ニートが精霊王になっちゃったけど働かない

リブラプカ

1。 非日常は突然に

1。 非日常は突然に




「それじゃママはお仕事行ってくるわねー」


「母ちゃん行ってらっしゃい」


 一戸建ての我が家の玄関で母ちゃんである【神保 心】を見送る我……パジャマ姿で。


「もうっ! ママでしょ! しぜんちゃん」


 うっせ。

 何がママだよ。

 もうあんた今年で40だろう。

 ……見た目はスーツを着た中学生、下手したら小学生にしか見えないけども。

 まぁそんなこと言ったら泣くので心の中で思うだけだがな!


「ああそういうのいいから早く会社行きなよ。 遅れるぞ。 あとちゃん付けで呼ぶな」


「ああんもう! しぜんちゃん冷たい!」


「はいはい。 いいからいいから、はよ行け。 あとちゃん付けで呼ぶな」


 我は何時ものようにうるさい母ちゃんを両手でグイグイと押して家から押し出した。


 周囲を歩いている通行人どもに見られているが、そんなこと何時ものことだし気にしない。

 ……いや嘘だ。

 我今嘘つきましたごめんなさい本当は少しだけ恥ずかしいです……パジャマ姿だし。

 心なしか周囲の視線が生暖かい気がする。

 まぁそんな筈はないだろう。


「いい子にしてるのよー」


「はいはいわかってまーす」


 ほんの少しの恥ずかしさを我は完璧に誤魔化しつつ母ちゃんを見送った。


 ガチャン。


「ふぅ……」


 玄関の扉を閉めてから我は汗が浮かんだ額を袖で拭う。

 しかし、よく袖を見たらまったく濡れていない。

 何だ気のせいか。


 今日も朝から一仕事終えたぜ。

 我お疲れ様。

 それにしても毎朝しっかり母ちゃんを見送る我はなんて親孝行な息子なのだろうか。

 もしかしたら我は世界で一番親孝行をしている息子かもしれない。

 このままいったらどうなってしまうのか?

 我のことながら末恐ろしい。


 ピピピッ! ピピピッ!


 我自身のことに恐怖していると、突然我のポケットから音が鳴り響く。


「うおっ!?」


 突然の音にビックリしてしまった。

 ……恥ずかしい。

 っと、そんなことより今の音だ。

 現在ポケットに入っているのは我のスマホ! そして今の音は間違いなく我が8時30分の5分前に仕掛けたアラームだ!

 ということは……。


「まずいっ! こうしちゃおられん!」


 我はすぐさま玄関からリビングまで100m9秒台のダッシュで向かい、テーブルの上のリモコンを手に取ってからテレビの前に敷かれたカーペットの上に正座してテレビの電源を入れた。

 僅か30秒の出来事である。


 そしてテレビの前に正座すること約4分。

 時刻は遂に8時30分となる。


 ゴクリと我は唾を飲み込む。


《キュンキュンキュンキュン! プリキュ〜ト!!》


 そして始まる日朝女児向けアニメ。

 その名も【プリキュ〜ト】。

 女児たちに絶大な人気を誇るアニメで今年でもう放送3年目。

 その人気は止まる所を知らず、女児向けなのに女児ではない大きなお友達にも広がっていた。

 大まかな内容としては物語の主人公であるヒロインたちがプリキュートに変身、ニートの心の闇から生まれる【ブラックシャドウ】と呼ばれるモンスターを退治して、そのニートを更生させるというものだ。


「うおおお! がんばれ、プリキュート!!」


 我は放送開始から毎週キッチリ見続けているので応援にも熱が入る。

 というか先週の予告がとても気になってしかたがなく、今日の放送を待ち望んでいたのだ。

 拳を握りしめ我は精一杯応援した。


「ふぅ……」


 プリキュ〜トの放送が終了して我は余韻に浸っていると自然と涙が零れた。


 いや、今週の放送熱すぎるだろ……。

 なんだよ……昔ニートから更生させた女性がプリキュートのピンチに駆けつけて来て新しいプリキュートになるって。

 思わず静かに涙が出てきたわ。

 あ〜この感動を誰かに伝えたい。

 とりあえず、部屋に行ってパソコンつけるか。


「うぐっ」


 立ち上がろうとして我はその場に転んだ。

 足が痺れたのだ。


「ぐああああああああ」


 我としたことが、いつも同じことを繰り返しているのになんたる不覚!

 ……あれ?

 ちょっと待てよ?


「なんか……良いかも」


 足の痺れる感覚が癖になりつつあった、しぜんである。


 その後、痺れが取れた我は二階にある自室に入るとすぐに10年愛用しているパソコンを起動する。

 5分ほどかけて起動したパソコンで我は大型掲示板に行って先程のプリキュ〜トの内容を夕方まで同志たちと熱く語り合ったのであった。


 これが【神保 しぜん】今年で20歳ニートの残念すぎる日曜日の生活である。


♢♢♢


「お腹空いた」


 大型掲示板で熱く語り合った後、我は5252動画(船橋)でゲーム動画を見て時間を潰していたのだが、お腹が空いてきた。


「母ちゃんまだかなぁ」


 時間を確認すると、いつもなら母ちゃんが帰ってきている時間だった。


 おかしいなぁ。

 今日は母ちゃん帰るの遅いとか言ってなかったよなぁ。

 ……まさか我に内緒で一人だけ美味しいものでも食べてるのか?


