第2話~それぞれの過去~
あの後、荷物を取りに行ったワタルくんの部屋が中々決まらず、結局私の隣の部屋に落ち着いた。そのあとも、ケッタの一族とかいう変な集団についておじ様がレクチャーしたり、この家の説明だったりで自分の部屋に戻ったのが12時だった。その日から一度眠れても、あの日公園で会った男の人に追いかけられる夢で起こされて、そのまま寝付けない日が続いた。
「大丈夫か?」
いきなりそういわれてふと顔を上げればおじ様が心配そうにこちらを見ていた。隣には、ワタルくんも座っていて、今が朝食の時間なのだと思い出される。
「何やらボーっとしているようだが、昨日はよく眠れたか?」
「あ、大丈夫です。」
「そうか?ならいいが、ワタルがいるとはいえ、何かあったらすぐに言うんだぞ。」
あの日以来、おじ様はワタルくんのことを呼び捨てしている。ワタルくんがそうしてほしいと言っていたからね。
「わかりました。」
「うむ、じゃあ、私は仕事なのでこれで。ワタル、よろしく頼む。」
「はい、分かりました。」
「おじ様、行ってらっしゃいませ。」
「ああ、行ってくる。」
そういっておじ様を見送った。
残りの朝食を食べ終わってから、私はワタルくんにお願いをしてみることにした。
「あ、あの、ワタルくん、今日行きたいところがあるんだけど…」
「ん?どこ?」
「図書館」
「図書館?」
「うん。昨日読み終わった本を返したいんだけど、いいかな?…たぶん、付き合ってもらわないといけないんだけど…」
「俺は全然いいよ。本好きなの?」
「うん、好き。」
「そっか、行こうか。」
「うん。」
そう言って、部屋に借りてた本を取りに行って、ついでに髪を束ねてから玄関に行くとワタルくんが待ってた。
「ごめんね、待たせちゃって。」
「ううん、大丈夫だよ。」
そう言って、笑ってワタルくんは手を差し出した。
「え?」
「あ、ごめん、俺の世界だと『男が女性の手を引いて歩く』っていうのが普通だから、ついやっちゃった。困らせたね。」
「ううん、大丈夫。少しびっくりしたけど…、ほかの世界のことが知れるのは、すごくうれしいから。」
「そっか、じゃあ、いろんなこと教えてあげるね!」
「うん、よろしくお願いします!」
そんな約束をしてから、佐藤さんに「いってきます。」と言って家を出た。公園の前を通らないといけないから、少し怖い…。
「あ、ここ、あの時の…。」
ワタルくんはそう呟いて、私を見た。
「…大丈夫だよ、いつも通ってるし、怖がってても仕方ないし…。」
「…。」
「心配しないで、ほら、早く行こ?」
無理に笑顔を作ってワタルくんに言うと、心配そうに「うん」と頷いてくれた。
図書館に着いて、まず返却受付に行った。
「あ、三波さん、こんにちは。その本面白かった?」
「はい、とっても。」
「良かったわ、また素敵な本を借りていってね。」
「はい。」
そう言って本棚に向かう。ワタルくんは、物珍しそうに周りを見ていた。
「そらは、よくここに来るの?」
不意にそう聞かれた。
「うん、ここはすごく静かで、少しだけ、現実を忘れることができるの。」
「現実を…?」
「そう、だから、大好きなんだ。」
「そうなんだ、素敵な場所だね。」
「あ、ワタルくんもそう思う?素敵な所なんだよね~。」
そんな話しながら歩いていると、目当ての本がある本棚にすぐに着いた。
「あ、良かった、貸し出し中になってない。」
「どの本?」
そう聞かれ、私は迷わず一番上の本を指さす。
「高くて取りにくいんだけど、あの本、久しぶりに読みたくて…。」
その本は主人公の女の子が理不尽な現実を突きつけられながらも、一生懸命に笑って、最後には大切な人と結ばれる。そんな本だった。私はよく、落ち込んだりするとこの本を読んで元気をもらっていた。
「はい」
そんなことを考えながら、本に向かって必死に手を伸ばしていると、急に隣から大きな手が伸びてきて、その本を取ってくれた。
「あ、ありがとう。」
「いえいえ。読み終わったら俺にも読ませて?」
「うん、いいよ。とってもいいお話なんだあ!」
「へえ、楽しみだな!あ、他にお勧めの本ない?俺も何か借りたい。」
「あるよ!えっとね~…」
