異世界に飛ばされた僕らは少し、いやかなりおかしい。
霞空
転移直後にレッツパァーリィー
目の前で踏み込みと同時に剣が振られ、それに合わせ斜めに構えた剣の上を火花を散らしながら滑っていく。
そして大振りの隙を逃すこと無く防いだ方が防御の為に構えていた剣を素早く振るう。
未だ逸らされたことで体勢を崩している方は為す術なく白刃にその身を裂かれ、鮮血が宙を舞った。
そして糸の切れた人形の様に自らが生み出した血溜まりの中へ沈んでいく。
切られたのは同級生。
切ったのも同級生。
本人たちはチャンバラと言っていたが、真剣を使ったチャンバラがチャンバラかどうかはさておき、倒れた同級生に同じく同級生の女子が駆け寄り淡い光を放つ魔法を使って傷を癒やしていく。
「やっべ、真剣ってマジでいてーのな」
「そりゃ真剣だからな」
「私としてはチャンバラより組んず解れつしてくれた方が嬉しいんだけどなぁ」
女生徒の治療の末、明らかに致命傷となるはずの傷は綺麗さっぱりなくなり、未だ血みどろの制服のまま起き上がり切られた感想を述べている。
現代社会で今まで生き続けて来た自分としては、魔法にしろ真剣での切り合いにしろ、初めて見る光景に思考がついていかない。
本人達は至って軽い調子で会話を始めているが、普通に通報からの殺人未遂で拘置所コースだ。
そして傷を癒やした女生徒に関しては意味がわからないことを呟いている。
おかしいな。こいつらも同じ世界で生きてきたはずなんだけどなぁ。
「剣術持ちにはどうやっても勝てねーのかな?」
「そりゃ与えられた特権みたいな物だからしょうがないわな」
「なら夜の勝負で勝てばいいんじゃない?」
敷き詰められた赤い絨毯の上でクラスに居た頃の様に会話を行う三人。
噛み合っているようで実は一名、全く相手にされていないというのも変わっていない。
というか、いい加減誰か突っ込めよ。
なんで切られて普通に会話してるんだよ。
制服が赤く染まっている上に切られたことでボロボロじゃないか。
それに切られた感想とか誰も求めてないだろ。
そして三人より少し奥で、髭を蓄えた偉そうな男性と、側に控えている二人の男性が目の前で繰り広げられた光景に、驚きのあまり固まっている姿が見えた。
聞いた限りでは王様とその側近というではないか。
ただですら初対面というのに、こんな光景を見せられて心象がよくなるわけがない。
このままでは色々とこれからの生活がマズイことになると考え、一応僕らの担任である先生へと視線を向ける。
「なぁ。聞きたいことがあるんだがいいか?」
「はい、僕も聞きたいことがありました」
王様の御前というにも関わらず、兵士から奪うような形で借りた剣を使いチャンバラをやりだした同級生の精神性とか。
普段見ない担任の真剣な表情に、流石に異世界にクラスごと呼び出されたという事実はネタに走る余裕を奪っているように見えた。
これなら頼りになるかもしれない。
「スライムって食べ物か? 飲み物か? ゲームだとそこら辺表記されてないから心配だ」
何の心配だ。
お前はスライムを食べなければならないサバイバルにでも行くのか。
真剣な表情で何下らない事を考えているんだ。
そんな心配をするより現状をどうにかする為の策を考えてほしい。
主に交渉とか、これからの待遇とか、帰還の目処があるのかないのか。
これから当面生きていく上で重要な事だと気づいてほしい。
しかし、僕の言葉は耳に届いているのか居ないのかわからない生返事と共に、再び思考の海に帰っていく姿をみて、やはりこの担任は異世界に来ようとも変わることはなかったと理解した。
何時迄も何の約にも立たない担任の相手をしているわけにも行かず、望みをクラス委員長である女生徒へと託しながら視線を向ける。
「キャー、今昼間よね? 昼間からあんなことしてるなんて……」
「なぁ委員長。とりあえず王様の王冠を見て、その下が禿げてないか確認してくれないか?」
「うわ、コルセットって脱ぐとすごいのね。お、良い角度。あ、ごめん。今忙しいから後でね」
どうやらこっちも使い物にならないらしい。
先程小さなプレートに表示された特殊能力で、どこを見ているのかは知らないがおそらくロクでも無いことなのは安易に想像が付く。
一応女子だというのに、エロオヤジの様な下卑た顔で壁の向こう覗いている様な姿が見えた。
透視の使い道って他にもあると思うんだ。
それに委員長の隣で少し離れているとはいえ、本人がいるにも関わらず玉座の王様に指差してなんて事を口にするんだ。
一応勇者として召喚されたとはいえ、建造物や出で立ちを考えれば中世をベースと考えてもいい。
つまり封建制であった場合、如何に重要な人物といえど無礼が過ぎれば打ち首もあるかもしれないんだぞ?
