不思議な指輪

雪野 ゆずり

そらを渉る

第1話~1つの空~

 高校一年の夏休み、事件は起きた。夕暮れ時、私が公園で本を読んでいると後ろから声をかけられた。

「こんにちは」

 公園には私しかいなかったので、驚いた。後ろを振り向くと男の人が立って、私の右手を見てた。

「あ、こ、こんにちは…」

「君の指輪、綺麗だね。どこで売ってたの?」

「え?」

 右手にはおばあちゃんから貰った指輪が填められてる。男の人は私の指輪を指さしながら言った。

「これは、私が買ったものじゃありません、貰い物なんです。」

「そうなの?」

「はい。」

「そっかぁ、なら仕方ないや。」

 そう言って男の人は私の右腕を掴んできた。

「な、なにするんですか?」

「いやぁ、探してたものが見つかったから。」

「さ、探してたもの?」

 私がそう聞くと、男の人は私を指差して笑った。

「君だよ、そら姫。」

「どうして、私の名前を?それに、姫って?」

 確かに、「そら」は私の名前だけど、姫って何?何もわからないまま私は無理やり立たされた。

「付いておいで、そうすれば全部教えてあげるよ。まぁ、今の君に拒否権はないけど。」

「そんな…。」

 掴まれた腕が痛い。それに怖い。姫って何なのか知りたい。でも、付いていったらどうなってしまうのか、それが怖い。もしかして、とんでもないことをさせられるんじゃないか。そう思うと、怖い、逃げたい。そう思って、男の人の手から逃げようとした。

 その時、不思議なことが起きた。いきなり指輪が光って、私たちはそれぞれ後ろに飛ばされた。まるで、指輪が私を男の人から遠ざけるように、守ろうとするように…。

 塀の近くのベンチに座ってから、塀に打ち付けられると思って目をつぶった。でも、固いものに当たった感覚はなく、代わりに誰かに包まれた感覚。恐る恐る目を開けると、私と同い年くらいの男の子が私のことを守るように、後ろから抱いていた。

「大丈夫?」

「あ、はい、ありがとうございます。」

「いえいえ。」

 そう言うと、男の子は私の前に出た。正面の男の人が忌々しそうに舌打ちをする。男の子はポケットから警察の人が持ってそうなものを出して向こうに見せて言った。

「魔導師専門管理局次元管理船第5艦隊所属ワタル・リッターです。」

 な、何その強そうな組織、聞いたことない…。

「一般人への暴力行為によりあなたの身柄を確保します。あなたの名前と出身世界を教えてください。そして、降伏する気があれば武装の解除を要求します。」

 すると男の人は、突然剣を出すと笑いながら言った。

「俺の名前は、バド・ケッタ。出身は、アンジェロ王国。」

 そして、私を指差した。

「そこにおわす、『ヒンメル・アンジェロ姫』こちらの世界での名を『三波そら』をお迎えし、わが国に今一度、光を灯さんとの使命を受けし者。もちろん、降伏するつもりはない!」

 ひんめる、あんじぇろ?誰?ってか、何?意味わかんないよ!「こちらの世界での名」?いや、私は普通に三波そらだよ。どうなってるの?

 なんだか、自分が自分じゃないみたいで、怖くて、自分の体を抱いていると、さっきバド・ケッタと名乗った人は挑発するように言った。

「さあ、かかって来いよ、MEA。」

「はあ…なんでこうなるかなあ…?最近の魔導士は短気過ぎでしょ…。」

 な、なんか、冷静すぎでは…?相手、凶器持ってるのですが…?