ワタルくんにお勧めの本を渡して、一緒に借りていると、もうお昼の時間になっていた。お昼には家に帰らないといけない。
「わあ、もうお昼だ。家、帰ろっか。」
「そうだね。」
そう言って、私たちは来た道を戻った。道すがらお互いの好きな本について話し合う。
「俺はね、ファンタジー小説を多く読むかな。」
「へー、私は主に恋愛系かな?ファンタジーはあんまり読まないかも…。」
「ああ、恋愛系かあ。そっちはあんま読まないかな。ほら、男が読んでると気持ち悪がられるし。」
「そうなんだあ、私はあんまり気にしないから、読みたければ言って、おすすめの本紹介するから。」
「やった!じゃあ、俺もいつか紹介するね!」
「うん!」
そんな話をしながら公園を通り過ぎようとした時だった。
「あ、やっぱり来たね、そら姫。」
中から聞いたことのある声で呼ばれた。そっちを見ると、あの日の男の人がベンチに座ってこっちを見ていた。
「あなたは、あの時の…。」
そう呟くと、ワタルくんが私の前に出てきた。
「あれ?護衛役にでもなったのかな?」
「まあ、そんなところです。あなたはなぜここに?」
「え、言ったでしょ?『また会おう』って。」
そう言いながらバドさんは剣を出してくる。それが冷たく光るのを見て、思わずワタルくんに縋りつく。それに気づいたワタルくんは、私を見て優しく微笑んで言った。
「大丈夫、すぐ終わらせるから。」
「…うん。」
その声に小さく頷くと、ワタルくんは私の手をやさしく離してから剣を握った。
ワタルくんがそうすると、バドさんは笑いながら言った。
「ワタル・リッター、16歳。MAEには幼少期より在籍。」
そう言われた途端、ワタルくんの動きが止まった。
「なんで、それを…?」
そう言ったワタルくんの声は、震えていた。
「興味があってね、この一週間ほど調べたんだ。君、なかなか大変な子なんだね。」
「うるさい。」
その低い声に一瞬ワタルくんだと気付かなかった。
「君の両親、まだ見つかってないんでしょ?」
「え?」
驚いてワタルくんを見る。私を守るように立っているから、顔が見えない。
「それ以上、言うな。」
でも、今まで聞いたことのないワタルくんの口調で、怖くなってしまう。
「まだまだあるよ、そのあと君は…。」
「黙れ!」
そう言って、ワタルくんは我慢できないように飛び出した。
「おおっと。」
でも、バドさんはいとも簡単によけてしまう。
「気が短いね。まあいいさ、また会おう!」
そう言うとバドさんはまた行ってしまった。
「…くそ。」
「ワタルくん?」
今までと違うワタルくんに私は不安を覚えて、ワタルくんを呼ぶ。それに気づいたワタルくんは、哀しそうに笑った。
「さっきあいつが言ったこと、本当なんだ、全部。」
「…何があったの?」
一週間、ワタルくんのことを少しでも知りたいと思っていた。だから、この話もワタルくんに話してほしかった。
「…そうだね、話さないとわかってもらえない事もあるもんね。」
そう言って優しく笑った。
「でも、まずは帰ってお昼だね。早く帰らないと佐藤さんが心配するよ?」
「…うん。」
家に帰ると佐藤さんがすでに準備を済ませていた。
「お帰りなさいませ、お嬢様、ワタル様。お食事の準備は済んでいます。」
「ありがとう、佐藤さん。」
「いただきます。」
お昼ご飯を二人で食べてから私に部屋に。
「昔の話だからね?」
そう言ってから、ワタルくんは話し始めた。
「俺、小さいころ、MAEが運営してる託児所に預けられたんだ。」
「託児所に?」
「うん。親が行方不明になったんだ。どこかから通報があったみたいで、MAEに保護されたんだ。その後、その時の職員さんが調べてくれて、両親が何かの犯罪に関わってることが分かったんだ。」
「…」
正直、ワタルくんはいつもニコニコしてて、そんな大変なことがあったなんて思ってもなかった。なんて声をかけたらいいのか、どんな顔をしたらいいのかわからない。
「それからしばらく経ってから、うちの艦長に正式な職員になることを勧められたんだ。それが5年くらい前。」
「…」
「ごめんね、こんな話して。」
「ううん、そんなこと、ないよ。」
もしかして、分かってくれるかな?
