第17話 夢-現実=成長

無限にも思える霊獣との戦闘の最中、薙刀を使用して霊獣と戦っていた女子生徒が、さばききれなかった霊獣に足をすくわれて転倒してしまう。


「きゃっ!」


タイミングの悪いことにそのすぐ近くには――レベルⅢ。それもニュータイプが二体。ムカデの体に像のように太く短い脚のついたものと、頭が三個に足が六本の霊獣だ。


近くで倒れ込んだ生徒に二体ともが反応し、両方同時に襲い掛かってくる。

襲われる女子生徒は脳は死の恐怖に支配され、ツキモノの制御もままならない。


「あ、あああああ!!」

叫んだのは女子生徒ではなく千聖だ。

もう手段を選んでいる暇はない。レベルⅢに焔剣融世トライアンフを浴びせるべく、剣へと熱を溜めていく。


しかし――間に合わない。熱を溜め終わるころには霊獣は攻撃を終わらせていた。


ムカデ型の霊獣は重みのある像のような足を振り下ろし、頭と足の数が多い霊獣は三つの頭のすべてを使いむき出しにした牙を深く突き刺している。


……ただし、それを受けたのは。


「俺抜きで楽しそうなことしてんじゃねえよ……!」


一瞬で少女と霊獣の間に割り込み、獰猛な笑みを浮かべてレベルⅢの攻撃を受けきった凌我である。


彼はムカデ型の足も三つ頭の牙もすべて両腕だけで防いでいた。


霊獣の重みのせいで左腕の骨はひしゃげ、右腕には鋭い牙が肉を引き裂き深く刺さっているが、そんなことお構いなしと凌我は腕を振り回す。


腕に体重を預ける形になっていたムカデ型はそれだけでバランスを崩す。

その間に、凌我はいまだ腕に噛みついたままの霊獣を、腕をフルスイングすることでムカデ型の霊獣に全力で叩きつける。


衝突によって致命的な隙が生まれた二匹に、凌我は息つく暇も与えずに拳を叩き込んでいった。


二十発ほど打ち込んだところで、ムカデ型の頭から『ぐじゅっ』という果実をつぶしたような嫌な音が聞こえる。それが致命傷になったのか、ムカデ型はレベルⅡと同様に体を霧散させ溶けるように消えていった。


『があああああ!!』


残りの三つ頭が凌我の拳をかいくぐって凌我の首元へ牙を突き立てようとする。


それに対し凌我は何をするかと思えば……三つの口の一つへ左腕を突っ込んだ。


口が閉じられ牙が深く突き刺さる。腕を食いちぎらんと霊獣が顎に力を込めるが、それよりも早く凌我は叫ぶ。


「足でできて手でできねえ道理はねえよなァ!!」


瞬間、三つ頭うち凌我の腕を食べていた頭が爆散した。霊獣がうろたえる隙に残り二つも殴りつぶし消滅させる。


霊獣の頭を爆破したのは凌我が千聖に習った憑力コントロール『箔爆』の応用だ。憑力を凝縮させる場所を足の裏ではなく手のひらにすることで、手のひらで憑力の爆発を起こし攻撃に転化させる。


『箔爆』を技にするなど、普通の憑術士であれば憑力を使いすぎてあっという間に憑力切れしてしまうが、神無を憑かせている凌我にはそんな心配は無用である。


「はははは! 楽しくなってきた! こうでなくっちゃな!」


両腕から決して少なくはない血を流しながら、凌我は次の獲物を探す。


少しだけ離れた場所で浅木がレベルⅢに追われている。凌我はそれを次の標的に決めると、足の裏に憑力を溜め――再び爆発を引き起こした。


プールの時のように吹き飛ぶ体。あの時と違うのは山なりにではなく直線的に、目標地点へ最短距離で向かっていることだった。


凝縮の失敗により自身の体を無造作に吹き飛ばすほどの度の過ぎた爆発を、力の量ではなく向きをコントロールすることで飼いならし、超高速の移動方法にしてみせた。


ただの特訓の一環を、自身のポテンシャルに組み合わせることで攻撃と移動に生かす機転。凌我が求めていたのは、そんな発想を思いつかざるを得ないほど切迫した状況――まさに、今この時のような瞬間である。


「はははははは!!」


感情の昂ぶりが抑えられない凌我は、公園全域に響きかねないほどの笑い声を上げながらレベルⅢに襲い掛かる。手早くその一体を倒すと、飢えた獣のような目で次の獲物を探し始めた。


一体倒すごとに体中に傷を増やしながら、止まることなくレベルⅢを狩っていく。


……その戦いの場から離れた、池の中心。


無限にすら思える霊獣を相手にしながら、千聖は自分を恥じていた。


(……情けない。焔剣融世を使わなくても、もっと確実に向こうに行ける方法があったのに……!)