「あ、ごめんね、怖いよね?」

「は、はい。…冷静ですね…。」

「うん、まあね。ここで焦ってもカッコ悪いし。…ここから動かないでね、絶対に。すぐ、終わらせるから。」

「はい、わかりました。」

 そういうと、ワタルさんは一瞬笑顔になって、すぐ向こうを向いた。バド・ケッタさんは、まだ剣を持ってにやにやしていた。

「へー、ヤル気?」

「降伏させる気、と解釈してください。」

「ほう、頑張るじゃん。んじゃ、お手並み拝見!!」

 そう言って、バド・ケッタさんは、こっちに向かってきた。

「危ない!」

 つい、そう叫んでしまった。それとほぼ同時に、ワタルさんの手にも剣が握られた。ワタルさんと、バド・ケッタさんの剣がぶつかり合い、火花が日の落ちかけた公園を明るく照らした。

「へー、やるじゃん。」

「そちらこそ。」

 そう言い合ったのが聞こえて、二人が離れた。それから何回か同じような攻防が続いたけど、バド・ケッタさんが大きく距離を取った。

「しゃーない、今日はこれで退くよ。また会おう、そら姫。」

 そう言ったバド・ケッタさんの後ろにはアニメとかに出てきそうな魔法陣があった。そこに飛び込むように言ってしまう。

「待て!」

 ワタルさんがそう言って駆け出した時には、もう誰もいなかった。

「はあ、仕方ないか。」

 そう言ってワタルさんは戻ってくると、いきなり頭を下げてきた。

「ごめん!本当はもっと早く助けに入りたかったけど、できなくてごめん!」

「え、あ、あの、謝ってもらうよなことではないと思います。それより、助けてくれてありがとうございました。とても、嬉しかったです。」

「そう?ならよかった。ねえ、さっきの人にどこかで会ってないかな?」

「いえ、知らない人です。あの人が言ってた姫もわかりません。」

「そっか…。」

「お役に立てず、すみません。」

「いやいや、謝る事じゃないよ。あ、そうだ!まだ名前を聞いてなかったね。」

「あ、確かに…。えっと、三波そらと言います。助けていただいて、本当にありがとうございました。」

「いえいえ。ワタル・リッターです。同い年くらいだと思うから敬語使わなくていいよ。そらって呼んでいい?」

「う、うん。」

「よかった。俺のことも、ワタルって呼んでね。」

 ワタルくんがそこまで言うと携帯が鳴った。

「ああ、俺のだ。ごめん、悪いけどベンチに座ってて。もっと話したいからさ。」

「分かった。」

 ワタルくんの言うとおり、一番近くのベンチに座って待っていると、ワタルくんは少し離れて電話に出た。

 それにしても不思議な人だと思う。私と同い年くらいなのに警察手帳みたいなものを持ってるし、いきなり剣は出すし、そうかと思えばとっても優しく声をかけてくれる。

 いったい、何者なんだろう?戻ってきたら聞いてみようかな。

「お待たせ、ちょっと話し込んじゃってさ。」

「え?あ、う、ううん、大丈夫。」

「あ、もしかして驚かせた?」

「うん、ちょっと考え事してたの、気にしないで。」

「そう?ならいいけど…。」

 ボーっとしてるところ、見られたかな?ちょっと恥ずかしいかも…。

「あ、そうだ。そら、今から少し時間あるかな?」

「時間?大丈夫だけど、何かあるの?」

「うん、艦長が会いたいらしいんだ。遅くなりそうなるお思うけど、大丈夫?親御さんとか心配しない?」

「多分大丈夫。あ、でもちょっと家に連絡だけさせて。ちょっと過保護だから連絡しないと怒られちゃうの。」

「いいよ。」

「ありがとう、ちょっと待ってて。」

 そう言ってケータイを出すと、家に電話を掛けた。

『もしもし、三波ですが。』

「あ、もしもし、佐藤さん?」

 電話に出たのはお手伝いさんの佐藤さん。家は昔からの名家らしくて、ちょっとだけお金持ちなんだよね。

『お嬢様!どうされました、何かありましたか?』

「えっと、今日、帰りが遅くなりそうなの。おじ様に伝えてもらえる?」

『そうですか、かしこまりました、お夕飯は用意しておきますね。また、お帰りの際お電話を頂けましたら、お迎えに上がりますので。』

「いつもありがとう。じゃあ、お願いします。」

『はい、失礼いたします。』

 そう言って電話は切れた。

「ごめん、大丈夫だよ。」

「ありがと、じゃあ、行こうか!」

 そう言うと、ワタルくんは呪文みたいなのを唱え始めた。本当に、何者なんだろう?