「ありがとう、聞いてくれて。」
そう言ってワタルくんは優しく笑う。
話したら、迷惑だ…。そう、自分に言い聞かせて、私はなんも言わなかった。
その日は特に何もなく、おじ様が帰ってきて今日あったことを話してから、私たちは眠ることにした。
ここは、どこだろう?目が覚めると真っ暗ない部屋に一人で立ってた。
ドサッ!
その音に振り替えると、血だらけのお母さまが倒れていた。
「お母さま!」
そう叫ぶと今度は背後に人の気配を感じた。そっちを見ると、今度はお父様が立っていた。
「お父様!お母さまが!」
「なぜだ?」
「え?」
お父様は私を軽蔑するように見下ろしていた。
「そら、なぜ自分の母を殺した!」
「わ、私が、お母さまを…?」
信じられなくて聞き返すとお父様は刃物を出してきた。
「分からんのか!お前が殺したんだ!よくも、よくも!!!」
そう言って刃物が振り下ろされる…。
「いやああああああああ!」
飛び起きるとそこは見慣れた自分の部屋だった。
「あ…れ…?ゆめ…?」
そうだ、夢だ。昔の夢を見たんだ。
そう認識して、小さく息を吐くと急にドアが叩かれる。体をこわばらせてドアのほうを見ると、声が聞こえた。
「そら?何かあったの?返事して!」
その声がワタルくんのものだと分かって勢いよくドアを開けた。
「ワタルくん…。」
「そら!よかった、怪我はないみたいだね。でも、大丈夫?」
その声を聞いて、安心したのか、急に涙が出てきた。
「え、ど、どうしたの?」
「あ、あの、怖くて、助けて?」
日本語になっていなくて、ちゃんと伝わるか不安だったけど、ワタルくんは分かってくれた。
「何があったの?教えてもらえる?」
「…うん。」
とりあえず、ワタルくんには部屋に入ってもらった。幸い、ワタルくんにしか聞こえなかったみたいで、他の人が来ることはなかった。
中々泣き止まない私の頭を、ワタルくんは優しく撫で続けてくれた。
「昔の夢を、見たの。」
私がそう切り出すと、ワタルくんは手を放した。
「昔の?」
「うん、お母さまが、死んだときの夢。」
「お母さまが…。」
「うん。」
そうして、ちゃんと伝わるか不安だけど、私は言葉を紡いだ。
あの日、私が学校から帰って部屋にいると、突然悲鳴が聞こえた。
「お母さま?」
お母さまの部屋に行くと、血だらけで倒れるお母さまと、知らない男の人が立っていた。
「誰?」
そう言うと男の人は窓から出て行ってしまった。混乱して追い掛けることも出来なかった。
「お母さま!!」
お母さまに駆け寄るとお父様が入ってきた。
「何があった…。」
お父様はそれだけ言うと固まってしまった。
「お前、なぜ、自分の母を殺した!」
何を言われたのか分からなかった。周りを見てようやく理解する。お母さまは血だらけで倒れているし、私はそのお母さまを抱きかかえている。そして、周りには誰もいない。
「待ってください!なぜ私が…」
「だから、なぜだと聞いている!」
お父様が怒鳴る。
「この、人殺しが、待っていろ、今、一思いに…。」
「私が覚えてるのは、ここまでなの…。」
私はそう言ってため息を吐いた。
「気付いた時には、周りにたくさん警察の人がいて、お父様はいなくなってた。」
「…」
「今でも、怖いの。次、お父様にあったら、今度こそ、殺される…。そう思うと、すごく、怖い…。」
言いながら、また涙があふれてくる。それを一生懸命ぬぐっていると、今まで何も言わず聞いていてくれたワタルくんが急に、私の頭に手をのせた。
「大丈夫、俺が守るよ。」
そう言って優しく頭を撫でてくれる。
「だから、怖いこと、不安なこと、全部俺に教えてほしいんだ。そうすれば、君のこと守り切ることが出来ると思うんだ。いいかな?」
ワタルくんのその言葉に何度も頷く。そうしてるうちに、どんどん涙はあふれてきて、私は手で顔を覆った。
「大丈夫、俺は、ここにいるから。」
そして、我慢できなくなって、ワタルくんに思いっきり飛びついてしまった。自分をおさえきれなくて。そんな私を、ワタルくんは優しく包んでくれた。
「うん、怖かったね。いいよ、俺でよければ、いつだって頼って。」
その日は、ワタルくんに縋ってずっと泣いた。
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