11話:騎士の加護

 ――闇の帳が落ち、魔石の光が届かない路地を銀色の線が走っていた。

 銀色の線を操る、二人が重なるたびに金色の火花が飛び散る。

 闇夜に飛び交う、銀と金の光は酷く美しく、血なまぐさい戦いを感じないほどに芸術的だった。


 また、二人の女性が重なり銀色の線が重なると、今度は闇夜に赤色の線が生まれた。

 赤色の線が描かれた女性――リーゼロッテは銀色の線から逃れるように距離を取る。


 じわりと赤が滲む肩口に一瞥すると、すぐに目の前のネコミミの女性に目線を集中させる。


 ネコミミの女性、サーニャはリーゼロッテの目線から逃げるように、壁を蹴ると、さらに宙で壁を蹴りジクザクと高速で動き、すれ違いざまにダガーナイフで斬り付けた。

 リーゼロッテは白く光り輝くレイピアで、斬撃を防御しようとするが、銀色の線がすれ違うと自身の手の甲に赤色の線が生まれるのを感じた。


「――ちっッ!」


 舌打ちをして、すれ違ったサーニャを目で追う。


 そして、宙を舞い遠ざかる姿に渾身の突きを放つ。

 ――が、サーニャはまるで後ろにも目があるかのようにその攻撃を予測すると、

後ろに翻りながら両手のダガーナイフで渾身の突きを受け止め、お返しとばかりに斬撃を放つ。


 サーニャの真下から振り上げる一撃に、白銀のレイピアを手元に戻し受け止めようとするが、

まるでレイピアをすり抜けたかの様にリーゼロッテの額の上に赤い線が舞った。


 予想外の一撃に反射的に片目を閉じながら、もう片方の金色の目はしっかりと目の前の敵を捕らえ続ける。

 宙に浮いていたサーニャがふわりと地上に着地するのを片目は捕えると、


「――フリーズ《凍れ》」


 リーゼロッテは自身の身体から溢れ出る、青色の魔力をサーニャに向けて放った。

 放たれた、青色の魔力は寸分違わない位置、サーニャの足元から足首までを凍らせる。


「――――うっわ!」


 足元を高密度な魔力で地面に縫い付けられ、殺意だけを漲らせていたサーニャの目が見開き、

初めて慌てた様な驚愕の表情が張り付く。


 リーゼロッテはレイピアを銀色の鉄球に変えると金色の髪を力強くたなびかせ、縫い止められた敵に目がけて全力の力で腕を振りぬき、


「――ウィンドアクセル《加速しろ》ッ!!」


 緑色の魔力が光り、唸りを上げる鉄球の目の前に緑色の魔方陣が展開されると、鉄球は魔方陣を突き抜け。

 瞬間、殺人的な加速を受け、爆音を残しながら、鉄球は一閃の光となった。

 光は地面に縫い付けられたサーニャに当たると、サーニャの身体を粉微塵に吹き飛ばし、地面に破壊の名残を残した。


 ――辺りに土ぼこりと石の破片が舞う中、金色の騎士は深く息を吐き、呼吸を整える。

 左目に垂れている真っ赤な液体を片手で拭うと、もう片方の手に魔力を宿らせ、集まった魔力はレイピアを形取っていく、闇夜に光り輝く白銀のレイピアを握ると同時に声が響き渡った。


「――いやぁ、今度こそ死ぬかと思ったです、ニャ」


 破壊の名残を受けた場所から、当たり前の様にひょっこりと姿を現すと、

砂色のネコミミをパタパタと動かしながら、独特のイントネーションをした言葉を話す女性。サーニャが歩いてくる。


 その姿を苦々しげに見つめるリーゼロッテとは対照的に、

サーニャはその目を輝かせながら嬉しそうに言葉を話す。


「やっぱり、リーゼロッテちゃんって強いねぇ!!

 私が今まで殺してあげた誰よりも強いと思うよっ!!!」


 両腕を広げ、大げさな身振りで喜びを爆発させるサーニャに、

金色の目を向けて、ため息を付きながらリーゼロッテは言葉を返した。


「それはそれは、光栄に思うよ。

 その殺された人達に報いるためにも全力を出すと誓おう」


「全力を出してくれるんだ! 楽しみ!!

 『氷』と『風』の魔力を見せてくれたでしょ?

