102.お着替えをしよう

 アル様やレイクさん、キラーリアさんと共に、僕とリラが王宮に行くことになった。

 ピッケやルアレさんは一緒に行かないらしい。どうしてなのか聞いたが、呼ばれたのは僕とアル様だけだからとのこと。それならリラも行かないでいいような気がするんだけどね。


 ハッキリ言って何が起きるか分からない。最悪、他の王子様の勢力と戦うなんてことになるかもしれない。

 リラの手前言わなかったが、内心はビクビクである。


 出発に先だち、僕は着替え中。

 それまで僕が身につけていたのは粗末な平民用の服。

 王宮を訪問するには無作法すぎると、レイクさんが代わりの服を用意してくれたのだ。


 いくら罠の可能性があると言っても、現状ではあくまでも可能性に過ぎない。最低限の礼儀は整えておく必要がある。


 といっても、僕は貴族ではない。

 貴族でない者が貴族と同じような服装で王宮を訪ねたら、それこそ身分詐称になってしまう。

 だが、田舎村の子どもが王様と面会することなど滅多にない。故に、田舎村の子どもが王宮を訪ねるときにふさわしい服装というのも前例がほとんどない。

 セバンティスさんも迷ったようだが、平民で王宮を訪ねるならば、大商人の子どもに準じた服装にしておこうとなったらしい。


 具体的には上質かつ清潔感ある布で作られた、緑色の長袖長ズボン。それにスカーフとベレー帽みたいな帽子。

 僕はセバンティスさんに手伝ってもらって、別室にて着替えることになった。ほら、僕って左手がないからボタンとかはめられそうもないしね。


 アル様もさすがに普段の露出度では王宮には行けない。

 別の部屋で着替え中のはずだ。もちろん、リラもだ。


 セバンティスさんに手伝ってもらいながら服を着る。

 本当は1人で着替えられればいいのだけど、やっぱり片手だと難しい。

 うん、肌触りがいい布だ。ラクルス村のゴワゴワした服とは比べものにならない。

 前世の病院で着ていた服よりもさらにツルツルかもしれない。


 たぶん、ラクルス村全体の現金収入1ヶ月分よりもお値段高いんじゃないかな、この服。

 王宮に呼ばれたとはいえ、無償で用意してもらってなんだか申し訳ない気分になってくる。


 ……あれ、でも。

 僕はふと思い立つ。

 今回、僕が王宮に呼ばれたのは想定外だったはず。

 なんでちょうどいい大きさの服が用意できたんだろう?


「手紙が来たばかりで、服を用意できるってすごいですね」

「事前にレイク様から用意しておくように命じられていましたので」


 説明から考えるに、今回のような形かどうかはともかく、レイクさんは僕が王宮に行くことになるかもしれないと考えていたようだ。

 ともあれ、着替えが終わる。


「ありがとうございます。ピッタリです」


 僕はセバンティスさんに頭を下げた。


「お礼ならばレイク様にお願いします」

「はい。あとでお礼を言います」


 僕が頷くと、セバンティスさんは改めて僕を見下ろす。

 そして、少し躊躇するようなそぶりを見せた後、尋ねてきた。


「パドくん、貴方は一体どこまで状況を理解しているのですか?」

「どこまでって……えっと、アル様と他の王子様が王位継承権を争っていて、アル様は王子様と喧嘩しにいく……みたいな……」


 うん、我ながらかなりざっくりした言い方だ。

 そもそも全てを理解しているのかっていわれたら微妙だし、情報を整理して言葉にするのはあまり得意じゃない。


 僕の言葉を聞き、セバンティスさんは小さく息をつく。


「確かに間違ってはいません。が、もっと根本的な問題を自覚していないように感じます」

「根本的な問題、ですか」

「いいですか、パドくん。場合によってはアル殿下やレイク様は王家――つまり国そのものを敵に回しかねない状況なんですよ」

「それは、まあ、そうかもしれませんけど」


 確かに、そういうことになる可能性もあるだろう。

 でも、アル様も王女なわけだし、そうなると決まったわけじゃないとも思う。


 だけどそんな僕は、セバンティスさんから見るとのんなお子様に見えるようだ。


「正直に申し上げれば、私はレイク様がアル殿下の陣営につくと決めたとき、かなり反対しました。ガラジアル公爵の遺言とはいえ、ブルテ家を滅ぼす決断に思えたからです」


 セバンティスさんの常識からすれば、アル様に味方するのは自殺行為にすら見えるらしい。


「もちろん、私はブルテ家に仕える者。最終的には当主であるレイク様の決定には従います。が、正直に申し上げればこの政争、アル殿下の勝ち目はかなり薄い」


 それは最初からなんとなくは感じていたけど。

 でも、何故今、そんな話を僕にする?

