オタサーの姫だけど、根性と努力で強くなる!!

富升針清

第1話

 ここは、獣人の楽園『ララ・エル』。

 眠る神々を守るため、多種多様な獣人達が、この地に根を張り生活を続けている最後の楽園。

 街の外には、神々の眠りを妨げるためにドラゴンや魔物が多くいて、沢山のハンター達が日夜この世界の平和の為に己の刃で戦っている。

 猫人族の闘拳士である、私『かのん』もその一人……、ではないんだけどね?


「かのん姫、お疲れ様ー」

「ふぇー。源十郎太さんもお疲れ様ですぅ♪」

「姫ちゃ、乙乙」

「タッツーさんも、お疲れ様です♪」

「姫、今日はこれで上がる?」

「ちょっと、眠いけど……。 まだ、かのん、皆と一緒にいたいですぅ」


 私がそう言えば、皆ハートのエフェクトを送ってくれる。


「姫はまだお子様だからー」

「もー、琳さん酷いですぅ! いつも言ってるじゃないですかー! もうかのんは大人なのですよー!」

「こんなに小さいのに?」

「にゃー! 源十郎太さんも酷いですー! かのん、小さくないですぅ!」

「声、ガチロリ声じゃん」


 人より高い声が、コンプレックスだった。

 けど、ここの人達はそれを可愛いと褒めてくれる。

 寧ろ、求めてくれている、この感じ。

 私は、画面の向こうで口をニタリと歪めた。

 

「今日も姫ちゃは可愛い」

「小さいは正義だよ」

「もー! かのん小さくないのにーっ。 リアルでも、背を伸ばす為に頑張ってるんですから」

「やっぱり、リアルでも小さいのかー」

「わかってた」

「はわわ。ち、違うのー。今の、忘れてーっ」

「焦るかのん姫も可愛い。そんな、頑張るかのん姫に今日プレゼントがあります」


 源十郎太さんがそう言って、プレゼントを渡すコマンドを私に送ってくれる。

 

「ふぇ? かのん、今日お誕生日じゃないですよ?」

「いいから、いいから。開けてみて!」

「ふぇー……。何だろー?」


 私は、カーソルをプレゼントに移動させる。

 リアルでは、誕生日だって親以外は祝ってくれないのに。

 

「あっ! これっ!! 今イベントで開催されてる、『秘密結社フローリス』とのコラボ装備じゃないですかっ! は、はわわっ! これ、確かURですよね? 全然出ない、やつですよねっ?」

「そそ。昨日ガチャ引いたら偶然出ちゃってー。俺着ないからかのん姫が着てよー」

「ふえぇぇっ! これ、凄く欲しかったんですぅ!」

「姫、ずっと最近この衣装可愛い可愛い言ってもんね」

「源十郎太氏もにくい事をするもんだな」

「ふぇぇぇ! 大事にするですっ! ふぁ、あ、あのっ、今から着替えにルーム戻って大丈夫です? 皆、待っててくれますか?」

「勿論!」

「早く見たい、見たい」

「行っておいで」

「はいですぅ!」


 今いる始まりの町、『マハティス』の奥にあるマイルームに続くドアへ、私は走った。

 これ、凄いの、私知ってる!

 確率、本当に詐欺のレベルで出来ないんだよね!

 掲示板でも、本当にやり込んでるレベル200以上の人の一握りしか持ってないって書いてあった!

 こんなものを、ただで手に入れてラッキーっ!

 やっぱり、姫って最高っ! 私、レベル25なのに、凄くない? こんなに、貢がれてて、愛されてて凄くない!?

 欲しいと言っただけで、何でも手に入るの、凄くない!?

 ああ、やっぱり、私は本当にここのお姫様なんだ。

 

 そう、私は、今、この『ララ・エル』を舞台にしたオンラインゲーム『ステラエル』で職業『姫』をやっている。


 ゲームと言っても、私はほぼ、私のファンとお喋りするだけにやってるけど。

 ドラゴン、魔物なんて戦わなくても、皆が勝手に倒してくれるし。

 私は、頑張れ! 頑張れ! って可愛く応援する職業なの。

 チャットが遅くても、音声会話もできるから、パソコンが苦手な私でも、簡単に出来るんだ。

 可愛く会話して、応援すれば、簡単にイージーモード。

 リアルとは大違い。

 だって、ここでは、自分でお金つぎ込んでガチャを回さなくても、私がお願いすれば、誰かが叶えてくれるんだからっ!

