第三章 王位継承戦

104.詩(うた)詠みの王子

 王宮は外から見ても立派だったが、中もとてつもなく立派だった。


 壁も扉も階段も、絢爛な飾り付け。

 昼間だというのに廊下には明かりがともる。

 床には、本当に僕なんかが踏んでもいいのかと思うほど高級そうな絨毯が敷かれている。


 そんな王宮の廊下を、兵隊に囲まれるようにして歩いているのだけど、ハッキリ言って、僕やリラは場違い感が半端ではない。


 なんとなく、ビクビクと辺りを見回してしまう僕とリラに、アル様――いや、ここからはアル殿下と表現すべきだろう――アル殿下が言う。


「パド、リラ、もっと堂々としていろ。いざとなれば、こんな兵士どもどうにでもなるだろう」


 別に僕らは兵士にびびっていたわけじゃない。

 アル様もそんなことは百も承知で言っているのだろうけどね。

 王宮の兵士にいきなり喧嘩を売らなくてもよさそうなもんだと思うよ。


 ――しばし、王宮の中を歩く。


 やがて、一つの部屋に案内される。


「こちらでしばしお待ちくださいませ」


 一礼し、兵士達が部屋から出て行く。

 アル殿下はそれを確認すると、部屋の中央のソファーにドカッと腰を下ろした。


「これからどうなるんでしょうか」


 なんとなく、僕はそんなことを聞く。


「さあな。召喚令状が国王の名前であった以上、王と会うことにはなるだろうが、テキルース達がどう出てくるかはわからん。

 ま、いずれにせよ、お前とリラは黙って私についてくればいい。勝負は王の前に行ってからだ」


 アル殿下は意外なほど落ち着いている。

 セバンティスさん辺りから見ると、アル殿下に勝ち目はないということだったけど、そうでもないんだろうか。

 いずれにせよ、ここはいわば敵地のまっただ中。緊張感は持っておかないと。


 などと思ったのだが。


「パド、お前が緊張してもしかたがないだろう」

「そうですけど、でもやっぱり……」

「確かにこれから王位継承戦の本番だ。だが、言い方を変えればそれだけでしかない」


 いや、さすがに『それだけでしかない』というのはどうかと。


「わからんか、仮にこの戦いに負けたとしても、私が王位を継げなくなるというだけなんだよ」

「それがエライことなんじゃ」

「心配するな。そうなってもお前とリラは逃がしてやる。極論、この王宮の人間を皆殺しにすればいいだけだ」


 おいおい。

 いくらなんでも過激すぎることをいうアル殿下に、僕ら全員の顔が引きつる。

 僕らの気持ちを代表してレイクさんが言う。


「アル殿下、さすがにそれは極論が過ぎるでしょう」

「そうか? 王位を継げないなら、私は気楽な盗賊稼業に戻って残りの人生3年弱、せいぜい楽しむだけだ」


 いやいやいや。

 ここまできていきなり何を言うの!?

 レイクさんが顔をゆがめて言う。


「アル殿下、お戯れを仰るものではありません」

「ま、確かに今のは戯れだがな。極論すればそういう道もあると言うことだ。この王位継承戦は大勝負だが、負けたらそれで終わりではないのだよ。そう思えば、少しは気楽になるだろう?」


 なんとも言えない僕ら。

 僕やリラの緊張感を解くために言ってくれているのだとは思うけど、それにしても、ねえ?


「ま、そもそも負けるつもりもないがな」

「でも、王宮にはほとんど味方はいないんですよね?」

「今はな。だが、貴族連中などほとんどは日和見だ。今はテキルースが有利だと思われているからそっちについているだけだ」


 アル殿下のその自信は一体どこから来るのだろう。

 あるいは単なるハッタリか開き直りなのだろうか。


 ――と。

 キラーリアさんが言う。


「アル殿下、誰かやってきます」

「ほう、迎えが来たのかな?」


 しばしして、扉が叩かれる。


「アル、ホーレリオだ」


 その声に、僕はゴクリとつばを飲み込む。

 ホーレリオ王子。諸侯連立派の王子だ。


 アル殿下は目を細める。


「ほう、これは意外なヤツが来たな。いいぞ、入ってくれ」


 部屋に入ってきたのは、30歳前後のやや小太りな男。

 確かに服装は立派だし、それだけを見れば王子様といえる。

 だが、ぱっと見の印象は凡庸だ。服装さえ一般人と同じ物に変えればどこにでもいる農夫か商人にしかみえない。それこそ、ラクルス村の農家のおじさんだと言われれば、信じてしまうだろう。

 アル殿下やキラーリアさんのようなカリスマ性は全く見当たらない。これならブッターヤ領主の方がまだしも険があった。


 ホーレリオ王子はアル殿下の向かいに座る。


「久しぶりだな、アル。息災そうで何よりだ」

「ああ、兄上も元気そうだな」

「ふむ、このところは良いうたが浮かぶ」


 え、うた? どういうこと?