 セバンティスさんは何が言いたい?


「あなたには分からないかもしれませんが、この政争に負けるということは、負けた陣営に関与した者もただではすみません。いえ、ハッキリ言えば命が危ない。

 パドくんやリラさんがどういう意図でアル様にくみしたのかは知りませんが、そのことをちゃんと理解して、それでも本当にアル様の味方として王宮に向うべきか考えてほしいのです。逃げるなら今しかありません」


 ――なんだ?


 ――セバンティスさんはどういう意図でこんなことを言っている?

 ――僕の覚悟を確認するようアル様に命じられた?

 ――それとも、実はセバンティスさんは王子様側で、何かの罠?


 一瞬色々な疑いが頭に浮かぶ。


 だけど。

 セバンティスさんの顔には、むしろ僕を心配するような、あるいは哀れむような表情が浮かんでいる。

 もしかして、純粋に僕のことを心配してくれているのかな?


 いずれにしても。

 僕には今更アル様を裏切る道はありえない。


 神託のこともあるし、教会にいるお母さんのこともある。

 お母さんを助けるために王家の解呪法も必要だ。もちろん、その魔法でお母さんが元に戻るという保証はないけれども、それでも今のところ他に僕ができることはない。


 でも、今となってはそれだけじゃない。

 バラヌやリラのことだってある。エルフや獣人とのハーフであるあの2人の将来を考えれば、アル様が龍族のおさに語った将来を見てみたいと思う。

 少なくとも銃をつくって亜人種と戦争をしようとしている、諸侯連立派の王子に政権を取ってほしいとは思えない。


 なによりも。

 ここまで来て下りるなんて考えられない。

 僕はもう決意したのだから。


 だから、僕の答えは決まっていた。


「心配してくれてありがとうございます。でも、僕はアル様の味方をするって決めましたから。他に僕ら家族が生き残る道はないんです」

「……そうですか」


 僕の言葉に、セバンティスさんは少し考えるような表情を浮かべる。

 だが、それも一瞬のこと。


「パドくんは見た目よりもずっとしっかりした子なんですね。そこまで覚悟しているならば私はこれ以上言いますまい。今の話は忘れてください。

 レイク様のこと、よろしくお願いします」


 セバンティスさんはすっと一礼した。


「それより、セバンティスさんは気にならないんですか?」

「何がでしょうか?」

「僕……というか、僕やリラやピッケが何者なのかとか」


 レイクさんもアル様も、何故かセバンティスさんに詳しい説明をしようとしない。いや、僕の知らないところで話しているのかもしれないけど、少なくとも僕のチートや例の神託については説明していないはずだ。


「私は執事です。あるじであるレイク様が私に話すべきでないと判断した事柄を詮索したりはいたしません」


 そういうものなのかな。


「本来なら、先ほど貴方に申し上げたことも執事としては出過ぎた言葉です」

「じゃあ、なんであんなことを?」

「私は執事であると同時に、1人の大人です。死地に向かおうとする子どもは、やはり止めたいと、そう感じましたゆえ」


 死地。

 そうなのかな。

 僕やリラはやっぱり無茶なことをしようとしているのだろうか。


 急激に不安になる僕。

 そんな様子を見て、セバンティスさんはにっこりと笑った。


「もっとも、死地だと感じているのは私だけで、あるいはアル殿下やレイク様には別のものが見えているのかもしれません。私には分からないことです」


 う、うーん。


「ただ、もしも……そうですね。もしも我があるじが無理に――あるいはだまして無関係な子どもを巻き込もうとしているならば、それは配下の者として止めるべきかとも思います。

 が……」


 そこで、セバンティスさんは言葉を句切った。


「今の貴方の返答を聞いて、わかりました。あなたは貴方自身の意思でここにいる。そうですね?」

「はい」


 頷いた後、僕は付け加えるべきことに気がつく。


「この先、僕がどうなろうと、それは僕の責任です。レイクさんやアル様のせいじゃないと思っています」


 僕の答えに、セバンティスさんは満足げに頷いた。


「ならば、私にこれ以上申し上げることはありません。ここで貴方と、我があるじのご武運をお祈りしておきましょう」


 それで、僕とセバンティスさんの会話は終わったのだった。

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