 

 さっそく、『秘密結社フローリス・儀式の装備』をマイルームで着替えて、私は早速町を歩く。

 皆、凄い私を見てる。

 こんなにも、珍しい、凄い装備をしているだけで、皆が凄い凄いと言ってくれるんだ。

 凄いって、私の事? それとも、この装備の事? この装備が凄いのであれば、その装備を持っている私はもっと凄いから、やっぱり私が凄いんだっ!

 そんな事を思いながら、待っている皆の元へ走って戻った。

 気分は、最高っ!

 

「滅茶苦茶似合うっ! 可愛いっ!」

「やっぱり、その衣装出た時、かのん姫が着なきゃって思ったんだよねっ」


 案の定、私の姿を見た皆は、私の事を沢山可愛いと言ってくれた。

 皆、皆、私を褒めてくれる。そんな事ないよと言えば、そんな事あると、大きな声で言ってくれる。

 可愛いって、本当に大事。

 女の子はやっぱり可愛くなくちゃ、存在意義がないよね?

 そう、思っていた時だった。

 

「あんた、『白猫姫騎士団』の姫って子?」


 聞きなれない人の声に、私は振り返る。

 白猫姫騎士団とは、私、かのんを守る騎士たちのギルド名である。

 私は姫だから、その団には入れない、と言うか、別に入りたくもないけど、私は所属していないギルドだ。

 ただし、そのギルドの存在意義は私なので、私が姫と言われれば、確かにそうなんだけど……。

 振り返れば怪しげなフードに身を包む男性が立っていた。

 この人誰? 突然声を掛けられることはあっても、見知らずの人に姫って言われるのは初めて。そんなに私姫っぽいかなー? そんなつもり、ないのになぁー。

 

 それにしても、余り見かけない感じ。被っているフードから見えるしっぽはふさふさだし、人狼族なのかな。

 人狼族って強い人多いんだよね。このサーバーで一番強いギルドの団長も、確か人狼族だって聞いたことがあるし。

 この人も、私の騎士になりたいのかな?

 

「ふ、ふぇ……。そうですけど……?」


 私は、怯えた様に皆の後ろに隠れながら、少しだけ顔を出す。


「行き成り声掛け、辞めて貰えますか? かのん姫は男性が苦手なんです」

「源十郎太さん……」


 私を庇って、源十郎太さんが男の前へ立ってくれた。

 源十郎太さんは、白猫姫騎士団の団長でもあって、一番強くて、私に一番優しい人。

 男の人は怖くて苦手だけど、源十郎太さんはお兄ちゃんみたいで怖くないんだ。

 リアルでは、お兄ちゃんなんていないけど。

 

「あ、すんません。でも、俺女性アバター持ってないんで、変えてこられないんっすわ」

「わざわざアバター変えなくてもいいけど、かのん姫と話すなら、まず俺を通してくれるか?」

「お兄さん、誰?」

「白猫騎士団の団長、源十郎太だが?」


 因みにだけど、源十郎太さんは滅茶苦茶強いんだよ!

 ネットでも度々名前があがるし、対人戦専門の闘技場でも、毎回上位五十位の中に入ってる人なの。

 ここら辺の人達は皆、源十郎太さんの名前を知ってるぐらいなんだから。


「あ、そっちのギルドマスターさん? 姫がギルドマスターじゃないんだ」

「かのん姫は姫で、ギルドに属するなんて出来るわけがないだろ。で、君は? 入団希望者か? 悪いが、かのん姫が君の事を酷く怯えているし、入団は……」

「入団する気なんて、ないって。俺もギルドマスターだし」

「は? じゃあ……」

「んー。姫とやり合うなら、まずは、まずはお兄さんを倒さなきゃいけないわけだ。おっけー。そう言うの、嫌いじゃない」

「何を一体……」

「俺の名前は村正。お兄さん、レベル100ぐらいあるよね?」

「え、レベルは200だが……」

「おっけー、おっけー。文句なし。じゃあ、お兄さん、俺とここで『決闘』してよ。お兄さんが負けたら、姫貸して?」


 せ、『決闘』って!

