恋々狂想曲

Hymeno

序章:恋の結末

 あたしは今日失恋した。


 付き合っていた彼が浮気した。

 そんな雰囲気は微塵もなかったのに。

 でも、デート中を目撃してしまったのだから。

 知らんぷりなんて、できなかった。


 あたしと彼は高校からの付き合いで、大恋愛を繰り広げた相手だった。

 少なくともあたしは、そう思っていた。

 そんな彼だから、ショックも大きかった。

 いつからなの? って聞いたら、半年も前からだった。


 家で一緒にいるときも、デートをしてるときも、あの笑顔の裏でほかの女のことを考えていたと思うと、腹が立った。

 浮気がばれて、でも、だって、とごまかそうとする彼が情けなくて。

 でも、半年間もそのことに気づかなかったことに、あたしは自分が情けなくなって。


 気づいた時には彼を殴りつけて、雨の中傘もささずに走って、走って。

 いつぶりかわからないくらいの全力疾走をハイヒールでして。

 涙も鼻水も全部雨でぐちゃぐちゃになって、わけが分からないくらいになって。

 家に帰りついた時には、全身ずぶぬれになっていた。

 身体的にも精神的にも疲労困憊していた。


 彼が、彼だけがあたしのすべてだった。

 大げさではない。

 過言ではない。


 例えば彼が行くといった大学に行くために受験勉強を乗り切った。

 例えば彼の好きな服装を言葉の節々から拾い集めておしゃれした。

 例えば――。


 幸せだった思い出の奔流に、あたしは流され押しつぶされていく。

 泣いて泣いて。散々泣いて。

 ティッシュ一箱空けて。

 枕もシーツもぐちゃぐちゃのべちゃべちゃにして。

 涙も枯れ果てて。


 その果てに思いついたことがあった。


「もう、いやだ……」


 普段のあたしならこんなばかなことは思いつかなかっただろう。

 あるいは他人のそんな話を聞いても、なんてばかばかしいことを、と嘆いたことだろう。

 しかし。

 絶望から逃げるためか。

 あるいは復讐のためか。


 あたしはこのとき、こんなばかなことを思いついてしまったのだ。


「……こんな世界、もうたくさんだ」



――恋々狂想曲れんれんきょうそうきょく――

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