5.僕は幸せになりたい!!
僕を抱いたまま、お父さんは破壊された部屋の外へ出た。
気を失ったお母さんを何人かの大人が介抱している。
「○×▼……」
お父さんが僕に何か話しかけるが、言葉が分からない。
次に大人達は何かを話しあい、僕はお母さんの横に寝かされた。
言葉が分からないので、何を話しているのか分からないけど。
これから、どうしたらいいだろう?
あまりにも大きな力を持って産まれた僕。
立ち上がろうとするだけで床に穴を開け、ジャンプするだけで天井を壊した。
こんな力を持って、これからまともに暮らしていけるのだろうか。
僕はジッと考える。
考えて考えて、答えは出た。
こんな力を持っていたら、普通に暮らしていけない。
それが答えだ。
立ち上がるだけで床を壊す。
お皿を持てばそれも壊す。
木登りをしたら木が倒れる。
それだけじゃない。
誰かと手をつないだら、相手を捻挫させるかもしれない。
他の子どもと喧嘩をしたら相手を大けがさせてしまうかもしれない。
両親に抱きついたら二人を殺してしまうかもしれない。
……うん、無理だ。
こんな力をそのままに普通に暮らしたら周りに迷惑がかかるに決まっている。
そんな力を持った子どもが普通に暮らせるわけがない。
前世では体が弱くてずっと病院にいた。
家族にも迷惑をかけた。
そういう自覚がある。
隣に横たわるお母さんを見る。
前世のお母さんとは全く別人だ。
金髪だし、若いし、やせているし。
でも、僕を産んでくれたお母さんだ。
僕の力は、きっとこのお母さんに迷惑をかける。
そして、今回は――力が強すぎて、きっとこの世界でのお父さんやお母さんに迷惑をかける。
というか、すでに迷惑をかけている。
――どうすればいい?
――どうしたらいい?
――僕はどうするべきだ?
――どうしたら、迷惑をかけないですむ?
考える。
一生懸命考える。
前世の記憶や知識を持っているといっても、11年間の病室の中で見聞きしたことだけだ。
学校にも通っていないから、11歳の他の子よりも知識は少ないだろう。
それでも、ただの赤ん坊よりは考えられるはずだ。
考えろ、僕。
これからどうしたらいいのか考えるんだ。
考えた結果、4種類の候補を思いついた。
1つ目。
この世界での生をあきらめること。
つまり、自殺。
2つ目。
体を一切動かさずに一生を終えること。
今からでも全身麻痺のふりをする。
3つ目。
開き直って、この力を使いまくる。
いっそ、魔王か勇者か王様を目指す。
4つ目。
がんばって力を制御する。
力を抑える方法を身につけて、人並みの幸せを手に入れる。
考えついた4つを1つ1つ検討してみる。
1つ目。
自殺というとアレだけど、おねーさん神様は言っていた。
産まれて1年未満の魂は転生すると。
だから、それもありなのかもしれない。
次の世では、普通に産まれてくるかもしれない。
……だけど。
それは本当に正しいのだろうか?
魂としては産まれて11年たっているのではないか?
だとしたら、自殺したら僕の魂は転生せず消滅してしまうのでは?
仮に転生できても、今度こそ記憶を消されるだろう。
転生先だって恐竜時代や、核戦争後の世界になるかもしれない。
そもそも、あのおねーさんの言うことがどこまで信用できるのかも分からない。
――それに。
となりに寝るお母さんを見る。
僕が死んだら――きっとこのお母さんは悲しむ。
僕の遺体にすがりついて泣く前世のお母さんの姿が頭に浮かぶ。
――あんな悲しい顔を、このお母さんにもさせるのか?
だめだ。
やっぱり、自殺はだめだ。
僕はこの世界で幸せにならなくちゃいけない。
それが前世のお母さんを泣かせ、隣で寝ているお母さんのお腹を痛めて転生した僕の義務だろう。
2つ目。
今からでも全身麻痺のふりをする。
たぶんできる。
前世では産まれた時から下半身麻痺でベッドから動けなかった僕だ。
一生そういう演技を続けることくらいできるだろう。
……だけど。
せっかく生まれ変わったのにそれでいいのか?
また一生寝たまま人生を終えるのか?
――嫌だ。絶対に嫌だ。
病室のベッドで僕はテレビの向こう側に行きたいと思った。
街を歩く人々をうらやましいと思った。
公園を走り回る子ども達と一緒に遊びたいと思った。
学校に通って、仕事について、結婚したいと思った。
お金持ちになりたかったわけでも、社長さんになりたかったわけでも、総理大臣になりたかったわけでもない。
ただ、自分の足で世界を駆け回りたかった。
家族と一緒に食事をしたかった。
――すべてかなわないことだと分かっていたけど。
それでも自分の足で立って、歩いて、病院の外の世界を走りまわりたかったのだ。
転生して、僕は自分の足で立ち上がれるようになった。
ジャンプもできた。
きっと歩くこともできる。
――それなのに。
その幸せを捨てるようなこと、絶対にしたくない。
3つ目。
開き直って、この力を使いまくる。
これは考えるまでもなく却下だ。
そんなことをしたら、きっとみんな怖がる。
魔王や勇者を目指す?
僕はそんな大それたことがしたいわけじゃない。
ただ、家族や友達と幸せに暮らしたいだけだ。
――結局、答えは決まっていた。
4つ目。
がんばって力を制御する。
これしかない。
確かに僕は呪いのようなチートを持って産まれてしまった。
だけど、それでも前世の歩けるようになる可能性が0の体とは違うのだ。
だったら、僕は自分の足で歩きたい。
がんばればきっとできる。
がんばろう。
がんばって、前世では手に入れられなかった人生を手に入れよう。
だって、僕は――
――僕は幸せになりたい!!
前世のお母さんのためにも、この世界のお母さんのためにも。
そう決意して、僕はもう1度お母さんの寝顔を見る。
このお母さんの元で、幸せな人生を歩むんだ。
あのひげ面のお父さんと一緒に、幸せになるんだ。
――僕の覚悟がまとまったころ。
「う、ぅぅぅ……」
お母さんの口元からうめき声が聞こえた。
どうやら目を覚ましたようだ。
お母さんはゆっくりと目を開ける。
そして、僕が横に寝ているのに気がつき――
「きやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
悲鳴を上げたのだった。
お母さんは後ずさるように僕から離れ、僕を指さして金切り声で何事かをまくし立てまくる。
お父さんがお母さんに駆け寄り、何かを叫ぶ。
他の大人達はどうしたらいいのか分からずオロオロするばかりだ。
言葉は分からない。
分からないけど――
お母さんが僕におびえ、お父さんがそれを必死になだめているのだということだけ分かった。
僕を指さし震えるお母さんの目は、僕のことを化け物だといわんばかりだ。
――僕は幸せになれるのだろうか?
泣き叫ぶお母さんを見て、僕は少しだけ不安を感じた。
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