第30話 エピローグ

「くはは。しかし意外じゃったぞ凌我りょうがよ。お主が水の小娘をかばうなど」


レベルⅤとの戦いの傷を一日で完治させた凌我は、事件の影響で休校になったのをいいことに朝から自室のベッドで寝ころんでいた。窓から差し込む朝日に目を細める神無かんながそう話しかけるも、凌我は何も答えない。


レベルⅤとの戦いのすぐ後に、校舎内での霊獣との戦いも終わったらしい。『霊獣が地下から出ている』と気付いた数名の教師や生徒が東雲しののめの後にも続々と旧演習場へ集まってきた。


凌我を除けば大きなけがを負った生徒はいないようで、すぐに今回の事件に関する情報交換に話は切り替わった。


とはいえ、今回の事件についてまともに内容を把握している人間など、凌我たち四人しかいない。一人だけ気を失っていない千聖ちさとが、今回の事件のあらましを説明しようと――したところで、凌我が意識を取り戻した。


千聖が凌我に肩を貸し立ち上がらせたところで、開口一番凌我はこう言ったのだ。


悠一ゆういち護堂院ごどういんも、一週間も霊獣に憑依されて大変だったな』


人間側唯一の加害者、さきのことすら『被害者』側に巻き込んで、校舎内に霊獣を招き入れた罪すらすべて霊獣に擦り付けてしまった。


「炎の小娘を騙してまで水の小娘をかばう理由がわしにはさっぱり分からん」

「……別に護堂院のためじゃねえよ」

「ならば誰の……ああ、そういうことか。お主がかばったのは水の小娘ではなく、炎の小娘の方か! くははは! 健気じゃのう!」

「うるせえ」


もしも咲が今回の事件で霊獣に協力したと知られれば、処罰は免れないし彼女の悪評もついてまわることだろう。

そして、その影響は彼女の慕っている千聖にもあるはずだ。


「まあ、堅物の護堂院にとっちゃ罰せられるより辛いだろうがな。……んなことより、俺もお前に聞きたいことがある」


朝日よりも生暖かい視線を浴びせてくる神無に、凌我はようやく視線を合わせた。


「お前、千聖のことに本当はいつから気づいてた?」

「……なんのことじゃか」


吹けもしない口笛をひゅーひゅーしながらとぼける神無に凌我は手を伸ばすと、むぎゅうと正面から頬を鷲掴みにして顔を逸らせないようにする。


頬をむにゅむにゅと弄びながら、不機嫌な声音で凌我は神無を問い詰める。


「俺が気付いたのは模擬戦終わった後くらいだけどよォ。お前、本当はもっと前から気づいてたろ」

「さ、さあ? わしもお主に言われて初めて気づいたんじゃが」

「嘘つけ! じゃねえとお前からあんなタイミングよく体取り返せるわけねえだろ!」


模擬戦の際、神無の力を千聖に振るおうとする直前に、奇跡的にも凌我は体を取り戻すことに成功した。そのおかげで千聖は今日も生きている。


……それは本当に奇跡だったのだろうか。


「それにそもそも、お前があんときに拒絶共鳴シングルアシストの邪魔すんの急にやめたのがいい証拠じゃねえか! お前、実は俺と同じくらい十一年前のこと気にしてんだろ! だから俺たちに気ぃ使ったんだろ!」

