3-5

 イブはその晩、指定された裏庭の物置小屋を訪れた。

 まだ誰もいなかったが、作業机の上に『樽の中に隠れていろ。お前が樽に入っているか、小屋にいないことが分かったら始める』と書かれた置手紙があった。


 イヴは嘘だとまだ信じていた。

 実は兄妹も本当に自分が来るとは思ってはいないのだ。

 あれはハッタリであり、いざ来てしまうと困ってしまうか、もしくは結局誰も来ないのだ。

 そんな甘い予想が心の奥底にあった。


 イヴは兄妹が自分を見つけても隠れたりせず、堂々と振舞うつもりだった。

 しかし慌てて指定されたとおり樽の中に逃げ込んでしまった。

 遠くから聞こえてきた足音と声が、一人二人のものではなかったからだ。


 樽の中で息を潜めていると、まずロルフが入ってきた。

 古い樽だったので所々穴が空いていて、隙間から様子が伺えた。

 そこから見えたのは、ロルフだけではなかった。

 タバサと、三名の見知らぬ男たちがいた。

 それはロルフが普段つるんでいる、街の商人を始めとする富裕層のドラ息子たちで、全て人間だった。


 ロルフは先頭に入り、すぐに置き手紙がないことを確認する。

 そして他の面子に悟られないため、またイヴが飛び出してくるのを防ぐために真っ先に樽の上に腰を掛けた。


 面子の一人にイヴよりも黒い肌が黒く、服を着ていても筋骨のたくましさが分かる大男がいた。男は物置小屋の机を真ん中に移動させそこに酒盛りの準備を始める。

 それよりも小柄で赤毛のウェーブのかかった長髪とヒゲが特徴的な男は、白いシーツを物置の奥にある藁の束にかけ、即席のソファを造り上げた。

 もう一人の男はその二人よりはかなり小柄だった。短く真っ黒な頭髪の下にある表情は少し緊張気味だった。ここに初めて来るのだろう、テキパキと準備をこなす他のメンツを遠巻きに見ているだけだった。

 タバサはというと、ロランに誘われ即席のソファの真ん中に座り込みいつもの純朴な笑顔を浮かべていた。暗がりのせいか、イヴにはその笑顔に少し艶な香りがするような気がした。


 五人が集まって始めたのは酒盛りだった。

 実家の悪口を冗談交じりに口々に言い合い、酒を飲み交わしでたらめになりながらどうでもいい話をしていた。

 その悪口を言い続けることによって何かが改善されることはないし、何よりお互いがお互いの話など聞いてはいない。

 そういった意味では、ここに集まっているのが良家の子息たちであろうと、街の安酒場の光景と大差はなかった。


 ――結局ただの宴会なのか。

 イヴはわざわざ人目を避けてここまで忍び込んだ事を後悔していた。

 次第に好奇心よりも睡魔に支配されそうになった頃、ふと聞こえてくる音が奇妙なものになっていることにイヴは気づいた。

 酒盛りだというのに言葉が少なくなり、呼吸に粘着質のある重みさえ感じる。

 イヴが息を潜めて樽の間から外を見ると、そこには信じがたい光景が広がっていた。


 最初は赤毛の男がタバサに覆いかぶさり体をこすりつけていたのだと思った。

 だがすぐに角度が変わり、二人が口づけを交わしているのだと分かった。

 子供同士や社交辞令でやるものではなかった。イヴが初めて見る、大人同士の情事で行われるものだった。

 彼女を無理やり押さえつけているのだという怒りの火種は、タバサの表情を見て一瞬で消失した。

 タバサは愉快そうに、鈴の音のような笑い声を上げていた。イヴが聞いたことのない声だった。

 それだけで、イヴは心臓に氷の棘が刺さったような痛みを覚えた。


 赤毛の男がタバサの上着を脱がせた。

 子供の頃とは全く違う、彼女の成長した胸が露わになった。

 幼い頃、一緒に水遊びをした砂糖菓子のような淡い思い出が、軽い音を立て壊れる音がした。

 次に男は夢中になってタバサの乳房にむしゃぶりついた。

 魅了されながらもそれにイブは吐き気を覚えた。


 男はタバサの服を上から順番に脱がし、はだけだ部分から順番に、乳房にそうしたように唇と舌を這わせていた。

 ロルフが樽の中を意識しながら

「他の奴も控えてるんだからあんまり汚すなよ」

 と、赤毛の男に声をかけた。


 それでも我慢できなくなったのか、男はタバサのスカートの中をまさぐり下着を剥ぎ取った。そしてそのまま自分の腰をタバサの腰に密着させる。

 イヴは「やめろ!」と思わず声を上げそうになったが、それもタバサの嬌声きょうせいで飲み込まされた。

 

