不思議って身近にありすぎると凄さが薄いな……

とゅっちー

秋のとある一日

 漫画の中の世界では高校生になったとたんモテ始めてハーレム騒動が起きたり、異世界に飛ばされてワイワイ冒険をするとかが起こったりするのが普通だ。俺が中学の時に読んだライトノベルだと大抵そんな感じ。現実にそういうのが起きないのはわかるけど誰だってほんの少しくらい可能性は感じるものだと思う。もしかしたら……っていうレベルで。

 俺もその一人だ。ただ、そこまで非現実的なのじゃなくても高校生活でほんのちょっぴり危険なことがあったり普通と言われるものじゃなかったりするくらいの体験をしてみたかった。

 それなのに神様は俺の願い以上にそれらを与えてくれたみたいだ。もうこれは神様からの好意というより悪意で叶ったとしか思えない。

 多分こんなことになんの意味もないんだろうけど俺は手にマジックを持って目の前の短冊に大きく文字を書いた。

「神様が消滅しますようにっと」

「何書いてるの?」

 ベランダで俺が切実な願いを短冊に書いていると俺の後ろからひょこっと顔が出てきた。

 こいつが神からの好意、もとい悪意で出会ったやつパート1、『魔女』だ。もちろん本名なんかじゃない。でもまあ、こいつはまだまともな方だ。ちゃんと話も通じるし顔もまあまあかわいい。なにが厄介かというと頭の中身が残念なんだ。

 魔女との出会いは入学式の朝、曲がり角でたまたまぶつかったことだ。遅刻しそうで焦っていたわけでもましてや走ってたわけでもないけど勢いよくぶつかって倒れた。そして気付いた時には目の前に魔女の顔があってもう少しでキスができそうなほどの距離だった。少女漫画と違ったことは魔女の朝ご飯が、食パンではなく米だったので魔女はお茶碗を持ってぶつかってきたことだ。おかげで入学早々制服が米粒だらけになった。最初の授業は米除去なんて笑えないぜ。

 一応ぶつかったことに驚いたので「どこのラブコメだよ」って俺が言ったら

「大丈夫! 君ならいけると思って狙ってやった」と頭のネジが飛んだような答えが返ってきた。そもそも魔女が俺をいけると思った時、俺は魔女の存在すら知らない時だ。怖い。

 ちなみに魔女曰く、俺のことが好きとかじゃなくてただ『ぶつかっても怒らなさそうな人間』だったに過ぎないらしい。多分同じクラスじゃなかったら絶対関わらなかった人間だと思う。

 話してみたら意外といいやつなんだけど時々ぶっ飛んだ言葉を発したり行動をしたりするのはやめてほしい。

 ところで今は夏休み真っ盛りの午後1時。

 今、俺の部屋にいるのは俺とこいつだけ。これが何を意味するかは説明しなくても分かるだろうか。

「なんで短冊に願い事書いてるの?」

「知らないのか? 日本では7月7日に笹に願いを......」

「いや、それは知ってるんだけどなんで今? もう11月、というか12月だよ? 笹の葉じゃなくてツリーを飾る時期じゃないかな?」

 頭がおかしいわりにこういう時はまともなことを言う魔女。確かに今は11月下旬。風が冷たくなってきて冬が来るんだぞと風が叫んでいるみたいだ。そんなことはわかってる。わかってて笹を吊るしてるんだ。

「今から吊るしとけば来年の七夕までにどうにかなってないかな、と。それより終わったのか?」

「ううんまだ。いいのが降りてこなくて」

「なら俺に構ってるよりネタを出せ」

「はーい」

 スタスタと魔女はベランダから部屋においてある机へと戻っていった。

 もう理解出来ただろう。

 魔女は俺の部屋で冬の最大イベント『コミットパーティ』に出すための本、もっと詳しく言うなら同人誌を描いているのだ。

「ごめんね! エアコン壊れたから部屋借りる!」と俺が玄関を開けた瞬間に言われて意味が分からず、とりあえず家に上げたらパソコンを立ち上げて原稿を描き始めたんだ。なぜ「貸して」じゃなくて「借りる」という言葉だったのか、とかお前BL好きだったのか、とかいうツッコミは魔女には通用しないと思ったから今は自由にさせてる。今は三連休の頭で俺も特にやることがあったわけじゃなかったし。

 ただ、どうして俺の家に来たのかしばらくは謎だった。まあすぐにわかったんだけど。

「翔くん、ちょっとこのポーズしてみてくれない?」という具合に描くにあたっての見本ポージングをやらされている。実はこの短冊を書く前もネコのようなポーズをやらされていた。

 別に嫌とかじゃないけどモデルみたいに見られるのに慣れてないから少し恥ずかしい。それで現実逃避も兼ねて七夕用の短冊を書いていた。さっきも見た通りあいつは今、ネタを思いついてないからポージングも頼まれず、まあ簡単に言えば暇なんだ。

 秋風に吹かれているとピロンピロンと携帯が鳴った。

 ズボンの右後ろポケットから取り出して確認すると神様の悪意パート2、勇者からメールが来た。もちろんこれもあだ名だ。

『お前ん家の近くの怪物出たから倒したら行く』

 近くに寄ったから行くね? のノリで書かれているから普通の人が見たら面白半分の冗談だって思うだろう。だけどこいつにとっては嘘じゃないらしい。らしいっていうのは俺自身が怪物に出会ったわけじゃないからそう言うしかないわけで別に勇者のことを信じてないとか中二病だとか思ってるわけじゃない。ほんとだよ?

