71.闇を断つ少年

 結界を叩き攻撃し続ける3体の『闇』達。

 そのたびに、僕の魔力が削られていくのが分かる。

 もう、躊躇していられない。


「これから結界を解く。そうしたら、まずリラは浄化の炎でやつらを牽制して」

「分かったわ」

「後は僕が相手をする。2人は他のエルフ達を助けに向かってくれ」


 その言葉に、リラが驚く。


「でも、パド1人じゃ……」

「ごめん、むしろ2人はこの場じゃ邪魔だ」


 リラの浄化の炎は確かに『闇』や『闇の獣』に効果はある。

 だが、『闇の獣』ならともかく『闇』を一発で消せるわけじゃない。

 そして、リラも、おそらくバラヌも、相手の攻撃を躱し続けるほどの肉体的な戦闘力はないだろう。


「バラヌは1人でもたくさんのエルフを助けられるように、リラを案内して」


 僕が言うと、バラヌは戸惑った表情。


「でも、僕は……」

「リラも僕も、この里の土地勘がないんだ。道案内は君にしてもらわないと」


 本当のところは、バラヌが素直にこの場から立ち去るようにするための方便だった。

 ここには彼のお母さんの遺体があって、そのかたきがいる。

 すぐに立ち去る決断をしてくれるか分からなかったから。


「僕は、で、役立たずのいらない子で……」

「魔力なんて関係ないよ。僕の友達には魔法なんて使えないけど、一生懸命村の復興を頑張っているヤツもいるんだから」


 僕の言葉に、バラヌは目を見開く。

 魔力絶対主義のエルフの里では驚くべき考え方なのかもしれない。


「今、リラを案内できるのはバラヌだけだ。だから、十分役に立つ」


 僕の言葉に、バラヌは戸惑いを捨て頷いてくれた。


「分かった」


 義母弟おとうとの様子を見て、僕は戦いの決心を固める。


「じゃあ、結界を解くよ」


 そして再び、戦いが始まる。


 ---------------


 リラの浄化の炎がきらめく。

『闇』達は怯み、僕らから距離を取る。


「行って! リラ、バラヌ!!」


 僕の言葉に、リラとバラヌが駆け出す。

 バラヌはリラの手を引いている。ちゃんと案内しようとしているのだ。


 その2人の背に向けて、指を伸ばす1体の『闇』。

 僕は漆黒の刃でヤツの指を切り落とす。


「お前達の相手は、僕だ」


 叫んで一体目の闇に飛びかかる。


 3対1。数の上では不利。

 いや、数だけでなく実力だって不利だろう。


 だからこそ、1体目には高速跳躍で接近し、一気に斬り捨てた。

 脳天から切断され、あっという間に消える『闇』。


「次っ!!」


 リリィのなれの果ては後回し。

 まずは2体の方が先決だ。


『闇』の指が僕に襲いかかる。

 高速で跳び回り、交わしていく。


 大丈夫、コイツはそこまで強くない。

 少なくとも、キラーリアさんのように、僕の動きについてこれてはいない。


「うぉぉぉぉ!!」


 多少、攻撃されても構わない。

 僕は叫んで2体目の『闇』に斬り掛かる。


 リリィのなれの果ては、はなっから他の2体を庇うつもりはないらしく、僕と『闇』の間に邪魔者はいない。

 勝負は一瞬でついた。

 僕の攻撃を防ごうとした『闇』の指ごと、僕の漆黒の刃はヤツの存在をかき消した。


 ――さあ、残るは。


 僕はリリィのなれの果てへ――闇に染まったリリィへ、漆黒の刃を向けた。

『彼女』もまた、僕に向かって黒い剣を構えた。


 ---------------


 世の中、上手くいかないことがたくさんある。


『彼女』の剣と、漆黒の刃を交えながら僕は思う。


 病気を持って生まれた桜勇太は、家族と暮らすことも、学校に通うこともできなかった。

 チートをもって生まれたパドは、家族に心を開くことも、友達と勇者ごっこをすることもできなかった。

 獣人達からリラを護ろうとしても、最後は結局ブシカお師匠様の力を借りなければ助けられなかった。

 ラクルス村を『闇』から救おうとしても、僕の力でむしろ村を半崩壊に導いてしまった。

 僕のお母さんは未だに心を失ったままで、村の復興はジラに押しつけてしまった。

 お師匠様も死なせてしまったし、バラヌのお母さんも助けられなかった。

 そして、リリィ。彼女の気持ちを慮ることもできず、『闇』に染めてしまった。


 これまで、ずっと『できないこと』がいっぱいあったように思う。


 だけど。

『できたことも』たくさんあるんだ。


 僕が生まれることで、前世の両親も、今の両親も喜んでくれたと思う。

 アベックニクスからキドやテルやジラを助けることもできた。

 リラを、少なくとも獣人に手渡すことはなかった。

『闇』にラクルス村の皆やリラやアル様達を殺されることもなかった。

 バラヌをはじめ、何人かのエルフを救うことだってできる。


 きっとこれからも、『できないこと』も『できること』もたくさんたくさんあるんだろう。

 龍族の力を借りるとか、アル様を王位につかせるとか、そんなのは僕1人では難しい。

 リリィを助ける方法も分からない。


 でも、今、リラやバラヌを助けることならできる。

 お母さんの心は絶対に元に戻してみせる。


 だから、僕は戦う。

 リリィ、キミを倒してでも、先に進む!!


「……パド……シネ……」

「リリィっ!!」


 最後の斬り合い。


『彼女』の黒い剣と、僕の漆黒の刃がぶつかる。


 これ以上は魔法が持たない。

 ここで決める!!


 僕はチートを全て左手に込め、振り下ろす。

『彼女』の剣が割れる。


「……あ、ああ……」


 漆黒の刃は『彼女』の右肩から、体を切り裂いていく。


 ――リリィっ!!


『彼女』は手を伸ばす。


「……アル、おねえ……さま……」


 その手を伸ばした方向には、レイクさんを従え、こちらに駆け来るアル様の姿があった。


 ---------------


『彼女』が消えた時、ちょうどアル様とレイクさんが僕の元にやってきた。

『闇』の弱点を教えると、エルフのおさは龍族と連絡を取ったらしい。


 エルフには浄化の力は無いが、龍族ならば浄化の炎を吐ける。

 が、彼らがくるまで今しばし時間がかかる。


 いずれにせよ、僕とリラをさがして、アル様はここに来たらしい。


「『闇』は倒したのか?」

「はい」

「リラはどうした?」

「他の『闇の獣』を少しでも倒しに」

「そうか、ならば助勢にいかねばな」

「はい」


 暗い顔のまま頷く僕に、アル様は尋ねる。


「どうした? 何かあったのか?」


 僕は一瞬躊躇し、しかし正直に答える。


「『闇』は……リリィでした」


 その言葉に、2人は息をのむ。


「ごめんなさい。『彼女』を助ける方法は分からなくて、僕は……」


 リリィはアル様のお気に入りで、レイクさんの姪っ子だ。

『彼女』を斬り倒した僕は、この場でアル様に殺されても文句は言えない。


 だが。


「そうか」


 アル様は短くそう答えただけだった。


「あの、アル様……」

「その話の続きは後で聞かせてもらおう。今はリラを助けるときだ」


 アル様はそれだけいうと、その話題について、その場ではそれ以上触れなかった。


「はい」


 僕は今度こそしっかり頷いて、バラヌとリラの後を追うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る