 政敵のはずの諸侯連立派王子が、いきなりなんでそんな話題?


 困惑する僕をよそに、アル殿下はくすりと笑う。


「あいかわらずだな、兄上は」

「あいかわらずだよ、私も、王宮ここもな」


 ホーレリオ王子はため息交じりにそう言う。


「それで、一体何をしに来た?」


 アル殿下の質問に、ホーレリオ王子は言った。


「質問と忠告に」

「ほう。では質問から聞こうか」


 アル殿下の言葉に、ホーレリオ王子は頷いた。


「では単刀直入に。何故戻ってきた、アル?」

「むろん、決着をつけに」


 アル殿下の答えに、ホーレリオ王子は両目をつぶり、そして右手で頭を抱える。


「正気なのか、お前は」

「むろん」

「ならば忠告の方だ。今すぐ王都から去れ。殺されるぞ」


 ホーレリオ王子は身を乗り出して言う。


「忠告はありがたいが、生憎と国王陛下から召喚令状をもらっていてな」

「そんなもの、本当の差出人が誰かくらいわかっているだろうっ!」


 本当の差出人。アル殿下の先の推察だと、テキルース王子か、フロール王女か。


「だとして、無視もできんだろう?」

「アル、私は……」


 そこで、ホーレリオ王子は言葉を区切る。


「……私は、もうこれ以上兄弟姉妹での殺し合いなど見たくないのだ」


 どうやら、これがホーレリオ王子の本心らしい。


「何故、お前もテキルースにいも王位などを巡って争う!?

 キダルにいやミリルねえ、ブラルドにいを殺してまでっ!!」


 ホーレリオ王子は苦々しげに言いつのる。

 確か、今の3人は11年前になくなった王子・王女達の名前だったはずだ。


「まして、キダルにいの幼い子どもまで殺して、私には正気の沙汰とは思えん」


 それは初耳だな。確かに殺した王子に子どもがいるなら、その子ども達も始末するかもしれない。非常に嫌な話ではあるが。


「そうは言われてもな。その件は病死として片付いたはずだし、何より、私が王女として迎えられる前の話だろう」

「確かにその通りだ。だが、これからお前達は殺し合いを演じるつもりだろう?」

「兄上、私は何もテキルース兄上やフロール姉上を殺そうなどと思ってはいないぞ」


 だが、ホーレリオ王子は納得しない。


「お前にそのつもりがなくても、向こうにはあると言っている」

「だろうな。実際、どっかのデブ領主を操って私を暗殺しようと企んだようだし」

「デブ領主……? いや、ともかく、それが分かっているならば、何故!?

 王位などテキルースにくれてやればいい。呪いの件は改めて私がなんとかする」


 どうやら、ホーレリオ王子は本心から王位継承戦を――というよりも、自分の兄弟姉妹の殺し合いを苦々しく思っているらしい。

 彼の言葉に偽りはなさそうだと僕には思える。


 ――だが。


「なんとかする、か」


 アル殿下は『フッ』っと皮肉げに笑った。


「いったい、どう『なんとかする』と兄上は言うのだ?」

「それは……テキルースが王位を継承した後で、私が頼み込んで……」

「ヤツが頷くとでも?」


 ホーレリオ王子は言葉に詰まる。


「兄上、私も別に女王になりたいなどと思ってはいない。むしろそんな面倒な地位につくよりも、気楽な旅でもしていたい。兄上が気楽にうたを詠んでくらしたいようにな。

 だが……」


 そこで、アル殿下は言葉を句切った。


「……世の中には逃げてはならぬ時、戦わねばならぬ時もあるのだよ。

 呪いのことだけじゃない。諸侯連立は今、人族の歴史始まって以来の大罪を犯そうとしている」

「大罪? なんのことだ?」

「王子という立場にありながら、それを知ることも、知ろうとすることもなく暮らしている兄上にはわからないことだ」


 ホーレリオ王子は今度こそ何も言えなくなる。


「わかったら、兄上は去れ。閉じこもって変わらずうたでも詠んでいろ」


 アル殿下の啖呵に、ホーレリオ王子はひるみ、うつむく。


「そうか。やはり私では止められないのだな。残念だ。

 一つだけ確認させてくれ。お前は本当にテキルースにいやフロールねえを殺すつもりはないのだな」

「ああ」

「そうか」


 ホーレリオ王子は立ち上がる。


「少なくともそれは救いなのかもしれないな」


 ホーレリオ王子はそう言い残すと、部屋から立ち去ったのだった。

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