 勇者が怪物と戦っているのを知ってるのは俺とここでさっきから原稿を描いている魔女、あと2人くらいだから信じられないのも無理はないだろ。あとの2人も神の悪意なんだから少し笑える。

 短冊も吊るしたしもうベランダに用がなかったから窓を閉めて部屋に戻った。部屋では魔女が必死に原稿の上で筆を走らせていた。俺が勇者からのメールを見ている間にネタが思いついたみたいだ。多分もう少ししたらポージングを頼まれると思う。

 そんなことを思いながら魔女を見ていると部屋に来客を知らせるベルが鳴り響いた。魔女はその音すら聞こえていないようでただひたすらにパソコンとにらめっこしている。俺の家なので特に気にせず玄関に降りていく。勇者がもう怪物を片づけたのだろう。

「はい」

「こんばんは」

 ガチャリと玄関を開けると目の前にいたのは小柄な勇者ではなくもっと大柄で俺よりも背の高いやつ、そして神の悪意パート3、人形だった。人形っていうのは意思のない操り人形から来たあだ名でこいつが一度も自分の意見を言ったことがなくてずっと誰かの意思で動いてるように見えるから人形って陰で呼ばれるようになった。

「あれ、いきなりどうしたんだ?」

 人形とはあんまり仲がいいとは言えない。普通に友達だけど、家に入れたことは今までない。というか家の場所を教えた覚えもない。

「多分そろそろ集中力が切れたと思ったから差し入れ」

 人形はボソッと囁くように言った。人形の手を見るとスーパーの袋が見えた。中に何が入っているかまではよく見えないけど人形の言葉から読み取ると甘いものだと思う。

 「誰に差し入れ?」って聞かなくてもなんとなく分かった。人形の眼を見たら俺に言ってるんじゃなくて俺の家に上がっている魔女に向って言っているんだと思ったからだ。それにしてもよく誰にも言ってないのに魔女がいることが分かったな。

「なんとなくだよ」

 人形は俺の耳元でボソッと呟いた。それが俺の心を読んでなのか普通の人なら思う疑問に無難に答えたのかはわからなかった。そもそも事故意思のない人形の考えていること自体誰にもわからないし。

 スタスタと階段を上がって自分の部屋のドアを開けると原稿を描いている魔女に加えてなぜかもう一人女子がいた。神の悪意パート4、電波だ。

 電波はインターネットボーカルアイドル、いわゆるネトドルをしている。これは3DCGで作ったモデルに躍らせたりイラストに歌わせたりするもんじゃない。電波自身がパソコンに入ってネトドルをしているのだ。なんていうか言葉にすると意味不明だけど目の前でパソコンに入り込んでるところを見せられたら納得するしかない。決して魔女みたいに頭が電波というわけじゃないことを信じたい。

 はあとため息をつくと電波は俺に気づいたみたいでフルフルと俺に手を振った。なんで俺の部屋に集まるんだとかもう正直どうでもいい。ただせめてこの部屋を自分の部屋みたいに扱うのはやめてくれ。

 人形は着いた瞬間に本棚を占拠して俺の漫画を取り出す。今お前は誰の意思で行動してるんだ。

 電波は俺の卒アルを取り出して見ようとしている。お前がこの家で卒アル見てるの見るのもう3回目だぞ。どれだけ昔の俺に興味あるんだ

 魔女は黙々と原稿を描いている。 ……うん。そのまま原稿やっててくれ。

「おーっす、じゃまするぜ」

 ガラガラと窓を開けて勇者が顔を出す。

 邪魔するなら帰れ、と言いたいくらいにムカついていたけどのどぼとけ辺りで留めていた俺をだれかほめてくれ。

 まったく……こいつらは自由人過ぎる!

