第11話 拳+念=事故

「師匠ぉぉおおお!!」

「んな怒るなって。ポジティブに行こうぜ」

「ポジティブも何も状況の理解が追い付いてないんすよ! なんで……なんでD組の俺たちが、S組の最強二人とプールに来てるんすかぁぁああ!!」


絶叫する悠一を無視して、凌我は今に至るまでの経緯を思い出す。


始まりは凌我が千聖へのチーム参加を決めたすぐ後だ。

早速特訓を希望した千聖が、次の休日の朝に集合と指定した場所がここ。学園敷地内のプールである。


商業用のプールではないため流れるプールやウォータースライダーなどはなく、一般的な二十五メートル×六レーンのプールがあるのみだ。


プールは室内に設けられており、天井はガラス張りで輝く太陽の光が揺らめく水面に美しく反射している。


そんなプールの端っこで、上機嫌の凌我と何も知らされずにまんまと誘い出された悠一は、水着姿で女性陣を待っていた。


「帰っていいっすか……緊張で今朝食べたカップラーメンをぶちまけそうなんすけど……」

「そんなに気構えなくても大丈夫だっつうの。それに今日はアイツの『神権限』とやらで俺たちの貸し切りなんだから。ちったぁ気が楽だろ」

「ま、まあ……他の人たちの視線がないなら……」


悠一にバレないよう、小さく嘆息する。

凌我が千聖のチームに悠一も一緒に入れさせたのは、悠一のこういう性格を直すためだ。


Dランクのツキモノは世間一般では『弱者』扱いされている。

凌我のような事情も気の強さもない悠一にとって、それは大きなコンプレックスであり、周りの視線を過度に気にするようになった。


同じランクしかいないD組の中では普通だが、C組以上の相手には怯えてしまう。出会って数週間しか経っていないが、凌我はそのあたりのことを察していた。


だからこそ、一緒に強くなって少しでも弱気な性格が改善されればと考えたのだが……。


「うおお……なんかお腹の調子も……」


……ちょっと刺激的すぎたらしい。


「とりあえず今は修行云々は置いといて、美少女二人の水着姿を見れるのを楽しみにしとけ。それだけならテンション上がるだろ?」

「千聖さんをよこしまな目で見るなと言っているだろう変態が」


悠一の背中をさすり始めた凌我の横から、とげとげしい咲の声が掛けられる。


視線を向ければ、水着姿の咲と千聖がいた。


咲の姿は青いビキニ姿。体型こそ大人びているとは言えないが、日々の鍛錬により無駄な肉のない体と、きめ細やかな美しい白い肌が、健康的な魅力を出していた。


対する千聖は競泳水着。胸元から足の付け根までを全て覆う形状。黒い生地に白いラインが入った、性能を重視したデザインだ。


「待たせたわね」

「全くだ。……で、今日はプールなんざ貸し切ってなにすんだ?」

「ま、見てなさい」


準備運動はすでに済ませているのか、早速プールの端――飛び込みのために少しだけ高くなっている場所へと立った。


千聖は体の調子を確かめるように飛び込み台の上で二、三度ぴょんぴょんと跳ねると、プールに向かって跳んだ。


飛び込み、ではなく跳んだのだ。

それこそ、ちょっとした段差から地面の上に跳ぶように軽い動きでプールへ向かって跳んだ。


意味が分からず、凌我も悠一もそろって首を傾げる。


そのままいけば足から水に突っ込んでしまうだけだ。特訓でもなんでもない。


だがそうはならなかった。


「はあ!?」


凌我が驚くのも無理はない。

千聖はなんと、大きな水しぶきをあげながら水の上を走っているのだ。


「す、すごい……」


萎縮していた悠一が、ぼそっと呟く。


二十五メートルをあっという間に走りきった千聖は、プールサイドで慌ててブレーキをかけていた。

水上の走破にかかった時間は一秒ほど。憑力アンセスを使っても自分には出せない驚異的なタイムに、悠一は体が震えるのを抑えらなえい。


だが、凌我は悠一とは違う部分に驚いていた。

凌我が驚いたのは『あの程度のスピードで水面を走っている』ということ。


万全の拒絶共鳴シングルアシスト状態であれば、千聖と同じスピードで走ることもできる。


だがそれでも水の上は走れない。それを凌我は身をもって知っている。


……中学生の頃、彼はプールの授業で試して大失敗した経験があるのだ。


教師に怒られクラスメイトに笑われ神無にこれでもかというほど馬鹿にされたあの日の記憶は、凌我にとって決して忘れられない思い出になっている。


その記憶に反して、千聖は二十五メートルを走りきった。

その方法こそが特訓の趣旨なのだろうと、凌我はすぐに察する。


「二人にはこれをやってもらうわ」


プールの反対側から悠然と歩いてくる千聖が告げる。


ブレーキをかけるのに必死で、プールサイドで『にょわああああ!!』と奇声をあげていたことはなかったことにするようだ。


「そんな不安そうな顔しなくてもちゃんと説明はするわよ。アタシが足を水につける出すたびに水しぶきが上がってたのは見てたわよね?」


凌我も悠一も、首を縦に振る。


それを見てから千聖は再度プールの近くまで歩いていく。

ただし、今度は飛び込み台ではなくプールのふちで立ち止まった。


「見てて」


右足を前に出し、プールの水面に足を付ける。


次の瞬間、何もしていないのに急に水しぶきが上がった。

そのことに驚いた悠一が小さく悲鳴をあげてしまう。


「今回アンタたちにやってもらう特訓は憑力のコントロールよ」


千聖は右足をを水面に付けたまま、今度は一つずつ説明しながら実演していく。


「アタシは今、憑力アンセスを足の裏の表面にだけ溜めたの」

「表面だけ……?」

「足の裏に薄皮一枚程度の膜を憑力で作るのよ。憑力を膜の薄さになるまで凝縮して凝縮して……足が水に触れた瞬間、それを爆発させる。ただ爆発させるだけじゃダメよ? 水に沈まず、吹き飛ばされず。威力を調節して爆発を起こすの。アタシは『箔爆はくばく』って呼んでるわ」