 あれ?でも、これ、どこかで聞いたこと、あるような…。


 瞬きをして、次に目を開けた時には、そこはアニメに出てきそうな研究所にいた。というか、今までの展開的にアニメみたいだな…。

「あ、あの、ここは、何の研究所?」

 私がそう聞くと、ワタルくんは首をかしげて、すぐ合点がいったように言った。

「え、研究所?ああ、考えてみれば何の説明もなしにつれてきちゃったね。ごめん。ここはね、魔導師専門管理局次元管理船第5艦隊って言う簡単に言うと、次元を自由に行き来できる船の中だよ。」

「へ、へー、なんか、すごい所なんだね…。」

 なんか、説明されてもよく分からなかったけど、とりあえずすごい所って言うのだけは理解できた。

「すごいっか…。そうかもね、たしかに、言われてみるとすごい船かも…。俺、ここにもう何年もいるから、わかんないや。」

「ええええええええ!お、お幾つですか?」

「ん?16だけど?」

 …同い年…。

「こんなすごい同い年がいるなんて…」

「え?す、すごいかな?」

「ワタル、もうそれくらいにしなさい。」

 そう言って出てきたのはすごくきれいな女の人だった。

「艦長、お疲れ様です。すみません、反応がかわいくて、つい…。」

 そう言って笑うワタルくんを艦長と呼ばれた人は𠮟った。

「女の子をいじめないの、まったく!…で、そこのかわいいお嬢さんが被害者ね?」

「はい。」

 いきなり、私の話なった。    

「はじめまして、アリス・フェリーネです。」

「は、はじめまして、三波そらです!」

 ガチガチ緊張しながら言った私に少し笑いながらアリスさんは言った。

「ふふ、そんなに緊張しないで。立ち話もなんだから、応接室に行きましょう?案内するわ。」

「は、はい…。」

 案内されたのは、学校とかによくありそうな応接室だった。

「じゃあ、わかる範囲でいいから、いくつか質問に答えてね。」

「はい。」

 ほとんどは、さっきの男の人や襲われた理由とかだった。もちろん、わかる事なんてほとんどないから「分かりません」としか言えなかった。

「そう…。」

「あ、でも、あの人私を『姫』って呼んでました。」

「姫?」

「はい、『そら姫』って。ほかにも、えーっとなんだったっけ…?」

「『ヒンメロ・アンジェロ姫』…」

「え?」

 ワタルくんが急にそう言うから、少しびっくりした。

「そう、だったよね?」

「う、うん、よく覚えてるね。」

 確認するように言われて、私がそう言うとワタルくんは真剣な顔で頷いた。

「うん、艦長の見解を聞きたかったから覚えてたんだ。」

 ワタルくんはそういうとアリスさんを見ていった。

「あの男はそう言ってました。どう思われますか、艦長?」

「…もしかして、この子がそうだって言いたいの?」

 アリスさんは困惑したようにワタルくんに言った。『そう』ってどういう意味なんだろう?