 ここで対人戦!?

 このゲームはプレイヤー同士の戦い、PKを認めてるけど、町の中でする人、初めて見ちゃった!

 しかも、相手に源十郎太さんを選ぶなんて……。

 源十郎太さんが負けたら、私を借りるって、……告白? えー!?私、あの人の事、今日初めて知ったんだけどっ!

 でも、いつもは騎士団の掟で姫に告白は禁止されてるし、こう言うの初めてでワクワクしちゃうかも。

 私、ちょっぴり悪い子……。

 でも、レベル200の源十郎太さんが負けるわけないし、あの人狼族の子、ちょっと可哀そうだな……。

 後で、皆には内緒だけど、こっそり個人チャットして慰めてあげよ。


「お前、かのん姫が狙いなのか?」

「ん。そうそう。最初から用事はあっちなんだけど、お兄さん通さなきゃダメなんでしょ? だったら、最初にお兄さんから倒してあげるよ」

「俺も舐められたものだな……。いいだろう。この決闘、受けようじゃないか」

「あざっす。あ、でも人多いし場所変えたい?」

「お前の事を思うなら、変える所か、帰る事を推奨したいがな」

「あはー、強気ぃー。じゃ、早速やりますかー」


 町の中が騒めき立って、私達の周りに人垣が出来てきちゃった。

 

「げ、源十郎太さんっ!」


 あまりあの子、虐めないであげてね?

 見た事もない装備だし、まだ始めたばかりの子かもしれないから。

 そう言おうと思ったのに、源十郎太さんは私の前に跪いて、私の手を取る。

 

「かのん姫の為に俺は戦う。そして、勝つから。見守っていて欲しい」


 ふ、ふぇぇっ!

 お兄ちゃんみたいなのに、ちょっと、ドキッてしちゃった……。

 

「姫ちゃ、危ないからこっちに」

「あ、でも、源十郎太さんがっ!」

「源十郎太氏なら、大丈夫。姫も源十郎太氏の実力は知ってるでしょ?」


 私は、タッツーさんと琳さんに囲まれながら、人垣の方へと歩いた。

 ふ、二人が傷つくのなんて見たくないよ……。

 なんで、人と人が戦うの……? 酷いよ。こんな世界。

 二人が私の事で争うなんて……っ!

 

「さて、準備はいいか?」

「おっけー。あ、お兄さん壁役の片手剣かー」

「ああ、そう言う貴様は双剣使いか」

「相性悪いね」

「辞めるか?」

「いや、別に。普通の壁役なら全然平気」


 そう、人狼の、村正と名乗った男は、笑いながら言うのだ。

 双剣と片手剣って相性悪いの? 私、そう言う事、全然知らないや。


「憎まれ口を良く叩く奴だな」

「あはー。よく言われるわ。それ」

「しかし、それも此処までだ。行くぞっ」


 源十郎太さんの剣が、村正さんへ向く。

 ふぇぇ……。村正さん、倒されちゃう。

 二人とも、私の為に争わないでっ!!

 

「え?」


 あれ。

 涙エフェクトの準備をしていた私は、間抜けな声が出た。

 それは、源十郎太さんの剣が、予想外のものを切りつけたからだ。

 村正さんを切りつけたはずなのに、彼は源十郎太さんの攻撃をいともたやすくギリギリのポイントで避けたのだ。

 空を切った源十郎太さんの剣は、彼のフードを引っかけて、地面に付く。

 剣で引き裂かれたフードからは銀髪の狼の耳に、銀色の瞳。

 誰かが、声を出す。

 

「あれ、『オリオン皇帝軍』の団長じゃない?」

「え……」

 

 オリオン皇帝軍。それは、このサーバーで一、二を争う最強ギルドの一つ。

 

「オリオン皇帝軍の、村正だっ!」

「最強の双剣使いって、レン様が言ってた人だよね?」

「あの団長が一般プレイヤーにPKって、何かあったの?」


 火が付いた様に、周りの人たちが口早に囃子立てる。

 え?

