第25話 入れ替わり
「起きて下さいませ。ノエル様、エレーヌ様!」
懐かしい声が聞こえた。
「……おはよう、モリー。良い天気ね」
寝ぼけながらも目をあけると、太陽の日差しを背にしたモリーの姿が視界に入る。
「おはようございます、ノエル様。急いで湯浴みをしてお食事を。時間がありませんわ」
せかされるように起され我に返った。
「あ、そうね……。ここはフランシスカだったわ。モリーだったからアゲートだと勘違いしたわ」
勘違いした原因はもう一つ。ずっと繋がれたまま離れないエレーヌの手。それと、昔と同じように、すぐに起きないエレーヌに苦笑する。
嫁ぎ先でもこうなのかしら? なら、アルフレッド様とモリーはいつも大変だわ。
「エレーヌ様は私が起します。ノエル様はお早くご準備を」
追い立てられる様に寝台から追い出された。
部屋を出ると、フランシスカの侍女達が待ち構えていて、湯殿へと入れられた。
一人で湯に浸かると、あまり眠れなかったせいか、瞼が自然と下がり意識を手放しそうになる。湯に沈みかけた時、勢いよく扉が開きエレーヌが飛び込んで来た。
「もう。モリーったらうるさいんだから。聞いてよ、ノエル。また朝ごはんくれないって言うのよ! いつもはアルの手前ちゃんと起きているんだから、今日くらい良いじゃない!」
頬を膨らませ抗議する妹に苦笑する。
「あら、いつもは、ちゃんと起きているのね? それは感心だわ……。エレーヌ、もう少し具合の悪いふりをして。エレーヌは部屋に引き篭もる予定なのだから」
湯殿には私とエレーヌしかいないのに、声を潜めた。
「そ、そうだった。気を付けるわ……。でも、本当にノエルは危なくない?」
エレーヌが湯に浸かり傍にやってくると、不安げに眉を寄せ、顔を強張らせた。
「もちろんよ。すぐに自分の部屋に戻って寝ているわ。エレーヌも私のふりをよろしくね」
安心させるように笑うと、力強く「うん」と頷く。
「モリーには協力を頼んであるから大丈夫よ! さすがに、ずっと一緒にいたモリーにはバレちゃうから」
「モリーに? モリーは誰にも言わないと約束してくれた?」
確かにモリーが協力してくれるのなら、私は問題ないだろう。上手くアルフレッド様の目を逸らせてくれるはずだ。
悶々と考えていると扉が開きモリーが入って来る。
「ノエル様もエレーヌ様もお急ぎ下さい。すぐに支度にかからなければ間に合いませんわ」
モリーが、キビキビと動き私達の世話を始めた。
「モリー……。あの」
本当にモリーは承諾してくれたのだろうか? もしかしたら嘘で、本当は誰かに伝えていて、私達の計画を阻止するのではないかと不安がよぎる。
「ノエル様、お約束下さい。危険な真似はしないと。日が暮れるまでにはお戻り下さい……よろしいですね」
私の言いたいことがわかったようで、モリーが先に口を開いた。
しかも、私が部屋で大人しく待っていないと悟っているような口ぶりだ。何かすると察しているのだろう。
「……ありがとう。もし、入れ替わりがばれても、モリーのことは必ず守るわ。大変なことを頼んでごめんなさい」
謝るとモリーが首を横にふる。
「ノエル様のことは良くわかっております。私はばれても何とでもなります。ただ……必ずお戻り下さい」
湯の中でエレーヌが私の手を掴むと、強く握りしめた。
約束は出来ない。でも……戻りたい。
「ええ……必ず戻ります」
そう答えると、モリーの肩の力が抜けたように見えた。
「では、お二人共よろしいですか? 入れ替わりについては、私達三人しか知りません」
私とエレーヌが湯に浸かりながら大人しくしているのに対し、モリーだけが私達の髪を香油で洗ったり体を清めたりと忙しい。
何度も頷く私達の反応を確かめながら、モリーは手際よく進めて行く。
「まずはエレーヌ様。その天真爛漫な性格を隠す必要があります。目をなるべく伏せて、誰とも目を合わせないように。それと、話す時は短く出来るだけ小さな声で」
モリーの説明に、異議を唱えたくなった。
私は、そんなに下ばかり向いて過ごしていたのかしら? 何だかモリーの説明に納得がいかないけど、ここは黙っていることにした。