 あれ以上のものを隠しているんだっ! いいなぁ! すごいなぁ!!!」


 リーゼロッテの言葉は暗に、全力で殺してやるという意味なのに、

そんな言葉を受けた女性は一層目を輝かせ、嬉しさが爆発したかのように両腕をぶんぶんと振る。


 金色の騎士は興奮の冷めない相手を一瞥すると、ため息を付く。


「あれも、私としては『奥の手』だったのだが

 平然と何もなかったように立たれて、軽くショックだよ」


「そうでしょ、そうでしょ? 不思議でしょ?

 ねぇねぇ、今度はリーゼロッテちゃんが答えてよ

 謎解き! 謎解き! 必死に考えてみて!

 最高に生きているって感じがするでしょ! 分かるよね!!」


「――まぁ、分からなかったら死ぬだけだけどねー」


 桃色の唇に手を当て、サーニャはさもおかしそうに笑う。

 リーゼロッテはサーニャを憐れみが籠った目で見つめると口を開く。


「質問を質問で返すようだが、君は私の加護のことが分かったのか?」


「ううーん! わかんにゃーい!!」


 リーゼロッテの質問にあっさりとサーニャは笑いながら答える。

 首を傾げ、砂色のネコミミも一緒に傾けると、真剣な顔で言う。


「色々考えたんですけど………ニャ

 『透明化』は絶対違うと思ったの、透明な時も得物を持って立ち回らないといけないけどそんな様子はにゃいし………。」


「でも、『具現化』も違うと思うの………。

 それなら、飛び回る私をバンバン遠距離から攻撃すればいいからねー」


 頭から煙が出るほど真剣に考え込むような表情を見せ――コロッと表情を笑顔に変えサーニャは話す。


「うん! 考え込んでも分からないから、私は答えを見せてくれるように頑張ることにした!

 四肢の一本、二本、斬り落とせば答えを見せてくれるかにゃー?」


「………四肢を失うのは勘弁してほしいな、そんなことしなくても見せてやるさ」


 笑顔で恐ろしいことを呟く女性に深く深く溜め息をつくと、リーゼロッテは目の前に立つ『異常者』を金色の目で見据える。


「こちらの質問にきちんと答えてくれたことに礼を言うよ」


「いえいえ、こちらこそって――何の質問だったっけ………にゃ」


「君の加護を私がどう思っているか、という質問のことだ」


「あぁ! そうです! そうですにゃ!

 リーゼロッテちゃんは何だと思う?

 分かるかなぁ? わっかんないよねー?」


「――君の加護は『幻影』と『分身』だ」


 リーゼロッテの言葉にピタリと両腕を嬉しそうに振り回すサーニャの動きが止まる。

 その分かりやすい変化にリーゼロッテは唇をほころばせながら言葉を続ける。


「――戦っている最中から違和感があった。

 剣の腕は同じ技量、いや、私の方が少し上なのに傷を浴びるのはこちらだけ

 そして、こちらの致命的な一撃は何事もなかったかのように回避される」


「君は戦っている最中の所々で『幻影』を出している。

 それが、私が違和感を覚え、傷をもらう答えだ。

 私が攻撃するタイミングと防御するタイミングを幻影でずらされている」


「『分身』は致命的な一撃を受ける時だろう。

 正確には、高密度の幻影をその場に出しているのかもしれない、

 おそらく、『超高密度の幻影』を出している時は君はほぼ無敵だ。

 ――だが、これもおそらくだが超高密度の幻影は多大な魔力を払うはずだ。日に三回程度だろうか?」


 リーゼロッテは自身の腰に手を回すと、長々と吐き出した言葉の反応を見るようにネコミミの女性を目で捉えると、


「――これが私が今考えている『答え』だ。何点もらえるだろうか?」


 自分の答えを告げ、微笑んだ。

 その表情を見て、動きを止めていたサーニャは、


「――すごい! すごいすごい!!

 初めて会ったのにこんなに私のことを理解しちゃうなんてすごいよ!!

 文句なしに百点! ううん、百二十点あげちゃう!!!」


 動きを止めていた分の喜びを爆発させるように、今まで以上に激しく両腕を振り喜びを表現した。


「いいなぁ、素敵だなぁ!

 ねぇ、もう一回聞くけど、私と友達になる気はにゃーい?」


「もう一度言うが、殺し合いする仲は御免だ。

 殺し合いしないでこの場から手を引くと言うなら、考えよう」


「あー、それは無理だよー

 こう見えて、私は仕事をきっちりとする出来る女って立ち回りですから、にゃあ

 それに、友達になる事を心配してるようだけど大丈夫だよー

 私がリーゼロッテちゃんのお腹の中身を見たくなっても、止めれば良いんだから!

