人魚姫の恋

木沢 真流

第1話 S.A.

 S.A.。

 それは見知らぬ人たちが出会う場所。その理由は問わない。


「だからお前、あぶねぇって」

「いいんだよ、俺なんかこのまえ140km/hrまで出したことあんだぜ」

「はっ? お前それ即免停だからな! ったく、だから俺ケンジの運転嫌だったんだよ」

「なら降りろ。ユウトはどうせ免許持ってねえんだろ? 歩いて帰れ」


 うるせー! カリメン(仮免許)ならあるっつうの!

 後部座席から顔を真っ赤にしてどなるその声は、運転席にいるケンジにはほとんど届いていなかった。


 高校時代の同級生、今や大学生となった男女4人。ひと夏の思い出作りの遠出旅。一頻り山登りやら温泉やらを満喫して帰る途中、道を間違えたケンジのおかげで、気づけば外は真夜中だった。


「もう、あんたらうるさい! アタシ免許持ってるから代わるわ」


 もう一人、後部座席からにゅっと顔を出したミキはしびれを切らしていた。


「お前、この前アクセルとブレーキ間違えて、レクサス凹ましたばっかじゃねーか。そんなやつに俺たちの命任せられっかよ」

「はっ? 140km/hrよりかましよ。いいから早く代わって」


 後部座席から体半分前に出てきたミキを、ケンジは涼しげに笑い飛ばす。


「ってか、この真夜中の高速道ぶっとばしてる中、どこで代わるんですかぁ」


 ミキは正面に浮かび上がる看板を指差した。


「ほら、あそこS.A.(サービスエリア)あんじゃん。あそこ入って」


 運転席のケンジは片手で運転しながら、もう片方で鼻をほじり始めた。


「あの〜、俺明日ゼミあるから、早く帰りたいんですけど〜」


 ガツン、とケンジの頭に火花が散った。


「痛ってーな、こっちが手だせねえからって後ろからは卑怯だぞ」

「いいから、入って! もう亜弥もさっきから黙ってないで何とか言ったら?」


 助手席で一人、亜弥は窓に肘をおき、それを枕にして外を眺めていた。

 暗闇の中、窓ガラスに反射する自分と時速120km/hrで抜けていく暗闇。

 そんな景色と見つめ合っていた亜弥は、独り別の世界にいた。まるで夢でもみているようなその姿は、さながら眠り姫のよう。


 あ、もうすぐS.A.だ。


 亜弥がS.A.を見て目を覚ましたのは、理由があった。

 決してこの暴走車の運転手を代えさせるためではない。


——あの夏、あの時、確かに私たちはここにいた。きっと夢じゃない——


「S.A.、寄っていこっか」

 ぽつりと呟いた亜弥の声は、騒がしい車内に一瞬だけ涼しい風を送り込んだ。

「しょうがねえな、わかったよ」


 ほんっと、何で男は可愛い子の言うことだけそんなに素直に聞けるわけ? 全く世の中不平等よ、第一さ…………。


 そんなミキの訴えをBGMに亜弥はただ、ぼんやりと外を眺めていた。


「…………」


 S.A.。

 それは見知らぬ人たちが出会う場所。きっと何かを求めて。

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