第27話 怨÷拳=王道

熱せられた床から靴越しに熱が伝わってくる。

地獄に足を踏み入れ凌我りょうが霊獣れいじゅう相手に不敵に笑う。


「そんな死にかけの体でそんな発言ができるとは……さすがは埒外のツキモノを宿した人間、といったところか」

「……やっぱり神無のことはもう知ってるんだな」

「十一年前の記憶からな。火野ひの千聖ちさとは忘れているようだが……お前にとっては好都合だろう? こんな傷を付けたなんて、面倒なことを忘れてくれているんだから」

「黙れよ」


煮えたぎった噴火直前のマグマのように、終わりを感じさせる声で霊獣の言葉を遮る。


今にも爆発しそうな怒りを抑えながら、凌我はただ一つだけどうしても聞かなくてはならないことを口にする。


「お前の目的はなんだ? こんなまどろっこしい作戦立ててそいつの体を乗っ取って、なにするつもりだ? 俺にはそれを聞く資格と義務がある」

「目的? 目的ねえ……特にないな」


凌我の問いかけに返ってきたのは、中身のない軽い答えだけ。

『は?』と気の抜けた声を出して眉を顰める凌我に、霊獣は笑いながら続けた。


「じゃあなんでお前は千聖の体を……」

「より強い存在の方が、生きやすいからだが?」


『生きやすい』という意味を理解のできない単語に凌我は困惑を表情に出してしまう。


そんなリアクションの何が気に入らなかったのか、霊獣はその顔をひどく歪ませ、不愉快そうに凌我を睨みつけた。


「そうだ、そうだったな。お前たちはそういう生き物だったな。 己が生きているということを当たり前に受け入れ、死を遠い存在に感じている! 生きているのなら死ぬという摂理を忘れ、限りある生をいたずらに浪費している! 心がある神秘を! 肉体がある奇跡を! 確固たる生命として存在しているという祝福を! お前たちは何も理解していない!」

「……じゃあなにか、てめえの目的は――」

「生きたい! ただそれだけだ!」


生への不理解を嘆き悲しみ怒り叫ぶ霊獣は、知性のない獣には見えないほど感情が浮き彫りになっている。


その声や顔や仕草の全てが霊獣が心を持っていると語っているように見えた。


「霊獣はそこに『ある』だけで生きてるわけじゃない! たとえどれだけ力を蓄えてもそれは変わらない! お前たちに倒されるまでもなく、ふとした拍子に掻き消えてしまうほど儚い存在なんだよ! だから『肉体』という器がいる、消滅から逃れるために!」


凌我の心に届くほどに霊獣の言葉には懸命さがこもっていた。


生きたいという当然の願い。

そのために必要なものを死に物狂いでかき集めてゴールに辿りついた。


ようやく手に入れた火野千聖という器を守るために、霊獣は凌我に牙をむく。


「だからお前には消えてもらう! お前の力は俺にとって危険でしかない! お前が弱っている今、確実に殺す! その時こそ俺は生を獲得できる!」


己に向けられる色濃い殺意。体はボロボロで戦う力などほとんど残っていないこの状況、まさに絶体絶命と言える中――それでも凌我は、一歩も退かずに睨み返す。


「てめえが生きたいと願うように、俺にゃあ生きて欲しいと願ってるやつがいる。そいつの人生台無しにしてまでてめえの望みに付き合うつもりはねえ」

「当然だろうな。もともと俺も貴様に懇願するつもりなどない。ならば方法など最初から一つしか残されていない」

「分かってんなら問題ねえ。てめえの意地と俺の意地、ぶつかったからにゃあどっちかへし折るしか道はねえ。てめえ貫きてえならかかってこい! 売られた喧嘩は買ってやらぁ!」

「ただの人間が調子に乗るな! 俺が手に入れた神の力、最初から全力で見せてやる!」


宣言通り、千聖に憑依した霊獣は手に持った『灼炎の業剣メルトブレイズ』の柄へと手をかける。剣は抜かず、腰を落として構える。


その構えから連想される『全力』など一つしかない。

世界のすべてを溶かしつくす、熱の権化。『聖火の剣姫』最強の技。


一度は負けたその技に対し、凌我は最初と同じように迎え撃つ体勢を取る。


「行くぞ篠宮しのみや凌我りょうが。俺の生のために溶け消えろ!」


手に持つ剣には尋常ではない憑力アンセスが凝縮されている。その熱は凌我がかつて対峙した千聖のそれに決して劣らない。


剣が抜かれる。熱が解放される。世界が熱の暴力により溶かされていく。


焔剣融世トライアンフ!!」


凌我が一度は敗れた技。

なにかしらの対処方法を考える必要があるが、この状況がそれを許さなかった。


霊獣に受けた傷は凌我から着実に体力を奪い、もはや彼にはまともな戦いを行う力など残されていない。初撃を最短距離で当てに行かなければ、千聖の次のアクションにかかわらず凌我の体力切れで戦いは終わってしまう。


初撃を必ず当てるために凌我が今取れる行動はただ一つ。放たれた技を真正面から打ち破り、霊獣が次のアクションを起こす隙を与えずに倒すことのみ。


……ただ、そんなものは彼からすれば後付けの理由だ。たとえ万全の状態でも凌我なら同じことを選ぶ。


自分の意地を貫き通すのならば、相手の全力には正面から!

ど真ん中をぶち抜いて、ぶれず曲がらず真っすぐに!


道がなければ拳で作る!

王道おうどう驀進ばくしん! それこそが――篠宮凌我という男である!


絶拳凌駕ぜっけんりょうが!」


床が砕けるほどの力を込めて、体を前へ撃ち出す。猛スピードで飛び出した凌我の体は一瞬で焔剣融世と接触。凌我の拳が焔剣融世と打ち合い――拮抗する。


その瞬間、霊獣は勝利を確信した。


「お前の負けだ! 篠宮凌我!」


絶拳凌駕は己の体を銃弾のように射出する技。撃ち出した瞬間に足が使い物にならなくなるため一度でも速度が落ちればその時点で凌我の負けだ。


勝った、邪魔者を倒した、自身の生をつかみ取った!


勝利の歓喜が霊獣の心を満たしていく。他者の命を奪って手に入れた命に思いを馳せ、光り輝く未来に夢を見て――


「負けてたまるかぁぁぁぁああ!!!」


――その夢を、咆哮と二度目の爆発音がかき消した。


「なっ!?」


ありえない。


千聖の記憶から読み取った限りでは、一度限りの『瞬間最大火力』の技のはず。

焔剣融世と競り合って止まったにもかかわらず、そこから再加速するなどありえない!


だが、どれだけ受け入れがたいものでも起こったことは変わらない。

凌我の体は加速し、焔剣融世を――ぶち破る!


「記憶と違って驚いてるか? はっ、よぉく覚えとけ獣野郎」


凌我の拳が千聖の体へ近づいていく。

勝利を確信し油断してしまった霊獣にその拳を避ける術はない。


「俺の名前は篠宮凌我――『我』を『凌ぐ』と書いて『凌我』だ!」


放たれた凌我の右拳が千聖の顔面を捉える。

ど真ん中に打ち込まれた拳は千聖の体を浮かし、数メートル先へと吹っ飛ばした。


獣の思惑をぶち破り、勝利したのは――意地を貫き通すことができたのは、凌我だった。

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