こちらも使い物にならないことを察し、希望を託す為に別のグループへと視線を向ける。
「こうやって、くっつけると……キャー」
「動けない鎧と壺がようやく惹かれ合って恋に落ちる……鼻から情熱が溢れてく――」
言葉半ばで801の住人達から視線を外す。
せっかく手にした念動力をそういう使い方でいいのかは後で考えるとして、とりあえずこのまま視線を向け続けると自分が汚染されてしまう。
何を話していたかなんて僕にはわからないし、考えたくもない。
周囲の兵士達も何が何やらわからず直立不動のままだった。
言語は自動的に変換されている為、何を話しているのかは聞こえているらしいが、とてもではないが理解することなどできないだろう。
大丈夫。同じ世界で生きてきた僕にも理解できないから安心してください。
無機物だろうと有機物だろうとなんでもくっつけたがる奴らなんて理解したくもない。
そして無断で鎧と壺で遊んでいるバカ共に代わり、心の中で静かに謝罪をする。
担任込みで十二人しかいない問題クラスで、自分を抜くと残りは三人しかいない。
普段の行いからしてありえないと言わざる負えないが、もしかしたら異世界に来たことにより何か精神が覚醒したりしているかもしれない。
一縷の望みを掛けて残りの三人に視線を向けて後悔した。
「クッソっ! 流石だなブタ。強化された俺の蹴りで飛ばないなんて」
「ふん。食べ方が違うのだよ。我輩をボールにしたければピザを十枚は持ってくることだな」
「見てよこの筋肉っ! 肉体強化ってすごいんだね!」
ダメだこいつら。
目を輝かせて半裸でサイドチェストを決める男子生徒と、同級生をサッカーボールの様に蹴り飛ばそうとして失敗し、膝を着いて悔しがる男子生徒。
そして勝ち誇ったようにバックからポテチを取り出して頬張る太い男子生徒。
同級生を蹴り飛ばそうとすること自体問題しかないが、それを当然の様に受け止める太め、もうデブでいいだろう。
そのデブとのやり取りは教室に居た時と変わらない。
普通に考えればイジメにしか見えないのだが、これが我がクラスの日常の一つなのだ。
日常を送ることは大いに構わない。
多かれ少なかれキチガイ奇行を繰り返す光景を見るのは慣れている。
しかしお前達、今の状況が解ってるのか?
異世界に召喚と称して、半ば強制的に拉致されたと説明を受けただろ?
なんでその事実を無視して、おまけの様に説明された能力を確認した瞬間にチャンバラを始めるんだよ。
というかチャンバラ以外でも各々好き勝手にやりすぎだろ。
お前いきなり脱ぎだした時なんてメイドさんドン引きしてたからな。
頼むから、まずは話を聞いてくれ。
だが、自分の願いは届くこと無く、異世界の住人と思われる周囲を置き去りに好き勝手にしている光景に、まともな奴が自分を除いて誰もいない現実を理解して静かに天を仰いだ。
そういえばこのクラスが十二人しかいないのは、頭がおかしい担任と生徒達の所為で、まともな生徒達は別のクラスに移されたんだった。
もっと早めにクラス替えをお願いしておくんだった。
「ウチのバカ共がすいません。自分がこの集団の代表としてお話を伺います。そして不躾ながらお話をする際に別の部屋を用意して頂いてもよろしいでしょうか?」
だが、嘆いた所で現状が変わることなど無い。
仕方なく自分が生き残るために行動を起こすことにした。
混乱が無いと言えば嘘になる。
交渉を上手く進める自信なんてありはしない。
だが、この惨状のまま放置しておけばどうなるか分かったものじゃない。
悪化するのは目に見えている。
勝手だが、お前らの命は僕が預かるぞ。
やりたい放題遊んでいるお前らが悪いんだから文句は受け付けない。
一応勇者として召喚されているんだ、そこまで悪いように扱われることはないだろう。
だからとりあえず落ち着いて待っていてくれ。
頼むから。
ほら、体育座りでステイ。
「あ、あぁ」
先頭に出た僕を確認した側近と王様が引き攣った笑顔で別の部屋へと促してくれた。
異世界に来た僕らの物語はまだ始まってすらいない。
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