7-2
「……そりゃ何だい?」
「この間言ったろ? ゴブリンが使ってたって。妖しの森の魔女がそれを転生者殺しって呼んでてね。私も噂程度には聞いたことがあるんだが、転生者の祝福を断ち切る道具らしい」
タイソンが少し体をのけぞらして感心したように言う。
「……いいねぇ。やっぱりねえちゃんと話してると、とっかかりが見えてきそうだよ。なるほどねぇ、だとしたら“不死”を殺ったってのも説明がつく」
「そりゃあどうも、お役に立てて何よりだ。けれど、今日ここまで足を運んだのは私からもお前さんに聞きたいことがあったからなんだ」
「何だい? アッシにできることなら何でも協力させてもらうよ」
「この領地で東方民族を束ねている奴がいるのなら教えて欲しいんだ」
「……知らねぇこたぁないが、またどうして?」
「昼間に東方民族に襲われたんだ。物取りではないと思う。計画的だったし執拗だった」
「奴らに恨みを買うようなことは?」
クロウはかぶりを振って言う。
「まったく。しかも奴らはこの土地の人間と徒党を組んでいたんだ。聞いたことがあるかい?宗教も文化も違う、戦時中に協力もしなかった東方民族とこの国の人間が、商談以外で一緒にいるなんて」
「なるほど……そりゃあ気になるかもしれないねぇ。よし、いいだろう……。」
そう言ってから、タイソンはより一層クロウに体を近づけ声を潜めた。
「誰か一人をあげるってんなら、ジャービスって男だ。表向きは市場でハーブやスパイスを卸してるが、裏ではコミュニティの調停役をやっている。裏での調停役ってことは……意味は分かるねぇ?」
「それだけで。で、そいつはどこにいる?」
「
「何か……その男の特徴なんかはないのか?」
「背が高いな」
クロウの反応が思わしくなかったので、タイソンが付け加える。
「かなり、高いんだよ。アッシも以前見たことがあるがね、遠目からでもわかる。人生で必ず一度はノッポってあだ名をつけられてるだろうぜ」
「分かったよ。恩にきる」
タイソンは無茶はしなさんなよ、と言って体をクロウから離した。
「ゴブリンか……。この領地にゴブリン狩りを逃れて移動し続けてる一団がいる。そいつらに話を聞く必要がありそうだな」
と、タイソンが言う。
「本気か? 人間のお前さんが奴らの群れに飛び込むなんて自殺するようなもんだぞ。いや、自殺したほうがマシじゃないのか」
タイソンが嘲笑うように言う。
「ねえちゃん程じゃあねぇが、死線だったらアッシだってくぐり抜けてるさ」
「どうしてそこまでするんだ? 役人でもないお前さんが」
「……一言でいやぁ金だね。アッシはこんな顔だ」
そう言いながらタイソンは顔の刺青をなぞった。
「仕事をしようにも良いところは弾かれちまう。できてドブさらいのゴミ拾いさ」
「危険な橋を渡るよりはいいだろう。死んでしまったら元も子もない」
「そりゃあなぁ。だが、その日ぐらしの金だけをかき集めてたんじゃあ生活もままならん。アッシが見つけられる大きな金脈ってのがこの仕事なんだよ」
「家族が、女房がそれを望んでいると?」
タイソンは答えずに、カウンターの店主にこの店で一番強い酒を注文した。
店主がショットグラスの酒を運んでくると、タイソンはそれを一口で全て飲み干した。
灼熱のアルコールの激痛に、タイソンは額全体に皺を寄せた。
痛みが落ち着いてから、ゆっくりとタイソンは話し始めた。
「三十年前、アッシは従軍してたんだ。世に言う英雄戦争ってやつだが、英雄何ざぁ綺麗事よ……。いや、綺麗事ですらなかった。あったのは白々しさだ……。そこで今回の事件みてぇな死体をわんさか見たのさ。アッシはぺーぺーだったから後方で物資の支援やってただけだがね、戦闘後の累々たる死体の山たるや……。あの戦争から帰ってきてから、アッシはどうにもまともになれなくなっちまった。この顔のこれもそんな時にこしらえたもんだ……。一緒に従軍してた故郷のダチ公は帰ってきてから酒に溺れて……ある日家族と心中しちまった。アッシはいつかは自分がそいつみてぇになるんだと思ってたよ。気ぃ狂わして周りを巻き込んで逝っちまうんだと。……だが、そんなアッシをアイツはまともにしてくれた」
天井を仰いでタイソンは付け加える。
「アイツと、アイツの倅がね……。」
タイソンはもう一杯カウンターの店主に同じ酒を頼んだ。
運ばれてきたグラスに口を付ける前に再び話し出す。
「こう言っちゃあなんだが、アイツは目が見えねぇからな。こんな見てくれでも分け隔てなく接してくれた初めての女だったよ」
「……そうかい? そういうわけでもなさそうだったがね。目が見えないからじゃなくて、それ以上のものが見えていたからじゃないのか?」
タイソンは「良いこと言ってれるねぇ」と、笑ってグラスを口に運んだ。
「だから、アイツには報いてやりてぇのさ。倅にも、こんな顔した親父がいるからこそまっとうな人生を送らせてやりてぇ。きちんとした教育受けさせて、いずれは役所勤めができるくらいのな……。」
酒が強いせいか、元々こういう気質の男なのか。今夜のタイソンはよく話した。
「あるいは、私がお前さんと同じ立場なら同じことをやっていたかもしれない。だがやはり危険な橋を渡りすぎだし、女房もそれを心配してる」
「今回で最後よ。最後だからこそ、大きな仕事の成果を手にして終わろうってのさ」
「……なるほど。しかし言ったように相手はゴブリンだ。命の保証はないぜ?」
タイソンは自信げに笑う。
「ゴブリンとの交渉は今回が初めてじゃあねぇ。ある意味、ねえちゃんよりもあいつらに関しては詳しいことだってある」
「そうか。それなら良いんだが。まぁ、無茶はしなさんなよと返しておこうか」
クロウは煙草を缶から取り出しシガレットホルダーに差した。だがマッチが切れていた。
それを見たタイソンが指先でスナップを打った。タイソンの指先に魔法で指が灯される。
タイソンはその火をクロウの煙草に近づけて言った。
「お互いにな」
クロウは煙草を近づけて火を移し煙を吸い込んだ。
「うらやましいね、人間は。小さくても魔法が使える」
「これが限度さ。もっと仰々しいのが使えりゃあ、仕事には困らんかったがね」
タイソンは指を振って火を消した。
「どうかね、なまじ魔法が使えるせいで奴隷になった奴らもいる」
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