 イヴには分からなかった。

 女の家庭教師から初潮が訪れた時、男女の関係に関しては教わってはいた。だが、それを聞いた時、イブは何とおぞましいことだろうか嫌悪感を抱いた。

 自分だったら絶対に吐き気を催してしまうと思っていた行為だった。なのに、よく知っているはずの幼馴染が喜びながらそれに興じている。

 なぜ抵抗しないんだ。抵抗してくれ拒んでくれ。

 ほんの少しでもその素振りを見せてくれれば、イヴはすぐにでも樽の中から雄叫びを上げて飛び出し、その集まりを台無しにするつもりだった。


 しかしそうはならなかった。

 幼馴染は受け入れていた。

 男の愛撫も性交渉も全て。

 20年一緒にいながら見たことのない表情と聞いたことのない声を上げるその女は、幼馴染の体を持った別人かと思われた。


 赤毛の男が突然吠えるように喉をうねらせたかと思うと、腰の動きを速め始めた。

 一旦動きが引きつったように止まった後、全力疾走したあとの馬を思わせる息切れと体の震えとともに体を幼馴染から腰を離す。

 体が離れたその男の背中は萎んだかの如く、女に抱きつく前に比べて小さくなったように見えた。


 男が離れた後、ロルフは「まだいけるか?」とタバサに声をかける。

 女は悪巧みをするような笑みを浮かべた。

 その笑顔を見てロルフも笑い、そして黒い肌の男に目配せをする。

 その体の体は今までイヴが見たことないほどの筋肉で覆われていた。


 男はタバサを抱きかかえると、持ち上げた状態で腰を密着させて体中の筋肉を使って女を揺さぶり始めた。

 揺さぶりに合わせてタバサは驚きとともに愉快な声を上げる。回数を重ねるごとにその声は間抜けた様相を帯び始めていた。

 しだいにタバサの顔からは笑顔が消え、体を支える力も次第に弱々しくなり、最後は関節の壊れた人形のように男の腕の中でカクンカクンと揺れていた。

 黒い肌の男は、最初の男のと同じく数回呻くとタバサを即席のソファに横たわらせた。


「おいおいタバサ、もうヘタったんじゃないだろうな?」

 ロルフが杯の葡萄酒を飲みながら笑う。

 しかし、それはやはりまたイヴに向けられていた。


「ちょっと、凄かったから……。」

 それを聞いて嬉しそうな顔を浮かべる黒い肌の男を、ロルフがまた笑いながら小突いた。


「よぉし、じゃ次はお待ちかねのフィリップだ。準備は……万端だな」

 ロルフはフィリップという黒髪の男の股間を見て言う。


 黒髪の男は緊張して他の二人よりも服を脱ぐことにためらっていたようだった。

 しかし、赤毛の男がフィリップの背後からズボンを思いっきりくるぶしのあたりまでずり下ろした。いきり立った股間の男性器が上下に大きく揺れて顔を出す。

 黒髪の男を除く四人が、タバサも含めて大笑いをした。


 黒髪の男はズボンを完全に脱ぐのを忘れ、タバサの近くに膝をついた。

 赤毛の男が、

「タバサ、よろしくな。コイツを男にしてやってくれ」

 と、声をかける。

 タバサは赤毛の男を一瞥する。そして黒髪の男を舐めまわして挑発するような視線で微笑みかけ、腰の方に顔を近づけた。


 最初イヴからは男の尻に隠れて何をしているか見えなかった。それに気づいたロルフが、使黒髪の男を移動させる。すると膝まづいたタバサが黒髪の男の性器を手でしごいている様がイヴの目に飛び込んできた。

 イヴはもう耐えられなかった。

 嵐の夜に、稲光と雷鳴に怯える子供のように、樽の中でうずくまり耳を塞ぎ全てが過ぎ去るのを待ち続けた。

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