言い終えたのと同時、先ほどと同じように水しぶきがあがる。今度は悠一も悲鳴を上げなかったが……代わりに口を開けポカンとしていた。


「そ、そんな難しいこと……」

「別に難しくないわよ。とち狂ったように死ぬ気でやれば案外楽に覚えられるわ」

「それ楽って言わないと思うんすけど!?」


千聖に対し怯えていた悠一もさすがに今回ばかりは大声をだして突っ込む。


千聖は憑力を溜めて爆発させるだけ、と言っているがそのコントロールを猛スピードで走りながら行うのはかなりの難易度だ。


「佐藤君は大変かもしれないけど、凌我は楽勝でしょ?この前の試合で似たようなことしてたんだから」

「こんなことやった記憶はねえぞ?」

「なに言ってんのよ。焔剣融世トライアンフを殴った時、拳を憑力で覆ってたじゃない。あれがなかったらアンタの腕溶け消えてたわよ?」


千聖が言っているのは先日の模擬戦での『絶拳凌駕ぜっけんりょうが』について。


焔剣融世は物質ではなく、あくまで熱でしかない。そのため、憑力で熱を『流されてしまう』ことに弱いのだ。


「あれは……ちょっと耳貸せ」

「?」


悠一を見ながら気まずそうな顔をする凌我が千聖へ顔を近づける。急にそんなことをされる理由が分からない千聖は少し顔を赤くしてしまっていた。


「ありゃ覆ってたんじゃねえ。漏れ出た憑力が勝手にそうなっただけだ」

「……あー」


漏れ出てしまうほどの憑力量。Dランクのツキモノが憑いている――ということになっている凌我がそこまでの憑力を持っていることを悠一に知られるわけにはいかない。


悠一は凌我たちを不思議そうな顔で見つめている。そんな悠一に怪しまれないようにと凌我たちはとっとと特訓を始めることにした。


「よ、よし悠一。今の話は置いておいて、とりあえず特訓だ!」

「そ、そうね! あ、この特訓は結構憑力を消費するから、佐藤君も、『Dランクのツキモノが憑いてる凌我』もやりすぎには注意してね!」

「おう!なにせ俺は『D組の生徒』だからな!」

「は、はあ……」


飛び込み台へたったか歩いていく凌我の背中を追いかけ、悠一はいろいろと疑問に思いながらも隣の飛び込み台に立った。


「憑力の調整に気を取られて二歩目を出すのを忘れるんじゃないわよー」

「わーってるよ。よっしゃ行くぞ悠一!」

「はいっす!」


二人同時にプールへ飛び込む。ほぼ同じタイミングで水面に足を付けた。

……凌我の足元で、ばっしゃーん!とそれはそれは盛大な水しぶきが上がった。


「のわあっ!!」


凌我が憑力の調整を誤り、大爆発を起こしたのだ。


千聖の水しぶきが可愛く思えるほどの爆発は、離れていたとこで見ていた千聖と咲に水を浴びせ、ギャグマンガのように凌我を吹き飛ばす。


放物線を描いて吹き飛ぶ凌我の体は、二十五メートルのプールを軽々通り越し――反対側の壁に激突してようやく止まった。


***


「ほんっとすまん!!」


ぱんっ! と両手を合わせて頭を下げる凌我。


その相手は水をぶっかけることになった千聖や咲ではなく……爆発の影響を間近で受け、プール横の壁に力強く叩きつけられた悠一だった。


「い、いいっすよ師匠。頭を上げてください!」


謝られている悠一は手をあわあわさせながら、その傍らで打ち付けた肩を冷やしている。


体を強く打ち付けていたので、悠一は安静のために帰宅することに。

まだここに来て一時間も経っていないというのにこんなことになり、師匠としてはどんな顔をすればいい分からない。