「俺にはわかりません。でも、今後も狙われる可能性は否定出来ません。」

「あの、私がどうしたんでしょう?」

 我慢できなくてそう聞くと、艦長さんはまっすぐこっちを見た。

「そらさん、あなたは『魔法』を知っていますか?」

 いきなりそう聞かれてびっくりする。

「へ?い、いえ、わかりません。ワタルくんが使っていたものですか?」

「俺が使ってたものは『魔導』。少し違うんだ。」

「その二つは異なります。そこからお話ししますね。」

「はい…。」

 艦長さんは静かに話し始めた。

「まず、魔法とは、常人には備わっていない爆発的な力、とても危険なものです。対して、魔導とは、魔法の力を導き、それを使いやすく調整する力です。つまり、魔導は魔法が暴走しないために抑える力です。」

「なんで、そんな『魔法』だなんて危険な力があるんですか?」

 私がそう聞くとアリスさんは目を伏せて言った。

「…数百年前、ある王国の王が発見しました。そして、王はその力を、国中に広めました。どうなったと思いますか?」

「…争いが起きたとか?」

「そうです。国全体で争いが起こり、王は焦りました。自分の権力が衰えると考えたのです。そこで、王は国民にこう告げました『この争いに勝ったものにわが娘を譲ろう。』と。」

「娘?」

「ええ、彼には娘がいた。そして、その娘は最も強い魔法を持っていたのです。」

「強い魔法…。それって、分かりやすく言うと『強い力』ってことですか?」

「そうです。とても強い力です。そして、姫をかけた争いは、いまだ終焉を迎えていない。彼女が消えてしまったからです。」

「消えた?」

 なんだか、聞いたことがあるお話。どこで聞いたんだっけ。

「彼女は王国を出て今なお見つかっていません。彼女を探す者は多く出てきました。そのうちに、魔法は各世界に広まっていったのです。」

 ああ、思い出した。このお話の最後は…

「…いつしか、ある世界の住人が言いました。『姫は、遠き世にどこかでもう一度生まれる、その時こそ、争いの終焉である。』…。」

「え?」

 急に出てきたワンフレーズを口にすると、ワタルくんと艦長さんは戸惑ったようにこちらを見た。

「昔、祖母に何度も聞かされたお話の最後です。よく似ていたもので、つい言ってしまいました。」

 そう、小さいころ、お父さんもお母さんもなくなって、一人ぼっちになった私はおじ様の家に引き取られた。その時はまだおばあちゃんも元気で、よく寝る前にしてくれたお話と、アリスさんの話はほとんど同じだった。

