97.パドとリラ
僕らに宛がわれた部屋は、使用人宿泊館2階の使われていない一室だった。
先代のブルテ侯爵の時代にはもっとたくさんの使用人がいたらしいが、レイクさんの代になって1/3以下に減らしたらしい。それでも屋敷全体で20人くらいは使用人がいるらしいが。
そんなわけで、使用人宿泊館には空き室がけっこうあるとのこと。
『僕ら』というのは、僕とリラ。
レイクさんはもちろん私室、寝室、書斎と専用の部屋を本館に持っている。
アル様は本館の1番豪華な客間にいる。キラーリアさんはその隣の部屋。今の彼女の立場はアル様の護衛だからね。アル様に本当に護衛がいるかどうかは別問題としてだけど。
ピッケとルアレさんも本館に部屋を用意された。あの2人は僕らより重要人物扱いらしい。
この部屋はしばらく使っていなかったからか少しほこり臭い。
とはいえ、僕らに使わせるには立派すぎる部屋だ。
引き戸のタンスや机、椅子、ベッドまで用意されている。
この世界ではタンスやベッドはけっこうな貴重品。機械がないので全て手作業で造るわけだしね。ちなみに、ラクルス村では獣の皮で造った布を床や土の上に敷いて寝ていた。
ベッドに飛び乗るリラ。
「このベッド、ふかふかね」
旅の途中の宿にはベッドがあったりなかったりだったけど、この部屋のベッドはそれらよりも寝心地が良さそうだ。
――ただし、問題が1つ。
「うん、じゃあ、ベッドはリラが使うといいよ。僕は床で寝るから」
そう。
部屋の中にはベッドが1つしかない。
もちろん、大人1人が楽々と眠れるほどの大きさだから、子どものリラと僕と一緒に寝るのも不可能ではない。あくまでも大きさ的には。
……でも、やっぱり、ねぇ?
「別に2人でも十分使えそうだけど?」
「いや、でもそれはやっぱりマズいと思う」
「7歳児がなにを恥ずかしがっているのよ」
「だから、僕は実際には18歳だって。それに、ほら、僕の力は見たでしょ。一緒に寝ると寝返りを打っただけでリラを怪我させちゃうかもしれないし」
実際のところ、僕は寝相が良い方だと思うけどね。
「あー、それは確かにね。じゃあ、私が床に寝ようか?」
「女の子を床に寝せて僕がベッドを使えるわけないだろ。それに、僕の力でベッドを壊しても申し訳ないし。たぶん、そのベッドだけでも結構なお値段だと思う」
「まあ、それもそうか」
どうやらリラも納得したらしい。
その上で、窓から外を眺め言う。
「それにしても、ここから見えるほとんどの場所がレイクさんの土地かぁ。あの2人、本当に侯爵さまと王女さまだったのね」
「信じていなかったの?」
「そういうわけじゃないけど、実感はなかったわね」
それは僕も同じだ。
「なんだか私、とんでもないところに来ちゃった気がする」
「それは僕も同じだよ」
思えば確かにとんでもない事件の連発だった。
この半年間のことが脳裏に蘇る。
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ほんの半年前まで、僕はラクルス村の少年その1でしかなかった。
前世の記憶やチートはともかくとしてだけど。
前世で病院から出ることも家族とまともに会話することも叶わなかったからこそ、そういう日々が続くことがとても嬉しかった。
始まりは、そう。川原でアベックニクスに襲われたこと。
僕の
そのあと、リラを獣人から逃がそうとして、崖から飛び降りるなんて無茶もした。
ブシカ師匠と最初に出会ったのはその時だった。
リラはブシカ師匠に弟子入りし、僕は村に帰った。
お母さんやジラ達とも打ち解けられた。
だが、1ヶ月後の月始祭で全てが変わってしまった。
『闇』の襲来。ルシフとの契約。村の崩壊。お母さんの心も壊れてしまった。
