第1話 廊下にて

「……っ」

 僕は切りつけられた左手を押さえつつ後ずさる。

 斬りつけた奴は僕の血が付いたナイフを持って、フーフーと荒い息を出しながらゆっくりと僕に近づいてくる。

 夜十時、僕は教室に宿題のプリントを置いて帰ってしまったのに気がつき、学校の寮から教室へ向かっていたのだが、道中いきなり襲われたのだ。

 掌の血は止め処なく溢れてくる。傷口が脈打っている感覚さえも伝わってきた。

「一体なんですか!」

 僕の言葉に覆面は答えない。

 ここから教務室までダッシュしようかとも考えたけど、行った所で先生は居ないかもしれないし、もし居たとしてもこんな時間に校内を徘徊していたことについて咎められるかもしれないという不安があった。

 こうなれば、ヤケだ。

「あ! 先生、こんばんは!!」

 僕は覆面の背後に先生が居るかのように、挨拶をする。

 もちろん、背後には誰も居ない。

 これで、覆面が振り向けば……。

「……!!」

 僕の読みどおりに覆面の奴は後ろを振り向いた。

 今だ!

 僕は覆面の視線が僕から逸れた瞬間を見計らい、走り出す。

 動きだすと、切りつけられた左手がジンジンと痛み始めたけれども、そんな事は気にしちゃいられない。

 しかし、


 ドタドタドタ。


 僕の後ろから足音が鳴り響く。きっと、アイツが誰も居ないことを分かって僕のことを追いかけてきているのだろう。

 その足音はどんどん近くなっていく。

 このままじゃ追いつかれて、僕は……

 そんな事を考えて後ろを振り向こうと思ったその時、


 ゴッ。


 僕の後頭部に何やら強い衝撃と痛みが襲い、僕の意識は途切れてしまった。




 ペチペチ。

「おーい。おーい。なかなか起きねぇなコイツ」

「ちょっと、頭を打っているんだから、まだ動かしちゃ駄目だよ。あーくん」

 誰かが僕を呼んでいるような気がする。


 ペチペチ。


 しかも、頬をペチペチと叩かれている気がする。

「だってさぁ、たーちゃん? コイツなら俺達の依頼、解決できるハズなんだよ。おい、そろそろ起きろって」


 むにー。


 今度は頬を抓って引っ張られているような気がする。

 痛い。

「い、いひゃい」

 僕は余りの痛みで目を覚ました。

「あ、起きた」

「あーくんったらそうやって無理矢理起こすんだから」

 目を開けるとそこには、才宮高校の男子制服を着ているショートヘアの少年と、同じく高校の女子制服を着ているポニーテールの少女が映る。

 そして、天井は見慣れない天井だった。

「ここは?」

「高校の医務室だよ。君が倒れていたのを偶然俺らが発見してここに連れてきたって訳」

「左手なんて何かに切られたような感じだったんで、手当てしておきましたが、何かあったんですか?」

 ポニーテールの少女は心配そうに僕の左手にそっと両手を添えてくれた。

「何か……、あ! 覆面!」

 僕はまずあの覆面の存在を思い出す。

「覆面?」

 少年は眉を顰める。

「覆面をした奴がいきなり僕にナイフを振り回してきたんだ。会っていないかい?」

「いいえ。私達が来たときは貴方が倒れていただけで」

「覆面の奴は見ていないな」

「そうか、一体誰だったんだろ」

 僕は肩を落す。

「誰かというのは分からないが、その覆面の奴らが“どんな奴”かは分かると思うぞ」

 少年はそう言って自分のスマホを取り出して、何やら操作をする。

「……ビンゴだ」

 少年はそう言って呟くと、スマホの画面を僕に見せた。

 其処には。


【今回のターゲット:日立ショウ 現在粛清中】


 という文字と共に、僕の学生証の写真が映っていた。


「何……コレ……」

 あまりのことに、僕は言葉が出ない。

「学校裏サイトの成れの果て、才宮高校学生粛清部隊さ」

 少年はそういうと、スマホをしまう。

「粛清部隊……」

「そっ。気に入らない奴なんかを晒しあげてメンバー皆で懲らしめちゃおうっていうサイト。それで、君が今回のターゲットになっているっていうワケ」

「なんで、僕が……」

 僕はこの高校でひっそりと過ごしているハズだ。誰かに恨まれるようなことはしていないと自負している。

「さぁね? 誰か気に入らないところがあったんじゃねーの?」

「あのですね、ショウさん。私達はとある依頼を受けて、この学生粛清部隊について調べているんです。もしかしたら、ショウさんを助けられる方法が見つかるかもしれません」

 少女はポニーテールを揺らしながら僕に笑いかけた。

「ほ、ほんと?」

「えぇ、本当です」

「その代わり、俺達の仕事を手伝ってもらうけどな。ショウ、お前はアイツらの良いカモだ。お前に釣られて彼らがノコノコとやってきたところを俺らが叩くっていう寸法だな」

 少年の方は掌に拳を当て、ニヤリと笑った。

 少女の方はともかく、彼の方はイマイチ信頼できない感じだ。

「一先ず、俺らの自己紹介でもしておこうか。俺の名前は“ミヤハラアスカ”でコイツの方が“ミヤハラアスカ”だ」

 ……え? 今同じ名前が二度聞かされたような気がする。

「すいません、もう一度お願いします。殴られた衝撃で耳が悪くなったのか、同じ名前が二回聞こえたような気が」

「えっと、それ、耳が悪くなったわけじゃないです」

「え? どういう?」

「私の名前は飛鳥時代の“飛鳥”で、彼の名前が“明日に香る”で“明日香”。同じ読みの名前なんですよ……」

 少女は申し訳無さそうに説明する。

「俺らは従兄妹なんだが、何故か命名をするじい様が同じ読みをする名前を付けやがったからさぁ大変。今では区別するために、俺の方をアス。たーちゃんの方を太子って呼んでいるけどな。自由に呼んでもらって構わないぞ」

 アスと名乗った少年はそう言いながら、手を差し出した。

「よろしくな。ショウ」

「よろしくです。ショウさん」

「……あぁ、よろしく……」

 僕は場の空気に流されて、二人と握手を交わした。


 こうして、僕と二人の“ミヤハラアスカ”は出会ったのであった。


 このことが後々、僕にトンでもない最後が降りかかるだなんて、その時には全く予想出来なかったのだった。

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