 すごく強くて頭の良いリーゼロッテちゃんなら簡単でしょ!?」


「断る。同じ屋根の下で腹を捌くことを夢見る殺人者と寝るほど私は酔狂ではない」


「あっ! 今、寝るのと夢見ることを掛けたんだねっ!

 上手いっ、上手いっ! やっぱり私とリーゼロッテちゃんは相性が良いよー」


 何度もすれ違いの反応を見せるサーニャに溜め息を付きながら、

リーゼロッテは金色の目を細め射抜くように目の前に立つ敵を睨みつけると口を開いた。


「――私は、魔女モニカの騎士だ。

 これだけはどんな状況でも揺らぐことはない。

 その前に立つ敵が居るなら、すべて打ち倒すまでだ」


 白銀の柄を握りしめ、目の前の敵だけに集中する。

 身体からは溢れんばかりの闘気と魔力が辺りを漂い、空気を貼り付かせる。


 そんな、一般人が受ければ即座に失神しそうなプレッシャーを受けながら、

闘気と魔力を一身に受けた『異常者』は舌なめずりして、狂気の笑みを顔に張り付かせた。


「――魔女の味方に付くなら、さすがにお友達になるのは無理です、にゃ!

 そんな人とは絶交、絶縁します、ニャ!!」


「――君とは交友も縁を深めるのも御免だっッ!!」


 短い言葉が交わされると、仲を違えた、騎士とネコミミの女性の戦いが再開された。


 サーニャの両足が地面を力強く踏み砕き、弾丸のごとく騎士の懐に飛び込む。

 リーゼロッテはその動きに合わせ剣を振るが――


「――ッっ!」


 咄嗟に地面から救い上げるように振った剣をさらに振り上げ、自分の真上を斬り付ける。

 斬撃を真上に放ち「誰も居ないはずの場所」から声がすると、銀色の一閃はダガーナイフによって受け止められた。


「ぅわ、今の良く分かったね。褒めてあげます、ニャ!」


 いつの間にか、空中を飛び自身の頭上に存在するサーニャの茶色の瞳と目が合う。

 地面を蹴り、懐に入ると「幻影が思わせて」本人は宙を舞って空中から攻撃しようとしたのだ。


 空中のサーニャ本体は回転しながら、右方向から斬撃を放つ、それに咄嗟に合わせようとするが、

 右の幻影が消え、左の本体から銀色の一閃が放たれリーゼロッテの左腕を斬り付けた。


 左腕に焼ける様な痛みが走りながら、


「ヴァ・ウィンドッ《吹き切り飛ばせ》!」


 空中で舞うサーニャに左腕で風の魔法を放つ。

 荒れ狂う緑色の魔力を受けた魔力の渦は、破壊的なカマイタチとなって空に居る少女を風と共に切り刻む。

 

 ――が、「すでに地上に居たサーニャ」は空中で無残に切り刻まれる自分の幻影を見ながら。


「いいなぁ、魔法が使えると攻撃に幅が出来るのは羨ましいの、ニャ!」


 呑気な言葉を吐きながら、すれ違いざまにリーゼロッテの腹を切り裂く。

 切り裂き、後方に飛びながら、舌打ちをする。


「鎧に拒まれちゃったかぁ、斬るより、突き刺さないと駄目です、にゃ」


 浅く切られた腹を押さえるリーゼロッテを見て、そんな自分の不手際を伝える。


 ――明らかに戦いの状況はリーゼロッテに分が悪い。

 サーニャは自分の加護が『幻影』だと見破られてからは、出し惜しみをせず使っていた。

 

