第22話 人+生=怠惰

「おい佐藤さとう! 話が違うぞ! これは……これはなんだ!」


サイレンの響く校内でさきが叫ぶ。

片手には悠一ゆういちの端末と通話中の自身の端末。もう片手には憑纏アウトライン『狐鞭(フォックステイル)』が握られている。


『なにを言ってるんですか。計画通りでしょう? 俺が師匠を呼び出してアリバイをなくす。その間にあなたが校内に霊獣を放つ。ね? なにもおかしくなんてないじゃないですか』

「詭弁を……!」


そう言いながら、咲は狐鞭を持った右手を縦へ横へ休む間もなく動かし続ける。


彼女がいるのは深陽しんよう高校の地下二階。まだ学校の敷地が広くなかった頃に作られた、今は使われていない旧演習場がある。


階段を下りればすぐ目の前に重く閉ざされた鉄の扉があり、その向こう側が演習場スペースだ。


更衣室やトイレなどはすべてこの扉の先にあるため、階段と扉の間には三メートル程度の間しかない。


彼女はその狭いスペースで、何十匹という霊獣を相手に鞭を振るっていた。


倒しても倒しても、霊獣は数を増やすばかり。

倒し損ねた霊獣は数え切れないほどで、そのすべてが導かれるように階段を駆け上がっていく。


「くっ!」


鞭だけではなく、自身の周囲から目にも止まらぬ水弾を咲は打ち続ける。だが、鞭と違いまともに狙いを定めていないそれはそのほとんどが何にも当たることなく壁や床にぶつかり弾けるだけだ。


『端末越しにも戦闘音が聞こえてきますよ。大変そうですね』

「ふざけるな! これでは、篠宮しのみや凌我りょうがを学校から追い出すなんて……」


咲が協力した悠一の計画は、ひどく悪質で醜悪で、だが誰も死んだりしない計画――のはずだった。


悠一が凌我を呼び出し、誰かと一緒に居たというアリバイを消す。その間に咲が持ってきた霊獣を校内へ放つ。


当初の予定ではレベルⅡの霊獣が五体と、ベーシックタイプのレベルⅢを一体のみ。数人がかりで挑めば生徒でも簡単に倒せる数だ。


そして事件が一段落着いた頃に、咲と悠一が口裏を合わせて凌我を『霊獣を校内に逃がす危険なイタズラを行った生徒』に仕立て上げる。


それを理由に彼の居場所をなくし、理想を言えば即退学、そうはならなくとも学校全体に彼を排除する空気を作り出し長いスパンで彼を追い出す。そんな計画だ。


悠一の口から『篠宮凌我を消す』という言葉を聞いたときに血なまぐさいもの想像した咲からしてみれば拍子抜けもいいところで、彼女は深く考えることもなくその計画に協力することを受け入れた。


……それがどうだ、このありさまは。


「貴様のサイコキネシスで箱に閉じ込めた霊獣をほんの数体という話が……この数はなんだ! まるで……」

『焔生池での時みたい、ですか?』


悠一の答えが自身の続けようとしていた言葉そのもので、咲は思わず押し黙る。


咲が言った箱とは、床に転がっている二つの小さな箱のことだ。一辺が十センチほどの手のひらに乗せられるサイズの金属製の箱は、何の変哲もないただの容器である。


あまりにも安っぽすぎて、だからこそ簡単に校内へ持ち込むことのできた小さな箱。


そう、その小さな箱から、今彼女が討伐している霊獣『全て』が沸いてきているのだ。


『そりゃそうですよ、あれだって同じ原理でやったんですから。あの公園や公園近くで生まれた霊獣を少しずつ少しずつ、十一年もかけてあんな数まで増やして、誰にもばれないように小さく隠して……本当に大変でした。今思うとそれを大変と思うほどの知性が無くて助かりましたよ』

「……待て、何の話をしている?」


まるで悠一があの事件を起こしたような口ぶり。それを流せるはずもなく咲は喰いついた。


あの情けない悲鳴も、恥を捨てて逃げ出したこともすべて演技とでも言うのだろうか。


その回答はすぐに返ってきた。端末を通した特有のノイズもなく、非常に聞き取りやすい声で。


「何の話って、俺の計画の話ですよ」


その声は、目の前の階段から聞こえてきた。


柄を握ったハンマーを引きずりながら、まっすぐとこちらへ進んでくる。


ガツン! ガツン! と、ハンマーが階段から一段落ちるたびに、咲の体に重低音が響く。


「あれ、もっと驚いてくれると思ったんですが。……ああそう言えば、あなたは今ここが監獄と化していることを知らないんでしたね。『ど、どこから来た!?』みたいなリアクションを期待してたのに、これじゃあ霊獣を操って防壁を降ろした甲斐がない」

「計画とはこのことじゃないのか! ここが監獄になったとはどういう事だ!」

「少しは自分で考えたらどうですか。推理の材料なんてたくさんあるでしょう。例えば、どうして俺は今、まっすぐ歩けているのか、とか」


階段を降りきって咲の眼前に立った彼は、確かに一度も霊獣を避けるような動作をすることもなく、まっすぐ歩いてきた。

霊獣が悠一のために道を開けるように横へと逸れていたのだ。


「あなたは気にするべきところを気にしなかった。だから俺の本当の計画を見抜けない。見抜くのは難しいにしても警戒するくらいは普通するものだと思いますけどね? 下手に心なんてものがあるせいで、人間ってのは獣以上に扱いやすい」


そう言って、悠一はパチンと指を鳴らした。


その瞬間、今まで咲に目もくれず階段を駆け上がっていた霊獣たちが、急に咲を敵として認識し始める。


「お前は……なんなんだ……っ!」


今まで以上に鞭を振るいながら、迫りくる霊獣を消し去っていく。だが、霊獣は叩き落せても、手の届く位置にいる悠一へ攻撃する暇が生まれない。


数という名の暴力。地下の閉鎖空間という地の不利。そして罪悪感から生まれる動揺。


「これ以上ないほどピンチって状況ですね。どうします?俺に助けでも乞いますか?」

「ぬかせ。貴様に助けなど求めるか! ……水精を甘く見るな。狐鞭の本当の姿を――」

「させるわけないでしょう」

 悠一が懐から何かを取り出し咲へ投げつけた。


それは小さな箱。蓋の開けられた、手のひらサイズの安物の箱だ。


そして、つい先ほどまで咲が持っていたものと同じもので。


「……あ?」


箱からレベルⅢのニュータイプが湧き出ててくる。

その数は簡単に十を超えていた。


ただでさえ数体レベルⅢがいて苦戦を覚悟したこの状況で。

さらに絶望が湧いて出るというのか。


「最初から本気を出していれば、こんなことにならなかったのに。あなたは生を掴み取ることを怠った。生きることに対して不真面目だった。だからあなたは負けるんです」


鞭をかいくぐった霊獣の一匹が、そのまま咲にぶつかり彼女の体勢を崩した。そのせいで鞭も止まる。


そうなればもう、霊獣を止めるものはない。


咲が悲鳴をあげるよりも早く――彼女の姿は、霊獣の波の中へと消え去った。

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