第50話 揺らがぬ鎧

 俺が走っている最中も、荒ぶる敵はその両手を振るって広間を滅茶苦茶にしていた。なんとか攻撃の隙間を縫って反撃をしたいというように動いているタスクだが、流石に真正面からガンガン攻められて手も足も出ない様子だ。


「タスクっ!」

「やっと戻ってきやがったか、ギイチ! お前体は大丈夫なのか?」


 タスクの目にも、さっきユーリを助け出した時に、飛んでくる瓦礫で足をやられたことは見えていた。駆けつける俺の姿を見て、傷はどうしたと言ってくる。


「遅くなってすまん。ユーリの能力・・・・・・で回復してもらった!」

回復・・? どーいうことだよ?」

「詳しい話は後だ!」


 戦闘の真っ只中、ユーリが新たに身につけた能力のことをタスクに説明するのは無理だろう。不可解なのは置いておくとして、ユーリの新しい能力――特に伸縮ストレッチングという能力は、使えば戦術の幅が広がりそうなものだけど、能力のことを知らないタスクに使うのも危険だろう。


「それはいいけど……ギイチ、やっぱ硬すぎる! お前のアレ・・を使ってみてくれ!」


 ゴーレムからの攻撃を後ろに下がって避けながら、タスクが叫ぶ。

 恐らく俺の装填チャージを使えと言っているのだろう。タスクが言うのも最もで、単純な火力が足りない今、敵にマトモに傷を負わせる手段はそれしかないかも知れない。


「分かった、引きつけててくれ!」

「あいよぉっ!」

「行くぞ――――装填チャージ、あああああああっ!!」


 攻撃の動作の後、ゴーレムが一瞬静止するタイミングを狙い、剣を振りかぶって突っ込みながら能力を使った。致命打となりそうな上半身を狙うのは、ゴーレムの上背からして無理だ。まずは感触を掴もうと、を狙って思いっきり切りつけた。


 刃が届いた瞬間、岩を叩くような感触を一瞬感じたが、俺の剣はゴーレムの肌に切れ目を入れることに成功した。切れたには切れたが、表面をなぞったに過ぎない。敵の脚が太すぎるのだ。


「くそっ、もう一度――おらああああっ!」


 ゴーレムの反応は遅く、同じ箇所を狙えばあるいはと思い、再度能力を使う余裕はなかったが、脚に切り込んだ。さっきより少し奥に届いたような感触もあったけど、骨――はなさそうに見えるけど、芯を捉えるには程遠い一撃だった。血肉もないのか、切りつけた跡からは血も流れない。


「なんだコイツ――硬すぎる……」


 予想を遥かに上回るゴーレムの硬さに、口からは弱気な言葉が漏れてしまう。

 しつこく二度攻撃を入れた俺に気付いたのか、ゴーレムがこちらに反撃をかけようと振り返ってくるのが見えた。退避を考え周囲を確認するが、左右どちらも散々のゴーレムの攻撃により石の床がめくり上がり、不安定な足場しかない。両側はダメだ、後ろに下がるか、前か・・だ。


「ヨシカズくんっ! 能力を使います、前にっ! 伸縮ストレッチング!」


 後ろからかかったユーリの声。

 ゴーレムの攻撃をくぐり抜けて前に出ろと、さらにさっき説明してもらったばかりの能力を俺にかけると言う。ぶっつけ本番もいいとこだが、今は仕方がない。その言葉を信じて前にと床を蹴った。


 ユーリが使った能力を体に感じた後、見えた光景は異様だった。

 振り返りながら拳を振り上げているゴーレム。少しの距離しかなかったため、すぐに互いに正面で向かい合う形になるような状態だったが、俺が地面を蹴り出して敵に肉薄した時、ゴーレムはまだ振り返っている途中だった。スロー再生――とまではいかないけど、敵の動きが明らかに遅い。振り返る途中でこっちの姿も敵の視界に入っていないのを見て取り、背後に回った。


 敵がどう出るか分からないこと、それに慣れないこの感覚により下手なことをするのはマズいと思ったため、ゴーレムが向き直るまで足を止めて待っていたのだが、こちらに背中を向けた時ようやく、時間感覚が元に戻った。


「ギイチ、何だよその動き……目で追うのがやっとだったぞ……」

「そうか時間を伸縮させるっていうのは――そういうこと・・・・・・か」


 横にいるタスクが一体何をしたのかと声をかけてくる。

 そんな言葉に返すこともせず、一瞬の体感を反芻していた。タスクの言葉からも分かるが、まるで俺だけがもの凄いスピードで動いていたような感じなんだろう。なんだかとてつもない能力なように感じられ、少し身震いしてしまう。


 しかしこれは――それほどのスピードで動けるということは、思いっきり勢いをつけた状態で攻撃を食らわせば、もしかしたらあの敵の硬さも突破できるかも知れない。


「ユーリ、もう一度だ! もう一度能力を使ってくれ!」

「わ、分かりました!」


 後ろに飛び、ゴーレムとの距離を取りながらの俺の叫びにユーリも答える。


「――伸縮ストレッチング!」


 ユーリの声を聞いて、背中を向けている敵に再度駆け出した。

 完全に振り返ったゴーレムは、攻撃を仕掛けた俺がいないことに戸惑ったのか、一瞬動きを止めたままでいる。駆け出した勢いのまま、再度脚を狙って両手に持ちなおした剣を振りかぶる。


「行くぞおっ! 装填チャージ! おらあああああっ!」


 床を蹴り、水平に飛ぶようにして勢いをつけたまま、剣を振るう。

 すれ違いざまに斬りつけた感触は、目論見もくろみ通りに敵を深く刻む――ということにはならなかった。先程と大して変わらない感触、ゴーレムの脚を断つにはほど遠い傷しか負わせられなかった。


 流石に三回同じ場所に攻撃を受けたゴーレムは怯んで若干傾く。ユーリの方に戻ってくる格好になった俺は切り抜けた後すぐに、敵から距離を取るために前へと駆ける。


「全く変わらない……? 勢いをつけてもやっぱりダメなのか?」


 再び、ユーリの横に並び立つ。

 未だ倒れぬ敵を見据えながら俺はそんなことを口にしていた。

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