5-4

「ぐっ、言っておくがなぁ、この剣はゴブリンの血を吸ってるんだぜ? 実戦も経験済みなんだよ」

 カルヴァンは鑑定するようにレイピアを自分の前にかざした。

「知ってるか? 首ってのは結構硬くて簡単には切れないんだ。何度も突き刺して弱ったところを、数回にわたって切り裂くのさ。あの肉を切り裂く音、あれをなんと表現したらいいものか……」


「濡れた手ぬぐいを叩きつける音によく似ているな」


 自分の口上にクロウが割り込むとカルヴァンは、へ? と呆けたようになった。


「ゴブリンは何匹?」

 クロウが訊ねる。


「一匹だ! それがどうした?」


 結局のところ、人里に迷い込んだはぐれ者を狩っただけだった。


「時に、ゴブリン以外を斬ったことは?」


「あ、あるわけないだろ、野蛮な奴だっ」


「因みにこの刀は……ゴブリン以外にも人間とフェルプール、オークにリザードマンの血も吸ってるぜ?」

 クロウはわざとらしく思い出したように言う。

「ああそうそう、半年ばかり前にエルフの首もはねたよ。……知ってるか? 首ってのは一撃で綺麗にはねると、真上に飛ぶんだよ」


 カルヴァンの顔どころか、体中が弛緩したようにだらしなくなっていた。


 クロウが首を傾げて「どうした?」と伺うと、カルヴァンは思い出したように再び構えた。

「ハッタリかますな!」


 カルヴァンが切り込んできた。

 腰に手を当て半身で肩から先の力のみで剣を振り回す。

 貴族が庭で家庭教師に習う基本的な剣だった。

 クロウにとっては、一撃目でその先の三撃目まで予想ができた。

 型にはまった連撃で、リズムも常に一定。

 こんな時にも基礎を忘れないカルヴァンは、ある意味優秀な生徒なのかもしれなかった。


「どうした口先だけか? 後がないぞ?」


 クロウは気づくと壁際まで後退していた。

 ハイヒールは脱いでいるものの、やはりこのドレスは動きくかった。

 下手に大きく動けば男たちに不必要なサービスをしてしまう可能性だってある。


 だがクロウはカルヴァンのリズムを完全に読んでいた。

 カルヴァンの突きのタイミングを見計らって左手の鞘を突き出す。

 レイピアの突きを鞘の口に合わせ、刀の鞘にカルヴァンのレイピアを納刀させる。

 レイピアと刀は丁度いい具合に形が違い、鞘はレイピアを根元までくわえ込み離さなくなった。


「!?」


 カルヴァンは予想だにしなかった事態に混乱した。

 クロウは右手で鞘の先端を掴み左手を引く。

 鞘が逆になりカルヴァンの手からレイピアが奪われる。

 クロウが素早く踏み込む。

 カルヴァンの喉元に、鞘による打突が入った。


「うげぇ!!」


 カルヴァンは唾液を口から噴射させ、数歩後ろに下がってからコロリとワインレッドの絨毯の上に倒れた。


 クロウは呼吸困難で痙攣しているカルヴァンに歩み寄り、腰を折って囁きかける。

「落ち着いてゆっくり息をしろ。大丈夫、死にはしないさ」

 そして腰を伸ばしカルヴァンを見下しながら

「多分ね」

 と、付け加えた。


 室内が静まり返っていた。


 クロウは残りの二人を見て言う。

「どうした? 来ないのか?」


 リチャードかジェームズ、それぞれがヘルメス侯を恐る恐る一瞥いちべつする。

 ヘルメス侯は何も言わなかったが、一人がクロウの前に歩み出て抜刀した。


「お前さんも一人かね?」


 クロウがそう言うと、その男はもう一人を見て、どうしようか? という具合に仲間にアイコンタクトを送った。


 ――立ち会い中に目を逸らすな間抜けめ。


 その隙をついてクロウは間合いに入り込み再び鞘で喉に打突を入れる。

 その男も唾液を吹き出して倒れ込んだ。


「実戦とはこういうものだよ?」

