108.御前の戦い その4 神託の行方(3)
教皇はゆっくりと、苦々しい表情で語る。
「11年前。我が孫でもあるブラルド・テオデウス・レオノル殿下が死亡したことは、皆様ご存じのことと思います」
教皇の言葉に、フロール王女が初めて表情を変える。これから教皇が何を言い出すのか、悟ったかのような顔だ。
だが、フロール王女は口を挟めない。何しろ、神の言葉を教皇が国王陛下に告げているのだ。如何に王女といえど、口を出せるわけがない。
「私は毎日神に祈りました。一体、何故我が孫が死んだのかと」
フロール王女が動揺しだし、テミアール王妃が目を細める。
「その時、私に神託が下りました。我が孫ブダルド殿下の死の真相を告げる神託が」
そこまで教皇が語ったとき、フロール王女が鋭く遮る。
「お待ちください、教皇猊下。ブラルド王子は病死と公式に発表されているはずですわ」
それに、アル殿下が反論する。
「これは異な事を。私は詳細を知らぬが、聞くところによれば不審な点はあれど病死の可能性を否定できないというだけだったと記憶しているが?」
「それでも、国王陛下から正式に下った沙汰です」
「だが、国王陛下とて神ならぬ身。神の言葉があるというならば、それが1番真相に近かろう。
なにより、先ほど姉上もお認めになったではないか。神託は絶対だと」
フロール王女は何かを言おうとし、しかし反論できずに押し黙る。
本来なら、フロール王女には様々な反論が可能だったはずだ。
王家の問題に教会が口を挟むな。
神託は本当に証拠になるのか?
教皇は正しく神託を伝えているのか?
だが、そういった反論は、すでにフロール王女自身が封印してしまった。
他でもない、僕についての神託を使って、アル殿下を告発するために。
あれだけ、神託神託と国王陛下の御前で騒いでおきながら、いまさら神託など信頼できないと反論するわけにはいかないだろう。
アル殿下とフロール王女の争いに結論をつけたのは国王陛下だった。
「アルの言い分がもっともだな。そもそも、我が子、我が孫の死の真相が他にあるというならば、余も知りたいところ。教皇猊下、続きを頼む」
その国王の沙汰がその場の
そして、教皇が口にする。11年前に下ったという神託について
「はい。神は仰りました。我が孫ブラルド殿下、さらにはシャルノール・カルタ・レオノル妃と、その皇子であらせられるキダル・カルタ・レオノル殿下、ミリル・カルタ・レオノル殿下、さらにキダル殿下の幼き皇子を殺したのは――」
そこで、教皇は言葉を区切る。
「――他ならぬ、テキルース・ミルキアス・レオノル殿下と、フロール・ミルキアス・レオノル殿下だと」
さあ、大変なことになった。
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謁見の間はにわかに騒がしくなった。
国王の御前だというのに、貴族達は困惑して口々に騒ぎ立てる。
フロール王女は「でたらめです。なんの証拠があってそのようなことを」とかなんとか言っている。
テキルース王子の顔は真っ青だ。
一方、アル殿下は自信満々の表情でその場にたたずむ。キラーリアさんは混乱するなか、油断なく辺りを見張っている。レイクさんと教皇はふうっと大きく息を吐いた後、押し黙っていた。
何が起こるか分からない状態の謁見の間。僕にできるのはリラのそばにいることくらいだ。
混乱する室内を治めたのは、国王陛下の一言だった。
「皆の者、静まれ」
重々しい国王陛下の言葉に、さすがに貴族達も押し黙る。だが、未だそわそわした雰囲気は変わらない。
「教皇猊下、これは大変なことだ。あなたは我が娘と息子を、兄弟殺しとして告発されるのか?」
「私はただ神託を告げただけでございます。ご沙汰を下されるのは国王陛下のお役目かと」
それにしても、だ。
11年前の神託。
ハッキリ言って、僕も初耳だ。
そもそもおかしいじゃないか。
11年前にそんな神託があったなら、なぜ教皇はそれをその場で訴え出なかった?
その疑問にたどり着けたのは、僕だけではなかったようだ。
時間が経ち落ち着いたのか、フロール王女が語り出す。
「教皇猊下。大変面白いお話ではあります。が、同時に極めて不愉快かつ、無責任な話でもあるかと思いますわ。
仮にその神託が事実だとして、なぜ貴方はこれまで黙っておられたのですか?」
そう、その通りだ。
このタイミングで、いきなり11年前に神託が下っていたといわれても、『いやいや、今、都合良く創作しただろ』と思われてもしかたがない。
っていうか、わりとガチでその通りなんじゃないのか?
アル殿下――というか、このやり方はレイクさんか――レイクさんと教皇による出来レース的なお芝居に見えてきた。
「理由はいくつかございます。
まず、神託が下された時点で国王陛下より病死として正式な沙汰が出ておりました。如何に神の言葉といえど、国王陛下のお立場を考えればおいそれと口にはできませんでした」
それはちょっと無理がないかなぁ。
「そして、もう一つ。
当時、王家に残された皇子はテキルース殿下とフロール殿下、それにホーレリオ殿下のみでした。もしも、訴え出れば、おそらくホーレリオ王子が王位を継承することになったでしょう」
うん、まあそうなるかな。
「されど、ホーレリオ殿下は常日頃から仰られていました。自分は王位を継ぎたくないと。
そのような方に混乱する王家の舵取りをさせるのは難しいと判断しました。
むろん、これはあくまでも教会内部でそういうお話が出たということに過ぎませんが」
なにげに、ホーレリオ王子にひどいことを言っている気がするが、まあ、わからないでもない。
あの王子様、政治にはひたすら疎そうだったし。
「そして何よりも、私自身にわかには信じられませんでした。まさか、王子殿下同士で殺害など、ありえないだろうと。
神託は真実を告げるとはいえ、何かの間違いではないかと自問自答する日々でございました。されど……」
そこで教皇はいったん間を置いた。
「今日、確信いたしました。テキルース殿下とフロール殿下は神託にかこつけて
しかも、ベゼロニア領の前領主にアル殿下の抹殺を命じたという疑惑もあり、なによりも、我が娘テミアールに刃を向ける。
あの神託はやはり事実だったのだろうと確信するには十分でございます」
そこまで語り終え、教皇は一礼した。
「ふむ、テキルース、フロール、何か反論はあるか?」
テキルース王子は目をつぶり、何か言い出しそうになる。
だが、フロール王女がそれを押しとどめた。
「兄上はお黙りください。父上、反論ならばもちろんございます。
これは壮大なる茶番劇。教会とアルとが手を結び兄上と私を貶め、11年前の国王陛下のお沙汰すらないがしろにしているだけにございます」
フロール王女に、先ほどまでの動揺はすでにない。
実に堂々とそう反論して見せたのだった。
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