7-9

 ブッシュは続ける。

「そしてヘルメス侯は身の安全を守るため、君をこの国から追い出そうと考えた。そのためのギルド末梢だ。なのに君はヘルメス侯に逆恨みをしてこの領地に留まり、何とかして溜飲を下げたいと行動に出た。そして、私はこうも考えている。もともと君は彼女を殺すつもりはなかった。かどわかして脅かそうとした程度なのだと。だが、思った以上に彼女が抵抗したために、君はもののはずみで殺してしまったんだ」


「もののはずみ? 拷問された跡があったぞ?」


「拷問したということかな」


 クロウは顔を背けブッシュに聞こえるように舌打ちした。

「私がやったんじゃないって言ってるだろう」


「そうだ、君は自分はやっていないと言う。しかしそれを鵜呑みにするのが私の仕事ではないからね」


 クロウはそうですかいと、これもブッシュに聞こえるよう呟いた。


「君とイヴ・ヘルメス嬢にいったいどんな共通点があるだろうか」


「メモとったらどうだ? さっき言ったろ、仕事の依頼を受けたと」


「そうじゃあない。君のような雑種でその日ぐらしの浪人と、イヴ・ヘルメス嬢のような由緒正しい家柄のエルフとの共通点だ。君は、旅の途中、貴族の令嬢たる彼女に怒りを覚えるところが多々あったんじゃないかな。要領の悪い箱入り娘、テーブルマナーに至るまで共通しない。そんな彼女を、ゴブリンの襲撃から身を賭して守ってやったにもかかわらず、仕事が終わればお払い箱にされてしまった」


「当たり前だ。仕事が終わったんなら、こっちだってそれ以降の関係を続ける気はない。役人はコネやらなんやらを大事にしたいんだろうがね」


「……しかし、それだけ誠心誠意尽くしたにもかかわらず、彼らは君を蔑んだ目てみてきた。いや、君はそう感じた。仕方のないことだ、方や裕福なエルフの名家で周囲の愛に恵まれたご令嬢、それに引きかえ君は……。」


「……何が言いたい?」


「クロウ・マツシタ、異界の言葉で“九番目の息子”という意味らしいな。最初の子供たちはきちんとした名前をもらっているようだが、君に至っては……男か女かも興味を持たれなかったようだ。そんな君には、君の父君の恩恵に預かって戦後に盛栄を誇るようになった彼らヘルメス家はどう映っただろう」


「シナリオを先に言っていいか? ろくに親の愛情を受けずに育った私がヘルメス侯の傲慢さにムカついて彼の令嬢をかっさらって、彼女の態度に怒りが煮えたくって思わずやっちまった。……そういうことにしたいのか?」


 ブッシュは何も言わない。腹痛がしているような顔でクロウを見ているだけだった。


「なぁ、こうしている間にもヘルメスの令嬢を殺した東方民族は逃げ続けてるんだぜ? とっとと捕まえに行けよ。でないと事件は藪の中だぞ?」


「君の心配するところではない。君らレンジャーに出来て、私たちにできないことなどないのだから。いざとなれば軍隊だって要請できるんだよ、我々は」

 強がりなどではなかった。自分が本当に思っていることを、ブッシュは淡々と話していた。

「既に国境くにざかいの関所には通達済みだ。それに君のようなのとは違い、普段から重用しているレンジャーにも声をかけ東方民族の行方を追っている。だが、だからといって君への追求の手を緩めるわけにはいかない」


 クロウは頷きも否定もしなかった。


「それに君は勘違いをしている。君のような生き方をしている者には分からんだろうが、私のように常に国の大事を手がける者なりの、仕事の仕方というものがあるのだよ」


「……それは何ですか、と聞いた方がいいのかな?」


 ブッシュは机に肘を立て、両手を口の前で組んだ。

「筋書きはこちらが用意する。それに合わせて君が動いてくれればいい。そこらへんはここのダノン君と変わらんだろう。しかし私の場合、その筋書きは一つではない。常にいくつか用意される。そして、その中で提出される先に最も相応しいものを選ぶんだよ。大事なのは、筋書きの説得力と心地よさだ。この場合は、ヘルメス侯が最も納得してくれる筋書きを用意するということになる。東方民族もありだが、現状だと上手く筋書きが成立しない恐れがあるのでね」


「……驚いたよ」


「世の中の仕組みというものだ」


「パン屋だって同じことやってるぜ? 材料は彼らが用意して、パン種はかまどに入って焼けてくれるだけでいい。常にいくつか用意して客にとって出来の良いのを店の前に並べるんだ。大事なのは値段と味だよ。ガキンチョ相手には最も喜ぶブリオッシュを用意する。ジャガイモもありだ、パン作りに失敗して店頭に並ばない恐れがあるからな。……結局下町でやっていることと変わらないんだな」


「……ダノン君が言っていたが、君は随分と口の減らない女らしいな」


「知らなかったかい? 女ってのはこれくらい喋るものなんだよ」


「私の記憶する限り、初めて見るタイプだ」


「細君はストレスを溜めてるだろうね。旦那と会話が続かないって」


「今度妻に聞いてみることにしよう」


 クロウは荒々しくため息をつく。暴投の繰り返される会話のキャッチボールに絶叫しそうになっていた。


「……なぁ、いつまでこの茶番を続けるつもりだ?」


「君が協力してくれればすぐにでも」


「……それは私が殺したと言う以外ないんだろう」


「それは殺した事を認めるということかな」


 クロウは右の上唇を上げて牙をむけた。

「お前さんを殺る気は満々だがね」


 ブッシュはため息をついて広い額の後ろでびっしりと固められたグレーのオールバックを撫でた。

「君の所持していた剣には血が付着していたし、イヴ・ヘルメス嬢は刃物で殺されていた。この状況証拠から、君がやったと考えるのが妥当なのだよ。お互いの損得をもう少し考えようじゃないか。どちらにしても君の罪が変わることはないだろう。すぐに話してくれれば、君の言う茶番だってすぐに終わる。長引かせるのは私だって気の進まないし、君にだって不幸なことが起こるんだよ。大事なのは筋書きを増やすこと、なるべくなら予備が多いほうがいい。一旦協力して、あとは私たちを信じて東方民族が捕まるのを待てばいいじゃないか」


「そのやり口で、いったい何人がお前さんに協力したっていうんだい?」


 ブッシュは口の前で組んだ手を広げて、首を軽く傾けた。

「全員だ」


「うそつけ」


「本当だとも。協力しない人間には会うことがなくなるのでね」

 脅しでもはったりでもなかった。ブッシュは事実を話していた。

 郵便物の受け取りにも死刑の執行の書類にも、まったく同じ気分で判を押す男だった。


「……これまで、お前さんのその仕事が何を生んできた?」


 ブッシュはおかしなことを聞くな、という具合に困った顔をする。

「秩序だよ」


「犯人を野放しにしてか?」


「君が犯人だ」

 疑うのでもなく決めつけるのでもなかった。“自分は事実を知っている”という口調だった。

「分からないか。“ 悪党は捕まる”という事実が大事なんだよ。悪党たちはそれだけで行動を制限するし、それ以外はおいそれと悪事を働こうという気をなくす。国を動かすというのはそういうことだ」


「……涙が出るね」


「見えないが」


「黙れよ」

 思っただけのつもりだったが、口から言葉が飛び出ていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る