僕はラクルス村から追放されて、ブシカ師匠の弟子になった。
3ヶ月、ブシカ師匠に色々教えてもらっていたら、今度は異端審問官に襲われ、その後は王女様が現れるわ、教皇が現れるわ、『闇』が再び襲ってくるわ、もう大変で。
お師匠様を失った僕とリラは、アル様とともにエルフの里へ旅だった。
1ヶ月弱の旅の後、エルフの里にたどり着いたのはいいけど、そこで待っていたのはまさかの異母弟バラヌと3度目の『闇』の襲来。龍族の力も借りて、『闇』は撃退できた。
ルアレさんも加わり、ピッケの口の中に入ってお空の旅。ある意味一番死ぬかと思った。
で、その後はベゼロニアでの大立ち回り。
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……うん、なんつーか、改めて考えてみると我ながら波瀾万丈すぎるだろ、この半年間に起きた出来事。
もう、盗賊に襲われたとか、スライムと戦ったとかいう話が些細なことに感じられてくるくらいだ。
そんな僕の横顔をのぞき込みながら、リラが尋ねてくる。
「ねえ、パド、あなた無理していない?」
「無理なんてしてないよ」
「本当に?」
「……やっぱり、ちょっと無理しているかな」
ここまでずっと気を張り続けてきた。
何度も何度も失敗したけど、それでも頑張ってきたつもりだ。
だけど、正直疲れた。
心も体も、ほんの少し気を抜いたら倒れそうだ。
今でも自分が殺したリリィや盗賊達のことを夢に見る。
稔の顔をしたルシフの邪悪な笑顔。恐ろしい『闇』との戦い。
はっきりいって、悪夢だと思いたいくらいだ。
本当はもうクタクタだ。
アベックニクスに襲われたあの日から、心のすみっこで何度も、『全部投げ出しちゃえば楽になるんじゃないか』と考えていた。
お母さんのことも、アル様たちのことも、『闇』のことも、何もかも忘れて、リラと2人でどこか人里離れた場所に逃げだしてしまいたい。
いや、いっそ舌でも噛み切ってあの白い世界に旅立ってしまった方が何倍も楽なんじゃないか。
僕のせいで世界が滅びるというのなら、僕のせいで『闇』が襲ってくるというのなら、どうせ、一度は死んだ命なんだからそれが一番いいじゃないか。
本当はそんな自暴自棄な考えが、どうしても心のどこかにくすぶっていた。
リラやバラヌに向って偉そうに説教したくせにと情けなく思うけど。
だいたい、僕が王女様の即位の手伝いをするとかいい冗談だ。僕は普通の村人として、家族みんなで幸せになりたかっただけだ。
前世の世界で稔や両親と幸せになれなかった分、この世界でお父さんやお母さん、それにジラ達と仲良く暮らせればそれで満足だった。
もちろん、お母さんに幸せになってもらうためにはアル様に即位してもらう必要がある。リラやバラヌとも一緒に幸せになりたい。
だけど。
もっと根本的な部分で思ってしまう。
僕は一体何様のつもりなのだろう。王位相続問題だの、500年前の真実だの、5種族の和解だの、とてもじゃないけど僕の手に余る。
僕はそんな大した人間じゃない。
ただ、ちょっと馬鹿力をもっているだけの子どもだ。
――僕は本当に、ここにいていいのだろうか。
「ふぅ」
椅子に座り、大きくため息1つ。
そんな僕を、リラは両腕で抱擁した。
「ま、あんまり気にしても仕方がないわね。ここまで来たら、なるようになるでしょ」
「……リラ」
「何があっても、私はパドを大切に思うから」
そうだ。
半年間の思い出の中で、リラと会えた事実は間違いなく僕の宝物だ。
他のことが悪夢だとしても、このことだけは夢にしたくない。
「ありがとう」
僕はリラの胸に顔を
流した涙は見られなかったと思いたい。
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