4.チートも過ぎれば呪いだよ……
目を覚ますと僕は、ねずみ色の布の上に寝かされていた。
オムツ代わりなのか腰には白い布が無造作に巻かれているけど、それ以外は裸だし掛け布団もない。室温が高いので寒くはないけど。
さて、と。
状況を整理しよう。
僕、桜勇太はガングロおねーさん神様によってこの世界に転生した。
本来記憶を失うはずだったのだが、なぜかが前世の記憶が残っている。
今の僕は生まれたばかりの赤ん坊。
この世界での名前は不明。
周囲を見渡してみると、木造の部屋の中だとわかる。
今は部屋の中に僕以外は誰もない。
赤ん坊を1人部屋に放置しておくのはどうなのかと思うけど。
ふと、一つ確かめたいことを思いつく。
本来なら眠る前に確かめておくべきだったのだが……
手を伸ばしてもとどかないし……いずれはわかるだろうから今調べなくてもいいのかもしれないけど……
でも、やっぱり気になるよね。
何が?
決まっているだろう。
この世界での僕の性別だよ。
産まれたばかりのときはそこまで気が回らなかったのだ。
判断にはやっぱりアソコを調べるべきだろう。
うーん、でも、赤ん坊の短い手では腰に巻かれた布まで手が届かない。
どうせ次にお風呂に入るときには分かるだろうけど……
せめて座れればなぁ。
でも、赤ん坊が座れるわけないよね。
そう思いつつも、僕はよいしょと上半身を持ち上げようとする。
すると――
あれ?
あっさりと座れちゃったよ?
前世では一度たりともできなかった座るという行為があっさりできてしまった。
……え、えーっと、赤ん坊って産まれて数時間で座れるんだろうか?
赤ん坊の育ち方なんて僕は知らないけど……でもやっぱり、普通は産まれてしばらくの間、自力で座ったりできないんじゃないかと思うんだけど。
とりあえず、これなら腰にも手が届くから調べてみるか。
――結論、男の子でした。
うん、よかった。
---------------
さて。
座れた以上、今度は立ち上がれるかが気になる。
いくらなんでも産まれたばかりで立つのは無理だと思うけど……
そう思いながらも、床に敷かれた布に両手をつき、体を押し上げようとしてみる。
次の瞬間。
バキッ。
……え?
手の下から変な音がした。
なんだろう、何かが割れたような?
もう一度布の上から同じところを押してみる。
床が……なくなっている?
僕が押した部分だけ、床に小さな穴があいているみたいだ。
木の床だし、腐っていた?
そんなところに赤ん坊を1人で寝かせているのか?
え、えーっと。
僕は穴が開いてしまった場所から少し体をずらし、もう一度――今度は少し力を抜いて体を押し上げた。
ピキッ。
また、イヤな音がする。
でもさっきは『バキッ』だったけど、今回は『ピキッ』だ。
……穴ではなくひび割れくらい……かな?
よし、慎重に行こう。
僕はさらに力を抜いて、慎重に体を持ち上げる。
うん、今度はイヤな音はしない。
そして、ゆっくり――立てた!!
間違いなく、自分の両足で立ち上がれた!!
すげー、立っちゃったよ、僕。
正直、興奮が抑えられない。
産まれて11年――あ、いや、この世界は数時間だと思うけど、ええい、ややこしい――前世で11年、僕は立ち上がることができなかった。
おねーさん神様と話したときは立てたけど、今思えばあれは地面に立っている実感がなかった。
魂だけの存在だったせいか、裸足なのに地面の感触がなかったし。
でも、今は違う。
足下の布の感触が直接伝わってくる。
これが、立ち上がるってことなんだ。
自分の足で立ち上がっている。
その事実にうれしくて涙が流れそうだ。
僕は思わず『やったー!』と叫んでしまった。
「おんぎゃぁ!」
いや、実際には赤ん坊の泣き声にしかならなかったけどね。
次はどうしようかな?
歩く?
それとも、ジャンプ?
桜勇太の体ではどちらも経験がない。
でも、なんとなくやり方は分かる。
やっぱり、これは人間の本能が知っているということなのだろう。
とりあえず、喜びを表すためにジャンプしてみるか。
僕は両足に力を入れ――
バキッ!!
え?
またしても足下から聞こえてきたイヤな音。
気がついたときには僕はすでに空中にいて――頭を天井にぶつけていた。
天井が低かったわけではない。
前世で過ごした病室よりは低いかもしれないけど、普通に大人が立って歩ける程度の高さはあると思う。
赤ん坊の背丈でジャンプしたからといって頭をぶつけるなんてことは――たぶん、ありえないはずだ。
それなのに、気がついたときは脳天を天井にぶつけていた。
――しかも、天井にも穴があいた。
木片が部屋の中に舞う。
しかも、着地すべき床にも大きな穴がポッカリ開いていた。
が、そのことをはっきり認識する余裕もなく、僕は床下まで落っこちる。
一体何がどうなっているんだ!?
床の下は20センチくらいで地面だった。
寝かされていたのが1階でよかった。
2階だったら大変なところだ。
布も一緒に落ちて衝撃を吸収してくれたこともあり、擦り傷1つない。
僕は立ち上がり、なんとか穴から脱出する。
あ、布が穴の中に残っちゃった。
でも、そんなことを気にする心の余裕はない。
呆然と、いろいろなものを丸出しにしたまま立ちつくして、息を整えていると……
バタン!!
