96.王都到着

 盗賊達の襲撃から5日目、ベセロニア領を旅立ってから10日目のお昼ごろ。


 王都が――厳密には、王都を囲う壁――通称『いちがいへき』が見えてきた。

 見上げてみると、高さは大人の身長の10倍くらいはありそう。

 これがラクルス村の1000倍、テルグスの100倍は広い王都全域を囲っているというのだから凄い。


 クレーン車があるわけでもないのに一体どうやって建てたんだと思って、レイクさんに尋ねると、勇者キダンの時代に建設されたものらしい。


 伝説によれば勇者たち4人が一晩で全て作り上げたとか。

『一夜外壁』という通称の由来はその伝説による。


 しかも、平民街の内側には貴族街を囲う『いちないへき』、さらにその中に王城を囲う『いちじようへき』と教会総本山を囲う『いちきようへき』があるという。


 もっとも、勇者伝説そのものの真偽が怪しい以上、どこまで本当なのかは疑わしい。少なくとも、一晩で作り上げたなんていうのは嘘だろう。


 一夜外壁には、東西南北の四方向に関所を兼ねた大きな門がある。

 このうち北門は外壁のすぐそばが海であり、漁業関係者や流通関係者、あとは海で泳ごうとする好事家くらいしか出入りしない。


 東西南の門は一通りの身分チェックと通行税を払えばほとんど誰でも通ることができる。もっとも、亜人種や犯罪者は原則として通れない。

 また、王家が直接管轄していない地域――つまり、各領主の治める地域間での無断移動はできないため、王家管轄外の領地の出身者が通るには、領主、王家両方の許可証が必要となる。


 それをふまえて、あらためて僕らのメンバーを見ると――


 僕――他の領からやってきた子ども。

 リラ――上に同じで、しかも獣人とのハーフ。

 ルアレさん――エルフ。

 ピッケ――龍族。


 なんだか色々問題ありすぎじゃないかと思ったり。


「……それって、僕ら大丈夫なんですか?」

「一応、私はこれでも侯爵ですから」


 心配になって尋ねる僕だが、レイクさんは余裕の表情。


「っていうか、侯爵様より王女様の方が偉いんじゃないの?」


 リラが当然の疑問を挟むが、レイクさんはすまし顔。


「今の時勢でアル様が王都に戻ってきたと兵士に知られるのもあまりよろしくないですからね。

 アル様もパドくんもリラさんも、さすがにここから先は馬車に乗ってください。道も舗装されていますし、あまりアル様の顔をさらしたくありませんから」


 レイクさんの言うとおり、侯爵という身分はかなりの優遇を受けられるらしく、僕らは関所をあっさりと通り抜けて、王都の中にと入った。


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『うっわぁぁぁ』


 僕とリラ、それにピッケは、馬車から顔を出して声を上げた。


「何、3人で間抜けな声を出しているんだ」


 腕を組んだままさめた口調でそう言ったのはアル様。


「だって、アル様すごいですよ。家も立派、お店も立派、住んでいる人たちの服装も立派。あ、あの家なんて4階建て!!」

「そりゃあ王都だからな。立派なのは当たり前だろう」


 興奮してはしゃぐ僕らに、アル様はとことん冷たい声で言う。

 別に怒っているわけではなく、単に呆れているらしい。


「3人とも、少しは落ち着いたらどうですか。完全に田舎者丸出しですよ。

 そもそもここはまだ平民街。貴族街にいけばもっときらびやかですし、今からそんなに騒いでいたのでは先が思いやられます」


 御者席からレイクさんが言う。


「いや、でもすごいですよ、これが王都かぁ」

「ホントホント、テルグスなんて比べものにならないわよ」

「人族もなかなかやるねー」


 さらにはしゃぐ僕、リラ、ピッケ。


 正直、自分でも無理して明るく振る舞っているという意識はある。

 昨日の夜だって、5日前のことや晩餐会会場の惨劇の夢を見た。だけど、トラウマにとらわれてはいられない。

 リラやピッケも僕と一緒にはしゃいでくれるのがありがたい。ピッケはたぶん素だけど。


 ---------------


 馬車はさらに一夜内壁の関所を通り抜け、貴族街へ。


「それで、レイクさんのお屋敷までどのくらいかかるんですか?」

「もうすぐ着きますよ」


 尋ねる僕に答えるレイクさん。


 レイクさんのお屋敷はそれはそれは立派だった。

 まず、土地の広さが凄い。なんでもレイクさんの一族の土地だけで、ラクルス村全土の1/3くらいの広さはあるらしい。

 何しろ正門をくぐっても林しか見えず、しばらく馬車で進んでようやく建物が見えてきたくらいだ。


 5階建ての本館、3階建ての別館、2階建ての使用人宿泊館と図書室兼倉庫の4つの建物があり、さらに人工池やら薔薇園まである。


「今さらだけど、本当に侯爵様なのね……」

「だねー」


 リラと僕の顔はかなり引きつっていたと思う。

 改めて、レイクさんの家の財力を実感する。

 旅をする途中、けっこう気さくというか、普通に考えてみれば無礼すぎる言動をしていたと今更ながら思い、背中に嫌な汗が流れる。

 アル様はもちろん、レイクさんやキラーリアさんだって、本来なら豚領主よりも身分は上らしい。

 冷静に考えてみれば僕やリラと2人の間には、土下座して相対しなければならないくらいの身分差があるのだ。


 やがて本館の前に馬車が止まり――


「ようこそ我が家へ」


 ――レイクさんはそう言って僕らに笑いかけた。


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 本館の入り口から燕尾服姿の初老の男性が現れ、深くお辞儀した。


「お帰りなさいませ、レイク様」

「ええ、お疲れ様です。セバンティス」


 そう言ってレイクさんは馬車から降りた。

 どうやら男性の名前はセバンティスさんというらしい。


「お荷物は後で運ばせますが、すぐに必要なものはございますか?」

「特には。それよりもゲストがいますので対応をお願いします」


 レイクさんがそう言うと、アル様が馬車から降りた。


「ふむ、また世話になるぞ、セバンティス」

「おお、これはアル王女殿下。気がつかずとんだ失礼をいたしました。なにぶんわたくしも歳を取りまして、このところはとんと視野が狭く。ご無礼をお許しくださいませ。すぐにお部屋をご用意いたします」

「かまわん。ついでにキラーリアとそこの4人の部屋も頼む」

「はい、かしこまりました。キラーリア様もご息災でなによりです。しかし、失礼ですがそちらの皆様はどのような方々なのでしょうか?」


 セバンティスさんに目を向けられ、僕とリラは気恥ずかしく馬車の中で縮こまる。

 なにしろ、僕らの服装はまさに『村人その1』といったかんじの薄汚れた布の服だ。この場にはかなりそぐわない気がする。

 表情こそ抑えているが、セバンティスさんも内心僕らのことを訝しんでいるんだろうと伝わってくる。

 ピッケとルアレさんは特に気にした様子もないが。


 ……もっとも、アル様も相変わらず『水着かっ!?』と思うほどに肌を露出した軽装なのだけどね。


「……うむ、簡単に言えばその4人は切り札だ。兄上と相対するためのな」


 アル様、それは説明になっていないと思いますよ。

 だが、セバンティスさんはそれ以上追求することなく、「かしこまりました」と一礼して僕らを屋敷へ招き入れたのだった。

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