105.御前の戦い その1 フロールの一手

 あれよあれよという間に、話はどんどん進んでいく。

 内務大臣とかいう人が来て、僕らはついに国王陛下と会うため、謁見の間へと向かうことになった。


 正直緊張する。

 何しろ国王陛下だ。王様だ。この国のトップだ。

 村の少年その1の僕が会うことなんて、一生ないだろうと思っていた相手だ。


 謁見の間には貴族っぽい人たちが30人以上もいた。

 彼らは謁見の間を進む僕らを――アル殿下を遠巻きに見ながら様子をうかがっている。


 国王陛下や王子様達はまだいない。


「これより、テノール・テオデウス・レオノル国王陛下、ならびにテキルース・ミルキアス・レオノル王子殿下、フロール・ミルキアス・レオノル王女殿下がおなりになる」


 内務大臣がそう宣言し、周囲の貴族達――レイクさんとキラーリアさんも含めて――が片膝をついて頭を下げる。

 僕とリラもそれにならう。一応、最低限の王様への礼儀みたいなのは習ってきたんだけどね。所詮付け焼き刃、いざとなると慌てちゃうよね。


 唯一、アル殿下だけが胸を張って立ったままだ。いいのかな?


 部屋の奥から3人の人間が入ってくる。

 言わずと知れた国王テノールとテキルース王子、フロール王女だ。


 国王陛下はゆっくりと自席に座ると言った。


「皆の者、おもてを上げよ」


 貴族達が顔を上げる。

 僕らもそれにならった。


 改めて、国王陛下と王子様達を観察する。


 国王陛下はかなりの老体。杖を片手に、歩くのがやっとといったところ。髪の毛は多分鬘だろう。

 テノール王子は筋肉質。腰に剣を下げている。

 そして、フロール王女は蛇のような女という印象。するどくアル様や僕らをにらみつける。


 国王陛下が口を開いた。


「久しいな、アル」

「ああ、オヤジ殿も元気そうだな」


 アル殿下の不躾な国王陛下への言葉に、その場にいた者達の顔が引きつる。ちなみに1番引きつっていたのはレイクさんだったりするが。


「無礼なっ! 如何に父上とはいえ、国王陛下に対してそのような口の利き方、分をわきまえろ」


 テキルース王子がアル殿下に言う。正直、これは正論だと僕も思う。


「ふん。すまんな、私は礼儀など習っていないからな」

「なにを」


 テキルース王子も大概熱くなりやすいらしい。

 そんな2人の言い争いを、フロール王女が止める。


「兄上、おやめください。兄上は野蛮人と同じ場所で喧嘩などされるべき立場ではございません」

「むっ」


 テキルース王子は押し黙り、アル殿下はニヤニヤ笑う。

 その2人を――あるいは、国王陛下をも無視して、フロール王女はその場の皆に話しかける。


「皆様、本日はお集まりいただきましてありがとうございます」


 まるで、自分がこの場を仕切るかのごとき、フロール王女。

 実際そのつもりなのだろう。

 今の短いやりとりで、僕にもなんとなく分かる。

 この場における本当の敵の本丸は、フロール王女だ。


「早速ではございますが、今回皆様にお集まりいただきましたのは、大罪人を裁くためでございます」


『大罪人』という言葉に、貴族達がざわめく。


 国王陛下が顔をゆがめて尋ねる。


「フロール、一体何の話だ?」

「言葉通りの意味ですわ、父上。私とテキルース兄上は今日ここに世界を滅ぼそうとする大罪人を告発いたします」


 フロール王女は、そう言ってニヤリと笑みを浮かべた。


「そう、そこに不適に立つ女アルこそが、世界を滅ぼす元凶でございます」


 おいおい、いきなり凄いこと言い出したぞ、この王女。

 アル殿下が世界を滅ぼす元凶? なんのことだ?


 アル殿下は当然反論する。


「ふっ、何を言い出すかと思えば。姉上も大概妄想がお好きだな。世界を滅ぼす? 一体何の話だか」


 だが、フロール王女は続けて言う。


「神託」


 ――何?


「あなたは世界を滅ぼす神託を実行しようとしている。その証拠もあります」


 ――まさか。


 周囲の貴族達は戸惑いの表情。ざわめきが起きないのは国王陛下の御前だからか。

 今日が、王位継承戦の1番佳境になるだろうとは予想していても、まさか世界を滅ぼすとか神託とか、想像の範疇外の言葉が出てきたためだろう。


 国王陛下も戸惑いの表情で尋ねる。


「フロール、余にはいまいち話が見えぬ。一体何のことなのだ?」


 国王陛下の問いに、フロール王女はもありなんと頷く。


「父上、ご説明いたしますわ。はじまりはそう。今から半年以上前のこと。教会総本山にある神託が下りました」


 そして、語られる神託。


 =====================

 エーペロス大陸の南西、ゲノコーラ地方、ペドラー山脈にあるラクルス村。

 その地に神の手違いにより転生しせりパド少年。

 その者、200倍の力と魔力を持ち、闇との契約に至れり。

 放置すれば世界が揺らぎ、やがて滅びるであろう。

 =====================


「教会は神の名の下に、その少年を排除しようとしました。しかし――」


 フロール王女はそこで言葉を止める。


「――恐ろしいことに、神に仕える教父様方を、そこのアルとキラーリアが斬り捨てたのです」


 ……まあ、嘘ではない。

 異端審問官の話だ。


「さらに、アルは神託の子どもを保護し、今も連れ歩いております。そう、そこにいる少年、彼こそが神託により世界に滅びをもたらすと預言された子どもです」


 フロール王女は僕を指さした。

 驚愕の表情と共に、貴族達が僕に注目する。


 ――おいおい、これ、一体どういう展開だよ!?

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