部屋の扉が開いた。
入ってきたのは、眠る前に僕を抱いてくれたお母さん。
お母さんは部屋の中の惨状を見回す。
部屋の中は床が抜け、天井が壊れ、木片が散っている。
そして、その中で立ち尽くす産まれたばかりの赤ん坊の僕。
しばし、僕とお母さんは固まり――
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
やがてお母さんは僕を指さして悲鳴を上げた。
ど、どうしよう。
やっぱりこの部屋の状態を見たら悲鳴もあげたくなるよね。
あ、悲鳴が止まった。
というか、お母さんがその場に倒れた。
もしかして気を失った?
部屋の中に穴が開いたのがそこまでショックだったのだろうか?
でも、お母さんが指さしたのは床の穴とかじゃなくて、僕自身だったような……。
僕がこれをやったって思っているのだろうか?
でも、赤ん坊がそんなことできるなんて普通思うわけが……
……と、そこまで考えて気づく。
お母さんが悲鳴を上げたのは、僕が立ち上がっていたからだ
やっぱり、赤ん坊が産まれてすぐに立ち上がるなど、この世界でも普通は考えられないのだろう。
お母さんの悲鳴を聞きつけたのか、部屋の外から足音と叫び声が聞こえた。
あの声はひげ面のお父さん?
足音が近づいてくる。
お母さんの悲鳴を聞いて慌ててやってきたのだろうか。
このままだと、お父さんにも部屋の中の惨状と立ち尽くす僕を見られてしまう。
……え、えーっとどうしよう?
説明しようにもこの世界の言葉は分からない。それに、言葉が通じても説明のしようがない。
そもそも、さっき『ヤッター!』が『おんぎゃぁ!』になったわけだから、赤ん坊の体では言葉をきちんと発音できないのかもしれない。
……
……僕はとっさにその場に寝転んだ。
いかにも『僕は人畜無害な普通の赤ちゃんですよ』という態度をとったのだ。
やがてお父さんとその他数名の大人が部屋の中に駆け込んできて、気絶したお母さんと部屋の惨状を見回し、最後に僕を発見したようだ。
少し呆然と固まったけど、数秒でお父さんは動いた。
僕に駆け寄ってきて抱きかかえてくれる。
お父さんが走っても床が抜けることはなかった。
つまり、床が腐っていたわけではないのだろう。
お父さんに抱きかかえられながら、扉の方に目を向けると気絶したお母さんを大人たちが運び出していた。
お父さんの顔をみると、そのひげ面には明らかな困惑が浮かんでいた。
それでもぼくを守るように強く抱きしめるお父さん。
その腕の中で抱かれていると、僕は少しずつ落ち着いた。
---------------
お父さんの腕の中で落ち着いて、よく考えて、自分の異常性を認識した。
尋常ではない怪力をもって僕は生れた。
だから、産まれてすぐに立てたし、ジャンプもできた。
力が強すぎたから部屋の中が破壊された。
おねーさん神様が最後に慌てて発した言葉をもう一度思い出す。
『あれ? ヤバイ、200%に設定したつもりが200倍になってね?』
僕は学校に通えなかったけど、パーセントの意味はかろうじて分かる。200%なら2倍と同じだ。
だけど、おねーさん神様が設定をミスって、200%ではなく200倍としてしまった。
僕の力と、ひょっとしたら魔力も。
そう考えれば1番すっきり説明できる。
僕は転生する時にものすごい力を神様からもらったのだ。
前世で少し体の調子がよかったとき何冊かのファンタジー漫画を読んだ。
インターネット上の小説を漫画にしたものらしい。
その中に、異世界に転生して、神様にもらった強い力や魔力で大活躍――といった話があった。
その漫画では主人公の力を『チート能力』と表現していた。
これはまさしく、神様からもらったチート能力だ。
なにしろ、転生前に本当に神様が力をくれると言っていたんだから。
ちゃんと2倍に設定されていたら、もしかすると僕は村1番の力持ちとして尊敬されたりしたのかもしれない。
――だけど。
僕は穴だらけの床をもう一度見る。
崩れかけた天井を見る。
そして、気絶したお母さんが運び出された扉の向こうを見る。
すべて、僕の力のせいだ。
これはチートであると同時に大いなる呪いだ。
産まれながらに持った大きすぎる力。
ちょっと体を動かすだけで、周囲のモノを破壊してしまう強すぎる力だ。
正直怖い。恐ろしいことになった。
もしも、この力でお母さんやお父さんに抱きついたら?
もしかしたら死んじゃうかもしれない。
そうでなくても大けがさせてしまうだろう。
胎児の間の記憶はない。
桜勇太の魂が宿ったのは産まれる瞬間だ。
そして、チートの力を得たのもその時だろう。
そうでなければお母さんのお腹を内側から蹴破ってしまっただろうから。
もしそうなっていたらと考えると寒気すら覚える。
今思えば、産まれた直後に僕を抱いていたおばさんが倒れたのも、僕が不用意に彼女のお腹を蹴飛ばしたからだろう。
僕はほんの軽く――蹴るなんていう意識もなくやったことだったけど――彼女は耐えきれなかった。
――あのおばさん、大けがをしたかもしれない。
いや、それどころか、最悪、命も……
もしあのおばさんが死んでいたら――僕はどうしたらいいのだろう?
握手をしただけで相手の手を握りつぶしてしまうような、そんな力だ。
考えれば考えるほど、僕は自分の力に恐怖を感じずにはいられなかった。
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