 幻影を見破ったリーゼロッテも頭では分かりながらも苦戦は免れなかった。

 何度も何度も剣を振り、攻撃と防御を熟練の域まで高めたリーゼロッテには相手の行動への最適化が分かってしまう。

 頭と身体は咄嗟に最適の行動を取ってしまい、それが裏に出る。

 相手の裏を付こうとすれば、相手の真正面からの一撃を捌けない。

 実力が離れていれば裏の裏を描くと言うことが可能だろうが、実力はほとんど拮抗していた。

 サーニャは明らかに剣で戦う相手との相性が良い。

 逆に剣で戦う者は「相性が悪すぎる」相手だと言える。

 普通の騎士なら苦汁を舐めながら殺されていくのが必然だろう。


 だが、そんな、相性が悪すぎる相手と対峙している騎士、リーゼロッテは苦境に立たされているというのに笑っていた。

 金色の髪をたなびかせ、ネコミミの女性を金色に輝く瞳で射抜くように見つめると静かに口を開く。


「――サーニャ、私の勝ちだ。次の一合の打ち合いで終わる」


 桃色の唇を緩ませ静かに微笑みながら、終わりの言葉を告げる。

 確信めいたリーゼロッテの言葉を受けて、サーニャは首を傾げ不機嫌な顔で言葉を返す。


「――諦めちゃった?

 それとも差し違えるつもりで居るの?

 駄目だよー、最後まで諦めないで戦って私に殺されなきゃ」


「諦めるつもりも、差し違えるつもりも、君に殺されるつもりも――ない」


 リーゼロッテはそっと金色の目を閉じると、白銀のレイピアを真正面に掲げる。


「自分の疑問を確かめるために私を殺しにかかると良い

 それが幻影でも本体でも、この戦いはそれで終わりだ」


 圧倒的に不利なはずの状況なのに、勝ち誇ったような姿のリーゼロッテの姿を見て、サーニャは益々不機嫌な顔をする。


「視覚を閉じて、他の五感で戦えば幻影は関係ないとかです、にゃ?

 ちょっと、それは都合良すぎないですかニャ?」


「――前も言ったな、言い訳を考えないと決闘が出来ない性質かと

 さぁ、来い、疑問に答えてやる」


 目を閉じながら挑発で返すリーゼロッテに、サーニャはナイフを空中で回転させながら、静かに表情を消していく。

 その顔に子供のような無邪気さや喜び、悲しみ、焦りと言った感情は見えない。

 どこまでも目の光りを暗く輝かせ、殺意を滾らせる。

 目の前の獲物を殺すためだけに神経を集中させる。


 自身の集中力が極限まで高まったことを実感すると、狂気的な笑みを走らせ、空中で回転するナイフを掴み力いっぱい目の前の獲物に投げつける。


 空中から曲線を描きながら襲い掛かるナイフに金色の騎士は目を閉じたまま静かに反応する。

 頭を下げ、地面に転がりながら凶器を躱す。


 その隙にサーニャは外套の中から新しいダガーナイフを取り出すと、

幻影を左右に二つ作りだし、同時に地面を蹴り、目の前の獲物に向かって三方向から斬撃を浴びせる。


 金色の騎士はその中の一つに反応すると、真ん中のネコミミの女性に向けて上段から稲妻の様な一閃を放った。


 だが、その攻撃もサーニャは予測していた。

 魔力を飛躍的に高めると、自身を高密度の幻影で包み込む、幻影は斬られ真っ二つになるが、本体は無事だ。

 この状態のサーニャはリーゼロッテが予測していた通りにほぼ、無敵と言えた。

 もはや幻影と言うよりは「時空を少しずらす」この切り札はサーニャの取って置きだった。

 ただし、高密度の幻影状態は数秒で効果が切れてしまう、しかし数秒もあれば十分だ。

 あとは無防備な目の前の獲物にナイフを差し込めば良い。

 目の前に立つ獲物に右手で突き刺す。突き刺し、捻じり込み、引き抜く、これで………これで?


 サーニャは自分の右手が動いていないことに気付いた、右手だけじゃない、左手も、

 いや、気が付けば、全身が動かない。


「――私の加護の答えを教えよう」


 ゆっくりと目の前に立つリーゼロッテの目が開かれた。

 金色の眼は魔力を帯びた様に発光している。その姿は闇夜で輝く満月の様に光り輝いていて、目を見開く美しさだった。


「――具現化、というのは半分当たりで半分ハズレだ。五十点しかやれないな」


 発光する金色の瞳を細め目の前に対峙する敵を見つめながら、口を開く。


「――私が何を具現化しているのか。その答えが大切だ

 まぁ、この状況を見れば答えは分かっているだろう」


 リーゼロッテは言葉を話しながら白い息を吐く。

 もはや、凍えて動けないサーニャは目を見開きながら騎士の口から紡ぎだされる透き通るような声を聞いた。


「私の加護は『氷』そのものだ」


「私は解放する。

 フロストフランベルジュ《我が意に従い世界よ凍れ》」


 ――次の瞬間、世界は白銀に染まった。

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