「…」

「ねえ、その指輪はもしかして、おばあさまにもらったの?」

「うん、三波家の大切な指輪だから、大切にしなさいって。」

「そっか…。」

 そういったのを最後に、二人は黙り込んでしまった。まるで、考え込むように、そしてその答えが絶対にありえないというように…。

「ねえ、そら、おばあさまやご両親は、ご健在かな?」

「ううん、祖母は私が小学校上がる前に病気で、両親は物心つく前に事故で…。だから、あんまり記憶がないんだ。」

「じゃあ、今育ててる人は?」

「お父さんのお兄さんで、三波本家の血筋の人だよ。多分、家のことも詳しいはず。」

「今日、その人とお話しできないかな?」

「今日?たぶん、もう帰ってきてるはずだけど…。」

「ちょっと急ぎたいんだ。じゃないと、君が危ない気がする。」

「…わかった。」

「ありがとう。では、艦長、外出及び外泊の許可をお願いします。」

「…わかりました。…気を付けて」

「了解!」

何の話かよくわからないけど、とりあえずワタルくん家に来るのは確定みたい。連絡だけ入れておかないと…。

「あの、家に連絡してもいいですか?」

「どうぞ、手短にお願いします。」

「はい。」

 家に電話すると今度はおじ様が出た。

『もしもし』

「あ、おじ様。私、そらです。」

『ああ、そらか。今日は遅くなると聞いたが、どうした?』

「あの、えっと、おじ様にお話を聞きたいという方がいらっしゃるのですが、今からお連れしても大丈夫でしょうか?」

『今から…?もしや、何かおかしなことに巻き込まれたか?』

「えっと、私もよくわかっていないのです。とにかく、お話を聞いてください。」

『…わかった。早めに帰っておいで。』

「はい、では、今から帰りますね。」

 そう言って電話を切った。

「大丈夫?」

 ワタルくんが心配そうに聞いてきた。

「うん、早く帰っておいでって。」

「わかった。」

 ワタルくんがまた呪文を唱え始めた。


 家の近くの公園につくと、ワタルくんは「家どのへんなの」って聞いてきた。

「あれだよ。」

 公園から見える一番大きな家を指さすとワタルくんは目まん丸くした。

「え、あのお屋敷?」

「うん、大きな家だよね、あんなに大きくなくていいのにっていつも思う…。」

「…そうなんだ。」

 すこしシーンとした空気になるから、わざと明るく行った。

「行こ、おじ様が待ってる。」

「うん、そうだね。」

 ワタルくんもそう言って少し笑ってくれた。

 家に帰るとすぐ佐藤さんが出迎えてくれた。

「お嬢様、おかえりなさいませ。お食事はすでにできあがっています。そちらのお客様も一緒に召し上がってください。」

「ありがとう、佐藤さん。おじ様はもう食堂に?」

「ええ、席に着かれていますよ。」

「わかった。…ワタルくん、一緒にいただこう。」

「え、でも、俺は…。」

 ワタルくんが断ろうとしたタイミングでワタルくんのお腹が鳴った。あまりに大きい音だったから少し笑っちゃった。

「ご、ごめん…。」

「ううん、私もお腹空いたし、早く食べよ、ね?」

「…分かった。いただきます。」

「どうぞ。」

 食堂に行くとすでにおじ様が食べ始めようとしていた。

「おじ様、ただいま戻りました。」

「おお、そら、おかえり。そちらの男の子かい、私と話したいというのは?」

 そう言われると、ワタルくんはきれいなお辞儀をしてから言った。

「お初にお目にかかります。ワタル・リッターと申します。身分のほどは、また後程お話しさせていただきます。」

「三波東呉だ。君と話すのが、とても楽しみだな。とにかく、先に食事をしてしまおう。席に着くといい、そらの隣でいいかな?」

「はい、ありがとうございます。」

 食事中は、話すこともなく、いつも通りで、夕方の出来事が夢の中の話のように思えた。でも、それは違うと理性がささやいて、何回も手をつかまれた時のシーンが流れてくる…。

「大丈夫?」

「え?」

 急に声を掛けられてびっくりした。見ると、ワタルくんが心配そうに私の顔をのぞき込んでいた。

「なんだか、顔色がよくないみたいだから…。」

「う、ううん、大丈夫。気にしないで、ごはん、おいしいね。」

 やっぱり心配を掛けたくなくて無理に笑った。

「うん、とっても。」

 そんな私を見てまだ心配そうにしてたけど、ワタルくんは正面を向いた。

 考え事をしてても仕方ないし、佐藤さんのご飯はおいしいからたくさん食べて元気を出そう!