 オリオン皇帝軍の団長!?

 凄く、有名な人じゃないっ! 私でも、流石に知ってるぐらい。

 そんな凄い人が、こんな公衆の前で、私に告白……?

 えー! どうしようっ!

 

「お忍びだからフード被ったのに、取れちゃった」

「オリオンの、団長……」

「ま、そんな事もしてるけど、今回は普通に俺の都合で来ただけ。オリオン、全然関係ない、ない。それよりも、人熊族の火力全然活かせてないよ、お兄さん。その種族、片手剣と相性悪いって」

「っ!」


 今度は、村正さんが地面を蹴る。

 最初の一撃を何とか源十郎太さんは盾で防ぐも、素早い連打攻撃に対応しきれず見る見る彼の上にあるHPバーが減っていく。

 何で源十郎太さん回復とかしないんだろ?

 薬草持ってないのかな?

 

「双剣は火力ないけど、素早さ特化の手数勝負。手数が入りにくい片手剣とは相性最悪だけど、お兄さんぐらいの強さなら、こっちの攻撃についてこれなくて逆にこっちが有利なんだよ」

「汚いぞっ! 武器に毒属性を……」

「は? 何言ってんの? それ含めて、『強さ』でしょ?」


 村正さんの双剣が、源十郎太さんの腹を引き裂く。

 源十郎太さんのHPバーは、透明になり、彼は地面にゆっくりと倒れた。

 それと同時に、源十郎太さんのアバターが消えて行く。

 割れんばかりの歓声が、広場に広がった。

 双剣をゆっくりと終いながら、彼はゆっくりと私の方に向かって歩いくる。

 タッツーさんも琳さんも、誰も私の前に立とうともしない。

 私を守ろうともしない。

 

 私が、彼に奪われるかもしれないのに……。

 でも、ドキドキしている自分がいるの。

 私……。

 

「さて、姫」

「は、はい……」


 村正さんは、私を見下ろしながら私の手を掴み、口を開いた。

 明日には、私はオリオンの団長の彼女だとか、言われちゃうんだ。

 皆から、噂されちゃうんだっ!

 そんな、騎士団の皆の姫じゃなくなっちゃうし、でもでも、オリオンの団長には逆らえないし、源十郎太さんを倒してまで私を奪いに来るって、本気だって事だし、私、どうしたら……。

 

「俺はあんたに『決闘』を申し込む」

「……は?」

 

 ……は??

 

「最近、結構白猫騎士団、ギルドランキングに食い込んできたし、その姫ってどれだけ強いか興味出て来てさ。結構ここの強い奴らとは戦ってきたんだけど、猫人族で闘拳士だろ?滅茶苦茶アホの極みみたいな組み合わせで、最強である『姫』と呼ばれてるんだから、どれぐらい強いのか、試させてよ」

「えっ? は?」

「あんた、『闘技大会』にも出てないだろ?うちのメンバーもあんたと戦った事ないって言ってるから、もうここは、直接手合わせした方が早いと思ってさ。じゃ、決闘の申し込み送るから、承諾してくれよな!」

「え、あ、ええっ!?」


 私がタッツーさんと琳さんの方を向けば、もう二人の姿はない。

 ログアウト!?

 私を残して!? は!?

 

「早く承諾してよ」

「え、いえ、あのっ! 私っ」

「それとも、俺との決闘が受け付けれないって言う訳?」


 銀色の瞳がギラリと私を睨みつける。

 嘘でしょ?

 今までの件は告白で、しょ?

 姫である私への、告白する為でしょ……?

 

「何か、問題でもあるの?」

「な、ないですっ」

「じゃ、早く押してよ。装備だって、今の最強URじゃん。変えるものないでしょ」

「は、はい……」


 もう駄目だ。逃げられない。

 私は震える手で、承諾ボタンを押した。

 

 それが、決闘の承諾ボタンではなく、『姫を辞める』承諾ボタンだなんて、その時の私はまだ気付くはずがなかったのだった。


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