107.御前の戦い その3 神託の行方(2)

 国王陛下としても、教皇は邪険にはできない存在らしい。

 立ち上がりこそしなかったものの、頭を下げ挨拶をする。


「これは教皇猊下、お久しぶりです」

「しばらく顔を出せずに失礼いたしておりました。ところで……」


 教皇は目を細め、未だ兵士に捕らわれているテミアール王妃に目を向ける。


「国王陛下、私の娘が兵に捕らわれているようにしか見えないのですが、一体いかなることですかな?」


 テミアール王妃は教皇の実子だからね。そりゃあ、目の前で自分の娘が捕らわれていればそう尋ねもするよね。

 国王陛下はテキルース王子に目を向ける。


「ふむ、此度のことはテキルースとフロールがおこなったこと。余も少し困惑していてな」


 そのテキルース王子は目をキョロキョロさせてわかりやすく動揺している。一方、フロール王女はさすがの貫禄で、動揺は表に出していない。あるいは、本当に動揺していないのか。


「フロールによれば、アルとテミアールが共謀して世界を滅ぼそうとしているというのだ」

「ははは、それは面白い」


 いや、面白くないですよ、教皇さん。


「しかし、世界を滅ぼすとは。一体どうすれば世界を滅ぼすことができるというのか。大変遺憾ながら、我が教会にも王国にも、世界を滅ぼすような力はありますまい。故に、そのような疑惑、ありえないことと愚考します」

「教皇猊下のご意見はごもっともなのだが、フロール曰く世界を滅ぼす神託がなされたという。そして、そのかなめといえるのが、そこにいる少年とか。教皇猊下、それはまことのことか?」


 国王陛下の質問に、教皇は『なるほど』と頷く。


「あの神託ですか。あれについては、私とアル殿下とですでに話し合っていますよ」

「ほう?」

「神託によれば、『放置すれば世界が揺らぎ、やがて滅びる』とのこと。ゆえに、彼を放置せず、アル殿下とレイク殿に預けたのです」

「つまり、アルは世界を滅ぼすのではなく、神託が実現しないように動いたと?」

「然り。もしも、テミアールがそれに協力したというならば、テミアールの思いも同じかとおもいます」


 めまぐるしく変わっていく事態。

 ほんの数分前までアル殿下と僕がピンチに思えたが、教皇が現れたことで形勢逆転だ。


 いや、違う。

 教皇の登場はあまりにも狙ったタイミングだ。

 あきらかにアル殿下と――あるいはレイクさんと打ち合わせ済だったということ。


 僕がお皿洗いとかをしている間に、アル様はしっかり教会と話をつけていたのだろう。

 ベストタイミングだったのは、あるいは通信の魔石を使っていたのかもしれない。声に出さなくてもテレパシーみたいに話せるらしいし。


「お待ちください、教皇猊下。それでは私の弟があまりにも救われませぬ」


 勢い込み――あるいは泣き叫ぶように言い出したのは枢機卿アルテ。

 だが、教皇は彼を見ることもなく言う。


「アルテ、貴方の弟とは一体誰のことですか?」


 それはひどいんじゃ。いや、異端審問官は僕やリラを殺そうとしたわけで、同情する気にはなれないけど、それにしても、存在否定はちょっと。


 アルテもさすがにワナワナと震える。


「……なっ、そんな……」

「アルテ、貴方の弟についてはすでに調べてあります。その結果、教会内で存在してはならない集団を未だ捨てていなかったことも判明しています」


 存在してはならない集団――異端審問官という存在そのものか。


 弟の存在そのものを否定され、アルテも我慢ならなかったのだろう。叫び、抗議する。


「教皇猊下は誰の味方なのですか!?」

「私は教会とその教えのために動いています。そして、教会の教えには幼子を殺すなどというものも、異端審問官などという存在もないのですよ」

「しかしっ!」

「アルテ、ここは国王陛下の御前です。教会内部の問題は後ほど教会にてかたをつけましょう。

 そもそも、総本山に申告することなく枢機卿の立場で国王陛下の御前に立つこと自体、教会の規範違反に等しいと知りなさい」

「くっ」


 アルテは押し黙った。


「国王陛下。失礼いたしました。アルテのことは教会に預けてはいただけないでしょうか? その上で申し上げますが、テミアールの解放を要求します」


 国王陛下は『うむ』と頷く。


「テキルース、フロール、聞いての通りだ。もはや、テミアールを拘束する理由はなかろうと思うが、如何に?」


 フロール王女が顔を歪ませ包む頷く。


「……やむをえませんね」

「また、そなたがアルにかけた疑惑も誤解であったということになる。そうなれば、此度のことは一件落着と思うが如何に?」


 国王陛下の言葉に、テキルース王子が目を白黒させる。

 一方、フロール王女は苦虫をかみつぶしたような顔で言った。


「ひとまずは、そう認めるしかありませんか」

「ふむ、それでは一同解散としたいが、異議のあるものはいるか?」


 異議無しという声が上がる中、ただ1人異議を唱えた者がいた。


「ちょっと待ってほしい、父上。私が教皇を呼んだ用件がすんでおらん」


 異議を唱えたのは、アル殿下だった。


「ふむ、そなたが教皇猊下を呼んだのは神託についてではなかったということか?」

「いや、神託についてには違いない。だが、パドについてではない」

「どういうことか?」

「もう一つ、別の神託があるのだよ。そうだな、教皇?」


 アル殿下が教皇に視点をやった。

 教皇は少し考えるそぶりを見せ、そしておもむろに頷いた。


「はい、私がずっと胸の内に秘めていた神託がございます。今日は皆様にそれをお聞かせしたい」


 そして、教皇は特大級の爆弾を投げ込むような話を始めたのだった。

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