 夕食が終わると、おじ様は私たちを客間に案内した。佐藤さんがお茶をを用意してくれて、一口いただいてから話が始まった。

「改めまして、ご挨拶を。私は魔導士専門管理局次元管理船第5艦隊所属のワタル・リッターです。」

「そうですか、MEAの…」

 え?おじ様、知ってるの?ワタルくんの入ってるって言う組織。

「はい。本日、この世界の日本時間で17:13、東山公園にて三波そらさんが異世界から来た魔導士から予期せぬ襲撃を受けました。」

「な、襲撃だと!?そら、それは本当か?」

 急に話が進んで、どう言ったらいいの分からずただ、肯いてしまった。

「なぜ、電話で言わなかった?」

 おじ様は怒ってそう言った。

「お、おじ様に余計な心配を掛けたくなかったので…。」

「そんななことは関係ない。何かあればすぐに報告するように普段から言っているはずだ!」

「すみません…。」

 そういわれると、謝るしかない。

「あの、話を続けてもよろしいでしょうか?」

「ああ、申し訳ない。続けてください。」

 ワタルくんから助け舟をもらえて助かった…。

「襲撃での被害はありません。しかし、襲撃犯が最後、おかしなことを言って立ち去りました。」

「立ち去ったということは、まだ捕まってはいないのですか…?」

「そ、それについては、今は何も言わないでください…。」

「…わかりました…。で、おかしな事とは?」

「はい。立ち去る前、そらさんのことを『姫』と呼んでいました。」

「姫…。」

 おじ様はそう言って少しうつむいた。

「そうです、何か心当たりがありませんか?」

「…もう少し、詳しくお願いします。おそらく、『姫』だけではなかったのではないですか?それと、犯人の名前も。」

「犯人の名前は『バド・ケッタ』。彼は、そらさんを指さしながら『ヒンメル・アンジェロ姫』こちらの世界での名を『三波そら』をお迎えし、わが国に今一度、光を灯さんとの使命を受けし者。』と言っていました。」

 それを聞いたおじ様は黙り込んでしまった。やがて小さく「もう、限界であったか…。」と呟いた。

「おじ様、何が『限界』なのですか?」

 我慢できずそう聞くとおじさまは目を伏せて、やがて静かに話し始めた。

「…先祖代々、三波家はある役目を担ってきた。それは、強い魔力をその体に宿す『姫』を守るというものだ。その姫とは、そら、お前だよ。」

「私が…?」

「そうだ。今まで伏せてきたことだ、信じられんのも無理はない。だが、事実なんだ、受け入れてもらいたい。」

「…」

 全然信じられないし、受け入れられそうにない、現実味が少しもないことだった。だって、今までお話の中にいたお姫様が自分だなんて、思ったことすらなかったから。

「私たち、MEAは、彼女が『アンジェロ王国』の数百年前に消えた『ヒンメロ・アンジェロ姫』と考えています。」

「ええ、そうです。彼女こそ、あの争いを止めるためのカギである『ヒンメロ・アンジェロ姫』です。正確には、その方の『力』を受け継ぐ者、ですかね」

そこまで言っておじさまは少し悔しそうに顔をゆがめ、私を向き直り言った。

「本当は、お前のばーさんが亡くなった時、言おうとも思ったんだ。だが、止められた。どこに奴らが潜んでいるか、わからない状況で言うわけにはいかなかった。」

「奴らとは?」

 ワタルくんがそう聞くと、おじ様は今度ははっきり言った。

「ケッタの一族です。」

「ケッタの一族?」

「ケッタの一族とは、『ヒンメロ・アンジェロ姫』の力を狙う一番大きな一族です。」

「その一族がまだ、健在だという証拠は?」

「あなたが、先ほど襲撃してきたという男がその証拠です。」

 二人の会話は、私と同じ次元のものには思えなくて、他人事のように聞いていた。

 …でも、そんなことは絶対にないって頭の中ではわかってて、ちゃんと聞いたほうが絶対いいって言ってる自分の声も聞こえる。

 どうするべきかよくわからなくて、いつの間にかうつむいていた私の視界に移ったのは、おばあちゃんからもらった指輪だった。その指輪は静かに、ただ静かに人工的な電気の光を反射して瞬いた。

「そら。」

 おじ様の優しい声に顔を上げると、おじ様は優しく言った。

「大丈夫だ、ケッタの一族が落ち着くまではワタルさんがこの家で守ってくださるそうだ。」

「え…?」

「そういうわけでワタルさん、よろしくお願いします。」

「はい、こちらこそ、よろしくお願いします。」

「ほら、そらもしっかり挨拶をしなさい。」

「あ、えっと…よろしく、お願いします。」

「うん。」

 そういってワタルくんは優しく微笑んだ。

 この時は、まだ知らなかった。最大の敵は、すぐそばにいたことを。

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