壁を作り進路を阻む霊獣。それ以外にもボートを陥落せんと数え切れない霊獣がこちらを襲ってきている。


千聖は当然のようにその壁や周りの霊獣を倒してから凌我たちのもとへ向かおうとしていたのだが。


(それはつまり、安全を確保しないと次の行動を起こそうとしなかったってこと。凌我は躊躇なく自分を犠牲に戦ってるのに、アタシは自分が無傷でいることを絶対条件にして考えてた!)


千聖は気づいていた。一見不規則にターゲットを決めているような凌我だが、実際には『誰かを襲っている霊獣』を必ず討伐していることに。


それは、自分を犠牲にチームメンバーを守ってくれているということ。リーダーたる千聖がやるべきことを、誰に頼まれたわけでもないのに己の信念だけで行っている。


ならば、今ここで動かずして自分はいったい何になれるというのか。


「咲、今度こそ本当に向こう行くから。悪いけどあとは任せたわ」

「周りの霊獣は全然減らせてないんですよ!? いったいどうやって……」

「そんなの簡単よ。減らしてから行くんじゃない。斬り進みながら――押し通る!」


それだけ言い残し、千聖はボートから飛び降りた。


力加減はプールと同じ。沈まず吹き飛ばずの威力になるように調整して凝縮し、爆発!


単騎飛び出した千聖に向け、霊獣が波のように襲い来る。そのことごとくを溶かし、瞬く間に問題の壁へ。


今日一番の大きさになった壁に向け、千聖は速度を緩めないまま突進する。だが、さすがに霊獣の壁はそう簡単には溶かしきれず、千聖は今日初めて相手の間合いに身を投げた。


この距離なら霊獣の牙は自身の肌に届く。爪は肉を引き裂ける。


相手の攻撃が自分に届くという、戦士であるなら当たり前の、しかしツキモノが強すぎるがゆえに触れる機会の少なかった恐怖が千聖を襲う。


(――だからどうした! ここで立ち止まったらアタシは強さなんて手に入れられない!)


霊獣も恐怖も一緒くたに燃やし、千聖は水面を駆ける。


千聖の剣の腕が一流とはいえ、圧倒的な数の差によって何体かが彼女の肌に浅い傷をつける。だが、彼女はその痛みすら嬉々として受け入れて剣と炎で道を切り開く。


地面まであと少しのところで、霊獣たちが最後の悪あがきとばかりに一気に突っ込んでくる。悪夢のような光景だが、目指すべき場所を見つけた千聖にとってはもはや障害ですらない。


「溶け消えろ!」


前方一帯すべてを覆うように炎が噴き上がる。目を覆うほどの輝きを放ちながら燃え上がる炎の幕に、霊獣たちは一匹残らず消え去った。


霊獣を溶かして切り開いた道を進み、ようやく千聖は池のほとりへとたどり着いた。


「――待たせたわね」


ただその一言で、絶望に瞳を曇らせていた浅木達から歓声が上がる。

メンバーの士気が上がるのを確認しながら、千聖は浅木達に指示を出す。


「浅木君たちはレベルⅡの殲滅、ただそれだけに尽力してちょうだい!」

「レ、レベルⅢは……」

「アタシに――いえ、アタシと凌我に任せなさい」


それだけ言い残すと、すぐさま近くのレベルⅢへと向かって駆けだす。


「凌我、遅くなってごめん! ……早速だけどアンタが手こずってるそいつもらうわよ!」

「あっ、てめっ、人の獲物を!」


噛み合っているんだか合っていないんだか分からない二人。

だが、背中を預けて戦いだした二人は――まるで旧知の友のように見えた。

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