第7章 バステッド

7-1

 うろ覚えの道だったが、クロウはマルコムの店を探し当てた。

 店内は前回クロウが訪れた時よりも少し閑散としていた。

 客はまばらでピアノの横に歌手がおらず、演奏者もピアノ椅子に座ってはいるが演奏をしていなかった。演奏者は農作業後に土だけ落として来店したような酔払いと世間話に興じていた。

 カウンターでは見覚えのある小さく背中があった。今日はその背中が、小ささに加えて哀しさも背負っていた。


 クロウはカウンターに向かったが、数人の男がクロウを見つけては話しかけてきた。

「いよぉねえちゃん。今日はエルフのにいちゃんはいないのかぁ?」

 皆一様に、雑貨屋の店主と同じくロランのことを訊いてきた。

 クロウは一人一人に事情を説明しなければいけない羽目になった。


「お邪魔するよ」

 混んでいたわけでもないのに、数人の対応をしてようやくクロウはタイソンの座るカウンターまで到着した。


「ああ、ねえちゃんかい……。」

 タイソンは陰鬱に凪いだ冬の海のように、寒々しさと悲しさのある笑顔を浮かべた。


「……今日は都合が悪かったかな?」

 と、クロウが尋ねる。

 

 だがタイソンは何も言わずに杯を口に運んだ。

 クロウは店主にトウモロコシ製の火酒と糖蜜菓子を注文した。


 タイソンが言う。

「甘党かい?」


「これでも乙女なんだよ」


 タイソンは微かな咳払いをするように笑った。


 店主がすぐに火酒と糖蜜菓子を持ってきた。

 クロウは火酒をグラスの半分ほど一気に口に含み、しばらく舌を泳がしてから飲み込んだ。

 酒で熱くなった吐息を吹きだしてから糖蜜菓子をかじる。酒で血の巡りの良くなったせいで、打ち身になった昼間の傷がジワリと痛み始めていた。

 クロウの傷はサマンサの治療術ヒーリングにより、見た目には治っていた。

 しかし、サマンサはクロウの傷を完全には治療しなかった。サマンサは、戒めとして痛みを残すようにしたのだという。

 クロウは改めてサマンサをとっつきにくい尼さんだと思った。


 クロウは上着のポケットから煙草の缶を取り出し煙草に火をつけた。

 四回ほど煙を吸い込んでからタイソンに言う。

「出直した方が良かったかい?」


「……今日は役人の仕事を手伝った後でね」


「そうか……。」

 クロウはまた煙草を吸い始めた。


 杯の酒を飲みほしてからタイソンが言う。

「“不死のユーニ”が殺られたよ……。」


「何だって? ……そいつは確かか?」


 タイソンは微かにああ、と言った。


「……噂には聞いていたが、彼女には結局会うことがなかったな。だが、“のユーニ”だろ? それが殺されたのか? ……一体誰に?」


 タイソンは首を振った。


「例の……雑種殺しってやつか?」


「間違いないだろうねぇ。同じ殺され方だ」


「ということは……。」


「本名はジューニロウ・マツシタ、ねえちゃんの異母姉妹だよ」


「そう、だったのか……。」


「ショックかい?」


「複雑だがショックでもないよ。あいつが作り捨てたガキなんて、この世界に何人いると思ってるんだい?」


 タイソンは下唇を突き出して肩をすくめた。


「しかしまぁ……不死が殺されるとは、冗談にもならないな……。」

 とクロウが言う。


「……なぜあのお嬢さんが“不死”と言われるかは?」


「どんな依頼も、傷一つ負わずにこなすからだと聞いたことがある。しかも賞金首は全員生かして役人に突き出すとも。つまりはまぁ、かなりの実力差がないと無理なことだろうな。私だって大体その場でカタを付けてるし。どんな奴にだって加減なんてしてる余裕はないよ」


「……彼女には不思議な力があったとも。どんな傷すらもたちどころに治しちまうってぇらしいがね」


「そりゃ治療術ヒーリングの事かい?」


 タイソンは首を傾ける。

「それに関しちゃあねえちゃんの方が詳しいんじゃねぇのかい? あのお嬢さんは一匹狼だったんだ。祈ってる暇なんて命のやり取りやってる最中にあるのかね?」


 クロウはサマンサの事を思い出した。だが彼女が祈らなかったのは単なる強がりだった。

 ロランの言う通りならば、二対一だったとしても詠唱なしの術の行使は効果的な行為ではないはずだった。


「彼女だけじゃあなく、雑種には……何か不思議な力が備わってるってぇ話よ。いや、こりゃあ役所に詰めてる魔道士から聞いたんだがね? アンタ方雑種には、父親譲りの転生者の祝福があるってぇ事らしんだ。父親ほどじゃないが、その片鱗に近い力を受け継いでいるとか何とか……ねえちゃん、覚えがあるかい?」


「……ないよ。きっと私は血が薄いんだろうね」

 と、クロウは機嫌良さげに微笑んだ。同時に、妖しの森でソニアが同じことを言っていたことも思い出した。


「……そうかい。だがアッシが思うに、“不死のユーニ”には何かの力があったはずだ。じゃなきゃ、あんな華奢きゃしゃなお嬢さんがならず者とやりあうなんざ到底無理なわけよ」


「彼女、華奢だったのかい?」


「ねえちゃんに比べりゃ薔薇の茎よ。それなのに記録じゃアンタより上と来てる」


 クロウは自分の腕を見ながら、「そんなに太いかい?」と呟いた。


 タイソンは笑いながら続ける。

「彼女の傷を検分したところ、一撃だった。ほぼ即死よ。その前に他の賞金首とやりあってたみたいなんだが、そいつとの戦いでついたってぇみられる怪我は一切ないにもかかわらず、だ」


 クロウは煙草を手にしたままタイソンの話を聞き続ける。


「これまでの修羅場をくぐり抜けた、ご自慢の祝福とやらが使えなかったんじゃないかってぇことさ」


 クロウの頭の中にあるもやの、その向こうにある何かをたぐり寄せるために煙草を吸って火酒を数口飲んだ。

 どうやら酒のおかげで靄の中にあったものに手が届いたようだ。

「……転生者殺し」

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