「許せん! ……うん?」


 そこでふと窓の外が目に入る。

 我の驚異的な視力が家の近くの川が隣に流れている道に数人の人影を捉えた。

 気になったのでもっとよく見る。


「あれは……母ちゃん?」


 その人影の中に母ちゃんの姿があった。

 そして母ちゃんは見知らぬ男たちに囲まれている。


「ッツ!?」


 それを理解した瞬間、我は全力で部屋を出て階段を下りパジャマ姿のまま家を飛び出した。


 あ、やべー我パジャマじゃん……てか家の鍵も閉めてないし。

 とか家を飛び出してから一瞬考えて足が止まりそうになったが、頭を振ってそれらを気にしないようにした。

 我は必死で走って母ちゃんや男たちの姿が良く見えてくるようになると、母ちゃんが困った顔をしているのが良く分かる。

 頭が熱くなる。

 母ちゃんと男たちに近付いた我は「我の母ちゃんに何してんだ!! このボケナスーー!!」と叫ぼうとした……が。


「ぜぇー……はぁ……はぁ」


 息が切れてそれどころではなかった。

 クソッ!

 我のバカ!

 どうして普段から運動していなかったのだ!?


「あ、しぜんちゃん!」


 そこで母ちゃんが我に気が付いたようだ。

 ふっ安心しろ母ちゃん。

 すぐに助けてやる。


 男たちも我の存在に気が付いたらしく、我の方を向く。


「あ? なんだこのガキ」

「……は?」


 男たちのその言葉に、ただでさえ切れていた我は更に切れた。


「だぁれが見た目は女子中学生だゴラァァ!!!」


 神保 しぜんは母親の心のDNAを色濃く受け継いでおり未だに身長が150cmしかなく小柄で童顔髭も生えない、どこからどう見ても20歳の成人男性には見えないのである。

 それがたった一つのしぜんのコンプレックスであった。


「え? お前そんなこと言ったの?」

「いや言ってねえよ!」

「てかなんか増えてる」


 実はこの男たちはしぜんの母親をその見た目から幼い子供だと思い、こんな時間に出歩いていることが心配で声をかけていたのだ。

 そこに新たな見た目子供なしぜんが顔を真っ赤にして現れた。

 これには男たちも困惑した。


「許さん!」


 こいつらは母ちゃんを困らせるだけでは飽き足らずに我をバカにした。

 万死に値する!

 我が正義の鉄拳を食らわせてやる!


「おりゃああああああ……ぐえぇ!」


 いってぇ……。

 男たちに立ち向かっていった我だが、どうやら躓いて転んでしまったらしい。

 顔面を強打した。

 超いてぇよ。

 我は痛みを我慢しつつなんとか起き上がった。


「……痛えよ」

「だ、大丈夫か?」


 なぜか心配そうな顔で男たちが見てくる。

 なんだこいつら……なんで我を心配してるんだ?

 我は困惑した。


「しぜんちゃん!」


 そこで母ちゃんが男たちを押し退けて走り寄ってきた。

 母ちゃんは泣きそうな顔でハンカチを取り出す。


「しぜんちゃん、無理しちゃだめよ! 血が出てるわ!」


 マジか。

 血出ちゃってるか。

 母ちゃんがハンカチを我の鼻に押し当てた。

 鼻血かよ!

 とりあえず我はハンカチを受け取り自分で鼻に当てる。

 すると、母ちゃんは我に背を向け両手を広げた。


「私に手を出すのは構いません。 でも、しぜんちゃんに手を出すのは許しませんよっ!」

「えぇ……」

「俺たちが悪いのか?」


 母ちゃんが我を庇ってくれている。

 泣きそうになった。

 てか泣いた。

 自分の弱さと情けなさに。


 どうして我には力がないんだ?

『お主がただの人間だから』


 どうしてピンチに覚醒とかしないんだ?

『お主がただの人間だから』


 どうして……ってちょっと待て!?

 誰ださっきから我の自問に答えてる奴は!?

 てかなんで頭の中に直接声が聞こえるんだよ!?


『お主、反応が遅いなぁ』


 いやいやいや。

 だから誰だよお前。


『え? 精霊王、的な?』


 精霊王?

 え?

 精霊王的な?

 いや、そこは精霊王じゃねえのかよ!?

 的なってなんだよ!?

 ……てか精霊王ってなんだよ!?

 精霊ってなんだよぉぉぉぉ!!


『ま、それは置いといて』


 置いといちゃうのそれ!?


『わしの願いを聞けばお主を助けてやってもいいぞ?』


 え、マジ?


『マジマジ大マジ。 どうする?』


 え、でもなんかアンタめっちゃ怪しいし。

 頭の中に声が聞こえるっておかしいし。

 こんなの非科学的だし。


『お主の母親を助けたくないのか?』


 我は母ちゃんの小さな背中を見る。

 こんな小さな身体を我を守ろうとしてくれている。

 ……助けたい。


 わかった。

 アンタの願いを聞くよ。


『いいのか?』


 ああ。

 例えアンタが精霊王だろうと悪魔だろうと我のただの妄想だとしても、今この時母ちゃんを助けられる可能性があるなら何だってする!


『よく言った! では、わしの言葉に続け』


 おう!


『我、風を愛し風に愛される者』


「我、風を愛し風に愛される者」


『新たな精霊王として名を挙げる!』


「新たな精霊王として名を挙げる!」


 ……え?


『神保 しぜんを新たな風の精霊王として認める!! ここに契約はなった。 さらばだ、幼き新たな精霊王よ!』


 その瞬間、強烈な風が吹き荒れて母ちゃんの前に居た男たちは吹き飛んで川に落ちていった。

 しかし、そんな強風の中でも我と母ちゃんだけは影響を受けない。


「なに……これ」


 そして風が止む。

 そこで我の意識が薄れていく。

 薄れゆく意識の中で我は思った。













 アイツ本物の精霊王かよっ!?

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