 俺のことなど全く気にせず目の前の4人は俺の部屋で思い思いに過ごし始めた。窓から入ってくる以外はまともな勇者でさえ勝手に俺のベッドで寝始めた。

 もういいやと思って俺もゲームを手に取って電源を入れた数秒後には仮想世界の日常にもぐりこんでいた。

「で、出来た!」

 現実という名の非日常に引き戻されたのは魔女のドでかい叫び声が聞こえてきたからだった。ゲームの世界から顔を上げると窓の外はすでに暗くなっていて、黄色く光るきれいな満月が輝いていた。時計の針の出す音だけが響く部屋に反響した叫び声に俺だけではなく他の3人も慌てて顔を上げていた。もちろん俺たち全員が魔女を見ているんだけど、魔女は満足そうにペンタブを走らせて自分の描いたものを確認している。トーン抜けはないか、セリフ抜けはないかをぶつぶつ言いながらもしっかりと確認していた。

 しばらくするとうんうんと頷いてデータを保存し、テキパキとUSBを刺していた。多分バックアップを保存してるんだと思う。

「ありがとね! 君のおかげでずいぶん早く終わったよ!」

「どういたしまして」

「はい、コレ」

 俺の横から人形が出てきてスーパーの袋からプリンを取り出した。甘いものの正体はプリンだったようだ。人形は魔女だけでなく俺や来ることを知らないはずの勇者や電波にもプリンを渡しスプーンもちゃんと配っていた。

「うそ、いつ来たの?」

 魔女は原稿に夢中すぎて人形たちが来ていたことにも気が付かなかったらしい。あれ、そういえばポージング頼まれてないな。

「さっき。みんなもいる」

 人形が電波たちを指さすと魔女はすごく笑顔になった。そして電波と勇者に思いっきりダイブするように抱き着いた。勇者は若干迷惑そうな顔をしているけど電波は完全に喜んでいる。繰り返すけど頭まで電波でないと信じたい。

「今回はどのカップリング?」

 勇者が興味津々に魔女に話しかけた。勇者はBL大好きのゲイらしくて毎回魔女の同人誌を楽しみにしている。毎回ちゃんとイベント会場に並んでお金を払って買っているらしい。友達なんだからただでもらえばって言ったら「そんなの作者に失礼だろ!」って思いっきり怒鳴られた。作者に失礼ってその時思いっきり作者隣にいたよ。

「えっとね、今回はイタラブの悠信にしたんだ!」

「イタラブ! 今めっちゃ熱いやつ! しかもあのいかにもノンケだと思われた悠一と女子よりもかわいい男子の信彦のカップリング! これは熱い予感!」

「えっと、イタラブって?」

 勇者の長い興奮の息とは裏腹に電波は頭にはてなマークを浮かべて尋ねた。

「イタラブっていうのは遺体ラブロマンスってアニメの略で遺体を愛する主人公が周りに遺体がないか探す話なんだ!」

 なんだその物騒なアニメは。

 遺体が好きな時点で主人公ヤバイやつじゃん確実に。なぜそんなやばいのに目の前の二人は笑顔で語れるんだろう。そして多分今の感じからすると遺体が好きな主人公って好きな子殺すだろ。よくちゃんとBLになったなと感心する。

 「一部のオタクに人気なんだ~」と伸びをしながら答える魔女は脳内だけじゃなくて趣味もぶっ飛んでるんだなと再確認した。まあ、これは勇者にも言えることだけど。

「さて、原稿完成したし、ちょっと空の散歩に行ってくる」

「おう、行ってこい」

 家主である俺でなく勇者が飛行許可を出した。魔女はパソコンの電源を切って鼻歌を歌いながら窓を開ける。

「じゃあ行ってくる~」

 そのまま魔女はぴょーんと空に飛んで行った。はたから見れば飛び降り自殺だけど空を飛べる魔女にとってこんなことは日常茶飯事だ。

 月明かりの輝く空に魔女の姿はすぐに溶け込んで見えなくなってしまった。魔女のあだ名の由来はこうやって空を飛ぶことからも来てる。

「てか、腹減らね?」

 勇者の言葉で気が付いたが晩御飯をまだ食べてなかった。魔女は空の散歩に行ってしまったから俺たちだけで食べてもいいんだけど……そこは友達だから。

「なに作る?」

「根詰めてたし、栄養あるものがいいんじゃね?」

 人形と勇者が献立について話してると電波が「探してくる?」と言ってパソコンの中に消えていった。何度も見てるけどダイナミックにパソコンに飛び込む女子はこいつくらいだと思う。

 5分くらいした後、満面の笑みでパソコンから帰ってきた電波によって晩御飯は野菜たっぷりカレーになった。

 勇者と電波、人形の3人がカレー作る係になって、俺は魔女の帰りを部屋で待つ係になった。今日は夜風が静かでそこまで寒くないからベランダで魔女の帰りを待つことにした。

 ベランダには今も俺が飾った短冊が吊るされていて、弱い夜風に乗ってふよふよと風鈴みたいに揺れていた。吊るしてあるものも例えるものも季節感のない短冊なのがなんだか馬鹿らしい。笑える方のバカ。

「きれいだな……」

 謎の意思なし人形、空飛ぶ魔女、正義の勇者、電波アイドル。普通じゃない4人に囲まれた日常もまあいいかなと思えるほど今日の満月はきれいだった。

「ただいま、んっ、いい香り!」

 俺がベランダに出てから30分ぐらいするとお腹を空かせた魔女がベランダに帰ってきた。キッチンでちょうど出来上がったカレーを囲んでそのまま全員俺の部屋に泊まることになった。

 次に目が覚めた時に部屋が半壊してたのは意味が分からない。

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