 独り言のようにクロウは言った。


 目の前で仲間がやられたにも関わらず、最後の男はクロウの前に立った。

 彼らにとっては、ヘルメス侯の不興を買う事の方が恐ろしかったのだ。

 男は得物のバスタードソードを構えた。

 最後の男はカルヴァンたちとは違い、用心をするようになり簡単には隙を見せなかった。

 細かに立ち位置を変え、剣先を揺らしながら攻撃に備えていた。


 クロウが片手下段に構えている刀を返して威嚇する。

 男は萎縮して半歩後ろに下がった。


 ――どうやらこちらから仕掛けないと動かないつもりだな……。


 クロウは踏み込みながら左右の切り上げを放った。

 元々間合いギリギリだったので、男はその剣撃を後ろに下がってかわした。

 二段目の切り上げから袈裟斬り。

 その袈裟斬りの終りを狙って振り回すような上段切りを男が放った。

 クロウは刀を肩に密着させるように寝かせて、その上段切りを斜めに受け流す。剣の重さ、体格の違いでクロウの体が少し沈んだ。

 受け流したあと、その体勢から上段を打つ。

 だがリチャードジェームズに受け止められる。

 仕掛けたクロウの体重が軽いため弾かれた。

 男は自分の得物と体格の有利さを悟り、連続でバスタードソードを打ち込み始めた。

 クロウも打ち返すが、どちらにしても弾かれる。

 クロウは攻撃を体にぶつかる手前で何とか受け止め防戦一方……のように見せかけていた。

 男は体格と力で押し切ろうと大振りで上段を打つ。

 クロウは肩を引き紙一重でかわす。

 前進する勢いで二人はすれ違った。

 すれ違うと共に男は振り返って、再び斬りかかる。

 すれ違うと共にクロウは振り返らず、刀の柄を後方に突き出す。


「ぐっ……。」

 

 柄は男の喉の寸前で止まっていた。

 男は上段で構えたまま動けなくなった。

 男は一歩後ろに引いて逃れようとする。

 クロウは柄を引き刀身を反転させ前に出し、腕を伸ばして切っ先を男の喉元に突きつける。


「うぉおお……」

 男は再び上段で構えたまま動けなくなった。


 刀を突きつけたままクロウが囁く。

「……鞘でやったことを抜き身でやられたらどうなるかわかるな?」


 敗北を知った男は、申し訳なさそうにヘルメス侯を見た。


「役立たずどもが……。」

 ヘルメス侯は彼らに一瞥もくれずにそう言った。

「私が思うより、優秀な戦士らしいな……。」

 ヘルメス侯は椅子の上で頬杖をつきながら言う。

「……ウォレスを呼べ。お前ら戦場を知らん青二才では話にならん」

 と、やはり一瞥もくれずカルヴァンたちに命じた。


 既に呼吸を整えて立ち上がっていたカルヴァンは、悔しそうに下唇を噛み締める。しかし主人に逆らうことなどはできるはずもない。

 カルヴァンたちはよろめきながらも部屋を出ていった。


「父上……。」

 “ウォレス”の名を聞いたロランが困惑して言う。


「異論はあるまい。ただこの役たたず共に仕事を与えていた私の手落ちが証明されただけの話だ」


 「手落ち」と言っておきながら、自分の非を認める言葉では一切なかった。むしろ、限りなく冷淡に彼らを突き放したものだった。


「どうやら演芸場に迷い込んだようで。次はどんなコメディアンがご登場なのでしょうか?」

 そしてクロウは既にこのエルフが気に入らなくなっていた。


「……貴様、その口の利き方でどれほどのものを失ってきた? はねっ返りの小娘が生き延びられるほど、この世界は緩くはないぞ」


「三人の“役立たず”を倒せるほどには役に立っています、サー」


 ヘルメス侯も気に入らないように鼻笑いをした。

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