「ま、まあ今はゆっくり休んでくれ。明日もいろいろやる予定だからよ」

「はいっす。じゃあ着替えてそのまま保健室に行くっす」

「おう。昼になったら飯誘いに行くからそれまで寝とけ」

「了解っす。……え、えっと、あ、あ、あの、お二人も……」

「また明日。しっかり休んでね」

「……」


凌我に別れを告げ、そのまま離れたところで見ていた千聖と咲にも律儀に挨拶する悠一。そんな彼に千聖は優しく、咲は冷めた視線を返す。


咲のぶれない姿勢に困惑しながら悠一はプールサイドを走って出ていく。

出口はすぐ近くだ。悠一の姿はすぐに見えなくなった。


「さて、と……出てこい神無」


悠一の気配がある程度遠くにいったところで、凌我はその名を呼んだ。

それを待っていたかのように、彼の体から青白いオーラのようなものが出てくる。それは凌我のすぐ横に集まっていき、やがて人の形になる。


「くはは、中から見ておったぞ凌我。せっかくわしが邪魔をしないでいてやったというのにこの体たらく……。わしの力を使いこなすなど早々に諦めてしまえばいいものを」

「うるせえ。つうかなんで今日に限って邪魔してこねえんだよ!」


プールサイドでも神無の格好は変わらず着物。

プールと着物というアンバランスさが彼女の怪しさをさらに引き立てる。


そんな怪しさに以前と同じように警戒しながら、遠くにいた千聖と咲がようやく凌我の近くへ来た。


「今回は邪魔されてなかったの?」

「ああ。どうせ今日もいつもみたいに邪魔すんだろって考えて憑力使ったら……さっきのざまだ」


ブレーキがかかっていると思いながらアクセルを踏み込んだのだ。結果が想定を外れるなど当たり前。むしろあれで済んで良かったとさえ言える。


「お主の邪魔をするもしないもわしの勝手であろう」

「今まで百パーの確率で邪魔してきたやつが言うセリフじゃねえよなぁ……!!」

「痛い痛い! 貴様! このわしに『ちょーくすりーぱー』をかけるとは何事じゃ!!」

「っるせえ! 俺のやりようのない怒りをくらえ! ……あっ、あと悠一の分!」

「あやつの分完全に付け足したじゃろ!!」


海パン一丁の男が青白い着物美女にチョークスリーパーをかけるというシュールな図を、女子二人は死んだ目で見守るしかない。


「はあ……。もういい。次も邪魔すんじゃねえぞ。そのつもりで調節するからな」

「くはは、気分次第じゃな」

「……『アキレス腱固め』って知ってるか」

「く、くはは……今日は気分がいいからのう。次も邪魔しないでやろうではないか」


ツキモノを脅迫して言うことを聞かせつつ、凌我は再び飛び込み台の上に立って、体の調子を確かめるように軽く肩を回したり足を動かし始める。


あれだけの失敗をしておきながらなんの躊躇もなくリトライしようとする凌我に慌てた様子で千聖が声を掛ける。


「ちょっ、あれだけ派手に失敗しておいてそれは早すぎるわよ! アタシの思ってた以上にコントロールができてないんだから、まずは爆発を抜きにして凝縮だけの特訓を――」

「だからさっきのはあのバカが原因っつったろ。今回はちゃんと調節するから安心しろ」


千聖の言葉を最後まで聞かず、凌我はプールへ飛び込んだ。

水面へ足が付く。そして――


「のわああああああ!!!」


――さっきと同じことを繰り返していた。

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