第17話 弱虫にゃんこの家出 ①

猫カフェ『にゃんこの館』のスタッフ


クーは見た目は凛々しい黒猫なのに


実はとっても弱虫な男の子です。


        *


先日、部屋のお掃除で窓を開けたら

すずめが一羽飛び込んできました。


スタッフの猫たちは大変! 


色めきだって、雀を追いかけ回して

みんなで大はしゃぎでしたが……


その中で一匹だけ、

ソファーの下に潜って隠れていた子がいます。

クーは見たこともない雀を怖がって

ブルブル震えていたのです。


そのことで姉貴分あねきぶんの蘭子に散々笑われて、

みんなにも『ヘタレのクー』とからかわれました。


クーはそんな自分が恥かしくて、情けなくて……

弱虫の自分を変えたいと強く願った。


ついに家出して

自分を鍛えようと思い立ったのです。


猫カフェでは外へ猫が飛び出さないように、

二重扉になっています。


その日は団体のお客さんだったので、

外側のドアと内側のドアとふたつとも開いていました。


お客たちの足元を黒い影がサッと駆け抜けたことを

誰も気が付いていません。


クーがいないことに気づいたのは閉店間際でした。


蘭子がクーの姿を探し始めて、

みんなも心配して大騒ぎになったのです。


そのことはミーコさんを通じて、

オーナーの美弥さんにも伝えられました。


ミーコさんを連れて、

懐中電灯を持った美弥さんは

夜の町でクーを探し回りましたが、

暗闇の中で黒猫を探すのは難しいことでした。


その頃、クーは自分が拾われたという

神社の境内をウロウロしていました。


ここに来れば、

自分を知ってる者に会えるかもしれないと

密かに思っていたからです。


……だけど、

辺りが真っ暗になってお腹も空いてきたし、

怖くなって引き返そうと思ったけれど……


はて? さて? 

猫カフェ『にゃんこの館』へ帰る道が分かりません。


家出なんかするんじゃなかったと、

ここにきて後悔し始めていました。


室内でしか暮らしたことのない

『温室育ちの猫』には、冷たい夜風がしみて……。


クシュン! クシュン! クシュン! 


くしゃみの連発、寒さに震えながら、

神社の賽銭箱の裏でうずくまっていると、

誰かの声がしました。


「おや? おめぇ、見掛けないツラだなー」


すぐ側で、黒猫のおじさんが見降ろしています。


「おいら猫カフェで働いていたけど……

今は家出中だから……」


「ねこカフェ? なんだそりゃあ?」

「猫のサービス業です」


「――なんか知らんが、行くところがないようだな?」

「はい」


「ワシは黒猫団の団長のくろ兵衛っていう者だ」

「黒猫団?」


「黒猫たちで作られた野良猫のグループのことさ」

「おいらクー、よろしく」


「よっしゃ! ワシについてこいや」


クーは黒猫団の団長の後ろを付いていきました。


          *


神社の裏手の森の中に古いお社があります。


今はあまり使われていないので、

黒猫たちがここをねぐらに暮らしていました。


この神社の神主さんが猫好きで

棲みついた黒猫たちを神仏の使いだと

保護してくれていたのです。


「今、帰ったど!」


お社の中には黒猫ばっかり、

いっせいに黒い顔をこっちへ向けました。


「父ちゃん! 大変だよ。

神主さん家で飼ってたオカメインコがイタチに襲われたんだ」


一匹の黒猫が話しかけます。


「またイタチか、悪さばかりしおって……」

くろ兵衛が渋い顔をしました。



神社の森には黒猫団の他に

大きなイタチが棲みついています。


凶暴なイタチは、近所のペットや

小学校の兎小屋などを襲って捕食しているのです。


しかも、それが黒猫団の仕業ではないかという

悪い噂が町中に広まってきています。


黒猫もイタチも夜中だと見分けがつかず、

イタチは日中姿を見せないので、

その存在すら忘れられていました。


だから、

いつも神社にたむろしている黒猫団が

犯人だと疑われているのです。


神主さんに餌を貰っている黒猫団は悪さをしません。

ゴミだって漁ったことのない善良な猫たちです。


――このままではイタチの罪を被って

神社から追放されてしまうかもしれません。


それは野良猫にとって『死活問題』なのです。


「父ちゃん、その子は?」


「ああ、神社の森で寒そうにしてたから連れてきた」


「おいらクーです」


「あたいはくろ兵衛の娘のクララだよ。

あんた毛艶がいいし、飼い猫だろう?」


「猫カフェのスタッフです」


「三丁目にあるお店だね。外から覗いたことがあるよ」


「おいら、自分の弱虫を鍛えるために家出中なんだ」

クーがそういうと、クララがプッと噴いた。



「それより、うちのチビクロ見なかった? 

境内で遊んでると思ったのにいないんだよ」


クララは仔猫のお母さんです。



「ヤバイ! 

日が暮れるとイタチが出没するぞ!!」


くろ兵衛が叫びました。


「どうしよう……どうしよう……チビクロが……」

クララは今にも泣き出しそうな声です。


「ワシは嫌な予感がする」


「お父ちゃん……」


「あれは二年前じゃった。

ワシの嫁が神社の床下で仔猫を産んだが……

イタチに襲われて……嫁と仔猫たちが殺された。

その時、生き残ったのが、このクララだが、

男の子が一匹、『行方不明』になったまんまで見つからない」


くろ兵衛はツライ過去を思い出して不安な顔をした。


二年前といえば、クーが神社で拾われて

猫カフェに連れて来られた時期と一致します。


ひょっとしたら……? ふいにクーは思った。  


くろ兵衛とクララの顔を見て、

《おいらと似てるかなあー?》

みんな黒い顔で見分けがつかなかった――。

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