわれた。
僕は狙いを定めて、腕を振りぬき、手裏剣を投げつける。狙い通りカッパの胸アーマーに突き刺さったが、あまり効果はないようだ。
「他の技は?」
「臨・闘で身体強化。臨・者で速度強化です。どちらも最後に」
「刀鞘印だな!」
「はい!」
「よし!」
僕は素早く印を結ぶ。そして、カッパの背後に回り込む。
「おりゃ!!」
カッパの頭頂部に手刀をかます。バキっとヘルメットが割れる音がする。カッパは皿が弱点だろうとふんだからだ。しかし、大きなダメージを与えることは出来たが、倒れない。カッパは振り向いて殴りかかってきた。
僕はカッパのパンチを寸前でのけぞりかわし、がら空きになったカッパの顎を見た。唯一、変身前に攻撃して怯ませられた部分だ。
「はぁー!」
僕は地面に手をつけ、思いっきり足を下から突き上げた。カッパの顎にクリーンヒットする。
「グゥワ」
カッパは顎を押さえてうずくまる。
「とどめです!九字の印を順番に結んでください。これが必殺技のトリガーです。そうすることでエネルギーが体をめぐり、変身中一度だけ最大のパワーが出せます。その後に兵・者・在の順で印を結べばさっきとは比べ物にならないくらい強力な手裏剣を投げることができます。さぁ、早く!」
「断る!」
僕は彼女の提案を拒否した。彼女は驚いている。
「なぜですか?アグロリアンはあなたを攻撃してきているのですよ。」
「そうだけど、それで命を奪う理由にはならない。たとえ、どんな相手でも殺すつもりはない。例えそれが宇宙人でもだ。殺すなんてことはしたくない。」
攻撃してきたが僕の傷は大したことないし、そんな理由で殺すことはしたくない。それが僕の答えだった。
「やっぱり…やっぱり、志野様は黒勢神居様の子孫なんですね。」
いつの間にか、驚いた顔をしていたルリエが微笑んでいた。
「心配しないでください。宇宙忍者に変身している限り、相手を殺すことはできません。必殺技での手裏剣も相手の主要な筋肉を一時的に動かなくし、神経伝達を遮断することが一番の効果です。弱った相手に使えば、気を失うだけです。」
「そうか。それを聞いて安心したよ。それじゃ、遠慮なく必殺技とやらを使おうかな」
僕は九字を順に結び、それから兵・者・在の順で印を結んだ。体に力がみなぎる。そして、手裏剣の形をより詳細にイメージした。より強固な手裏剣をつくるため、さっきとは違い右手のみに手裏剣を実体化させるイメージをした。
「大手裏剣斬!!」
右手を振り抜き、手裏剣を投げつけた。鋭く回転した手裏剣はカッパの胸を貫き、後ろの木に刺さった。
「技の名前まで言っていただきありがとうございます。」
「うるさいよ。そう言われると恥ずかしいじゃないか。で。こいつはどうするんだ。担いであの赤い球体に戻したらいいのか。」
カッパは動かない。気を失っているようだった。
「その必要はございません。腰にある巻物を取ってください。」
「これか?」
ぼくは腰についていた円柱のものを手に取る。
「それは電子巻物といって、少し開けて、芯棒についているボタンを押すと、紙部分が相手に巻きついて、相手を巻物の中に閉じ込めることができます。気を失っている相手じゃないと使えませんが。」
僕は倒れているカッパに向けて電子巻物のボタンを押した。紙部分が伸びて巻きつき、紙部分が巻物に戻った時にはカッパが消えていた。そのかわり、電子巻物にはカッパが描かれていた。
「貰います。」
僕は彼女に電子巻物を手渡した。宇宙の警察に引き渡すのだろうか。僕はグローブを脱いで変身を解く。
「ところで、寺に宝はないってよくとっさに嘘が出ましたね。さすが、黒勢神居様の子孫といったところですか!」
「えっ、本当にないんだけど…」
しばしの沈黙が続く。
「母が黒勢神居様と一緒に暗部寺に隠したのですが…知りませんか?」
「えーっと、うん、知らないかな…」
僕たちはしばらく無言のまま見つめ合った。
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