6-2
クロウたちは互いに顔を見合わせた。
女同士、すぐにはお互いがお互いに無害だと分かっていた。
クロウは変に探ることも、構えることもなくエルフの娘を観察する。
娘は男が庇護したくて堪らなくなるような可愛らしい顔をした娘だった。
モップハットの下にある栗毛色の髪と、紫色の大きい瞳から伸びるまつ毛が幼さを残している。
だが、騎士様がドラゴンに命懸けで挑んで救い出そうとするほどの美人でもなかった。
動きやすい胸の開いたボディスとショートスカートから、ロランとは違う平民だということがわかった。
初対面とは思われたが、クロウには栗毛色の髪と紫の瞳には何か見覚えがあった。
「何の御用かな?
娘は部屋の中を見渡してから話す。
「クロウ、という方を探しているのですが……。」
「それは私だよ。私がクロウ。因みに、
「貴方が……。」
「そんなところで立っていないで、そちらに座ったらどうだい?」
完全に害がないと踏んだクロウは、一口コーヒーを飲んでから手で正面に座るよう促した。
娘は座ると、居心地が悪そうに何度も座り直し周囲をそれとなく確認していた。
平民といえどエルフだった。辺境のフェルプールの村の、さらに外れにある小屋は、人の住む所とも思えなかったのかもしれない。
クロウはカップを掲げて言う。
「コーヒーは? 淹れたてですよ?」
「結構です」
クロウは椅子に掛けてあった鞄から葡萄酒の入った革袋を取り出した。
「葡萄酒は?」
娘はただ軽く首を振った。
「……貴女のような娘さんが私のような女に何か? 服の仕立てなら来るところを間違えているよ」
「いいえ、貴女の評判を聞いた上でのご依頼ですわ」
クロウは「評判」と、ただ繰り返して返事をした。
「ええ。貴女、かなり優れたレンジャーだと」
「恐ろしいものだね、エルフ界隈にも私の名前が広まったというのは」
クロウがコーヒーの香りを楽しむように微笑んだ。
「恐ろしい?」
キョトンとしたように娘が言う。
「ええ、エルフが命を狙ったり狙われたり、汚いことに首を突っ込み自分の手を汚さずに事を成そうとしているということだ。世も末だ」
娘は目を細めた。その冷たい眼差しはやはり見覚えのあるものだった。
「失礼だが、以前どこかで?」
「いいえ。例えあったならば、貴女のような個性的な女性なら決して忘れないことでしょう」
「では初めまして。お名前をお伺いしましょう」
「私はタバサ・カイルです。ヘルメス侯の屋敷で侍女をしておりました」
「ああ、どうりで……。」
「どうりで?」
「あ~……つい最近、姉君にお会いした」
そして、それ以上の事をロランからは聞いていた。
「あらそうですの」
「とても好感の持てる方だったね」
「そうですの? 姉は何というか……気難しいところがあって、あまり人とは打ち解けないのですが」
「打ち解け合うというか打ち合ったというか……。」
「はい?」
「いや、こちらの話だ。それで、本日はどういったご用向きで?」
「ええ、その……人探しをお願いしたいのですが、こういうのも受けていただけるのかしら?」
「もちろん。ただ、せっかく話を頂いたのに何だが、エルフの娘さんがそういう依頼をするならば、別にここまで来る必要はなかったのでは? さっき言ったように、私に回ってくる話はあまりクリーンなものではないのが常なので」
「いえ、貴女が適任ですわ。その人物は貴女のよく知る方なのですから」
「ほう。……で、その探して欲しい人物というのは?」
「……イヴ・ヘルメス、ヘルメス侯の一人娘です」
クロウは無言でタバサを見た。
「よくご存知でしょう?」
含みを持たせた言い方だった。女同士の独特の察し合いと牽制で培った、死には至らない毒を盛ったような。
「……ええ。つまり、彼女が行方不明になったと」
「昨日の朝から屋敷にはいなかったそうです」
「しかし試練の期間はもっと長かった」
「それは……周知のことでしたし、何よりお供がいたではありませんか」
と、タバサがやや強めに言った。
「また旅に出たという可能性は? どうやら、彼女は父君と不仲だったようだ」
「部屋の荷物が一部無くなっていましたし、使用人に頼んで食料を用意していたらしいのですが……。」
「では一人で旅立ったんだろう」
「そんな、一人でだなんてっ」
クロウは鞄から巻煙草を詰めた缶を取り出した。
「……吸ってもよろしいかな?」
「どうぞ、ここは貴女のお家でしょう」
クロウは爪でマッチを擦って煙草に着火した。
ゆっくり煙を吸いながら、この町娘にどういう言葉で説明しようか思案する。
「……私よりもご存知だとは思うが、彼女は父や世間との折り合い、その齟齬に苦しんでいた。それで、どこか自分を受け入れてくれる、そういう場所や人を探す旅に出たのではないだろうか? 最後に彼女と飲んだ時にはそういう話も出たよ。男子三日会わざれば
「貴女の仰るように私は彼女のことを誰よりもよく知っています。だからこそ、私に何も言わずにいなくなるのはありえないんですっ」
神経質にタバサは言う。
「しかし、現に旅の支度をしていたようだ」
「何かの、間違いがあったんですっ」
話は平行線を辿りそうだった。
何より、愛らしいが布の端の糸のほつれのような危うい感情の話し方をする娘だった。
うっかり引っ張ると、バラバラになって取り繕うのが面倒になるくらいの。
クロウは火種が大きくなる前に話を打ち切ることにした。
「……お引き取りいただこうか、美しい
クロウは床板の節にある穴に煙草の灰を捨てた。
「私を痴話喧嘩に駆り出そうというのはやめてくれ。あいにくしばらくは無駄な仕事をしなくて済む身なんでね」
「……何だか怪しいですね」
攻撃的にタバサはクロウを伺う。
とはいえ、クロウにとっては子猫が爪を立ててきた程度のものなのだが。
「……どういう意味だね?」
「もしかして、彼女がどこにいるのかご存知なんじゃあありませんこと?」
「……そうだね、知ってるよ」
「まぁ、やっぱりっ」
「これから私は旅に出る。そして彼女と落ち合うのさ。令嬢と無頼の女の駆け落ちのアバンチュール。そして辿り着いた誰も知らない土地で二人で末永く幸せに暮らすんだよ。尼僧のようにひっそりとね。……これで満足かい」
「どうやら私、貴女のことが好きなれそうにありませんわ」
「それはお互い様だ」
タバサはテーブルに置いた手提げを取ると立ち上がった。
「無駄な時間を過ごしました」
「それもお互い様だ」
タバサは姉と同じように紫の冷たい目でクロウを睨んでからドアに向かって行った。
「……そういえば、貴女に私のことを教えたのは誰だい?」
と、クロウが尋ねる。
「……私の願いを一つも聞いてくださらない方の質問に答えるとでも?」
そう言ってタバサは出ていった。
姉とは違うかたちで気難しい娘のようだった。
しかし、クロウには一つ気になることがあった。
今話した彼女は、ロランの話から想像していたのとは何かが違っていた。
“三日会わざれば”、ではない。元々別人だったかのような、そんな違いだった。
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