「そうね、よく言えば大人しく儚げだけど、ノエルは暗いから。わかったわ。頑張る!」
「はい。今回は、ノエル様が人をあまり寄せ付けない雰囲気を醸し出していたので、近付く人は少ないでしょう。むやみやたらと、愛想を振りまかなければ問題ありません!」
……すごく不本意だ。でも他人から見たら、そう言う態度だったのかと反省した。
「そしてノエル様……。エレーヌ様の真似は無理だと思います。なので、体調不良と言う案は素晴らしいですわ!」
モリーが楽しげに見えるのは気のせいだろうか? 何だかとっても、モリーとエレーヌがウキウキしているように感じる。
「なので、ノエル様が気を付けるのは、ただ一つ。アルフレッド様だけですわ」
「どうしてアルフレッド様?」
特に問題はないように思える。見た目も素敵だし、優しそうな雰囲気を醸し出し、あれぞ王子様って感じだけど。
何気なく首を傾げると、エレーヌが目の色を変えた。
「だめよ、ノエル。アルの前でそんな仕草をしたら、すぐに……口付けされるわよ」
「えっ……」
エレーヌの鬼の形相に思わず固まった。
「そうでございます、ノエル様。実は、アルフレッド様は……キス魔なのです」
キス魔……って、それって。
「すごく困るわ……」
気が動転しながら、ボソリと呟くと、エレーヌが何を思ったのか、私が考えていた心配とは違う意味でとらえたようで、真剣に私を見た。
「そうなの。そこが問題なのよね。私じゃないと、すぐにばれるでしょう? ノエル、慣れていなさそうだから。だからなるべく気をつけて」
可愛く首を傾げられると、エレーヌの濡れた髪から雫が落ちる。
問題はそこじゃないと思うんだけど……。
「えっと……。エレーヌそうじゃなくて、私がアルフレッド様とキスするの嫌じゃないの?」
「嫌よ! だから、ノエルは可愛い仕草をアルの前でしないで。モリー、ノエルを見張っていてね。いくらノエルでも許さないから!」
「わかったわ……」
エレーヌの必死な形相に、アルフレッド様にはなるべく近付かず自然に振舞おう。そう心に刻み込んだ。
「ノエル様のことは私が付いておりますので何とか致します。エレーヌ様、お一人で大丈夫でございますか?」
二人分の清めが終わったモリーが、大きく息を吐くと、私達の顔を交互に眺める。
「大丈夫よ。まかせて。ノエルに見えるように、大人しく儚げに振舞うわ。それよりもノエル。アンリには、どういった態度で接すれば良いの?」
エレーヌがここぞとばかりにニヤニヤしながら聞いてきた。
「な、なに……よ。普通で良いわ。普通で……」
「普通ね。いつもどんな態度だったの? 抱きつけば良い?」
絶対からかってる! モリーまでもが興味心津々でこっちを見てくる。
「なっ……うぅ。普通で良いわ。でも、向こうは私のことを嫌いだと思うから、避けてくると思うの」
そう言うと、エレーヌとモリーが二人で顔を見合わせ首を傾げた。私はと言うと、いじけるように、湯の中へと体を沈め小さくなった。
「なぜ……?」
「嫌われるようなことを言ったの。傷つけてしまったの……」
昨日の自分の言動を思い出し、罪悪感が押し寄せる。
「あら、なら謝れば良いじゃない。ノエルが言わなきゃ意味がないから、私は謝らないわよ。でも、何とか話せるようにはしとくから」
簡単じゃない? とエレーヌは普通に言うけど、そんなに上手くいかない。
「ノエル、顔を上げて。昨日言ったでしょう? 自信を持って言葉で伝えてって。じゃなきゃ相手はわからないわよ?」
エレーヌの迫力に負けて、ぎこちなく頷いた。
「お二人共時間がありません。良いですね、ここを出たらノエル様はエレーヌ様。エレーヌ様はノエル様です。ばれたら……大事です。私達だけのお咎めではすみません。充分気を付けて下さいませ」
念を押すモリーに、強く頷くと、エレーヌとも頷き合う。
こうして、私達の長い一日が幕を開けた。
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