「ち、違いますぅー! わしにそんな優しさはないですぅー!」

「キャラ崩壊してんじゃねえか! いつから気づいてた! いつから俺に黙ってやがった!」


凌我が神無の頬を上下左右に引っ張って尋問を始める。

決して口を割ろうとしない神無容疑者と取っ組み合いながら騒いでいると、ともすれば聞き逃してしまいそうな控えめなノックの音が聞こえてきた。


「……戻っとけ神無」

「た、助かったわ……」


体の結束を解いて神無が凌我の中へと意識を戻す。姿が完全に消えたのを確認してから、凌我は扉の向こう側へ『開いてるぞー』と言った。


「は、入るわよ!」

「……千聖?」


声の主は千聖。男子寮にまで押し掛けるなどいったい何の用だろうと、首をひねるも――そんな疑問は千聖の姿を見た途端吹き飛んだ。


「お、おま、お前……なんでメイド服!?」

「ア、アンタが前に見たいって言ったからでしょ!」


あっけにとられて固まる凌我。そんな凌我に構わず千聖はずかずかと部屋に入ると凌我の前に仁王立ちをした。


確かに模擬戦の際、負けたらメイド服を着ろと言った記憶はあるが……それが今こうしてメイド服を着る理由とはならない。


「き、昨日の戦いのとき、命令権使ったじゃない?」

「お、おう……」

「あの後、帰ってから思ったのよ。あの模擬戦、アタシは勝ったって認めてないのに、勝利報酬を使うのは筋が通ってないんじゃないかって」

「……だから?」

「アタシが命令権を使ったんだから、その分アンタのも使う。だからわざわざ演劇部から衣装を借りてまでアンタの希望したメイド姿で来てあげたのよ」

「…………」


来てあげたのよ、と言われても苦笑いしかできない。


というか来てどうするつもりなんだこのメイド、という視線を疑いの眼差しと受け取ってしまったのか、千聖は顔を赤くしながらわたわたと言い訳を付け加えていく。


「そ、それにほら! アンタ、アタシが憑依されてる時に『お帰りなさいご主人様』って言われたいって言ってたわよね! あの事件の功労者のために、その要望も叶えてあげようと思ったのよ!」

「……そ、そうか」

「なによまだ疑ってるの!? 別にアンタに可愛く見てもらいたくて着たわけじゃないんだからね! 『責任取る』とか言っておきながらすたすた帰ったアンタに迫るために押し掛けたわけじゃないんだからね!」

「分かった、分かったからそれ以上ボロを出すな。聞いてるこっちが恥ずかしくなってくる」


「別にボロなんて出してないから! 勘違いしないでよね! アンタのことなんて――」


テンパった千聖がいよいよ伝説のツンデレセリフを言おうとしたその瞬間。


「ち、千聖さん……?」


開け放たれていた扉から、二人目の来訪者の声。

凌我と千聖がそろって視線を向けると、扉の前には凌我と千聖が逢瀬をしていると勘違いしてショックを受けている咲の姿があった。


……なぜか彼女もメイド服姿で。


「なんでお前までメイド姿なんだよ!」

「こ、これは! 今回の件、お前には返しきれない恩があるから……せめて、私の身を捧げてお前の欲望を満たそうと……!」

「涙目になりながら言うんじゃねえよ! 望んでねえから!」

「貧乳には興味はないと!? 貴様、どれだけ私のことを愚弄すれば気が済むんだ!」

「全部お前の暴走だろうが!」

呆れた凌我はベッドから降りて咲に近づくと追い返そうと彼女をエレベーター側へ押し戻そうとする。


ちょうどそのタイミングで。


「し、師匠……?」


エレベーターとは反対側、つまりは凌我の背中側からいざという時頼りになる弟子、悠一の声が聞こえてきた。


「いいタイミングで来てくれた悠一! ちょっとこいつ追い返すの手伝っ――なんでお前までメイド服なんだぁぁあああ!!」


悠一はまさかのミニスカメイドで登場。女性用のメイクまでしてばっちり決めに来ている。ちょっと可愛いと思えてしまうのが凌我にとっては何よりも悔しい。


「ちょっと! アタシを差し置いてどこに行くのよ! いい? 何度も言うけどこれは変な理由じゃないんだから!」

「なぜ追い返そうとする篠宮凌我! ま、まさかお前、その欲望を千聖さんにぶつける気か!? 許さん! たとえ恩人といえどそれだけは許さんぞ!」

「し、師匠! 俺の方が可愛いっすよね! 俺の方が師匠好みのメイドさんっすよね!」

「お前ら全員帰れぇぇぇえええ!!!」


『くはは』


学校全体を巻き込んだ大事件。その関係者四人は、早くも日常に戻りつつあった。


ぎゃーぎゃーと騒ぐ四人に隠れ、誰かが笑う。

冷めたようで温かくもある眼差しで、四人を見つめながら。


事件の影響はなくならず、あの四人も今まで通りとはいかないだろう。

それでも四人は、それぞれ弱さと向き合い張り通したい意地を見つけた。


ならば大丈夫。きっともう道を間違えることはない。

だからこそ、最強は笑う。とてもとても――楽しそうに。


『はてさて、今回は誰が意地を貫けるのやら』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

拳×剣=破! リュート @ryuto000

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