第10話 剣+力=再開
突如として現れた幽霊もどきの神無。
視線で神無を示しながら、凌我はそれを『自分のツキモノだ』と説明した。
しかし、それはこの世界の常識外の回答で、二人にはまるで意味が通じていなかった。
馬鹿にされていると感じた咲は眉を吊り上げながら、
「適当なことをいうな! 自我を持つツキモノなど聞いたことがない!」
「って言われてもなぁ。ツキモノはツキモノなんだから、そうとしか言えねえよ」
ツキモノの『憑力』は人間の体力とは全く別の法則で回復する。
それゆえに、人知を超える能力の数々を「人に与えられた力」ではなく「人に憑いた力」という意味を込めて「ツキモノ」と呼んでいるのだ。
とはいえ、咲の言う通り自我を持つツキモノなど世間の常識には存在しない。
「……混乱するから一つずつ質問するわ。まず、仮にそこの神無っていうのがツキモノだとして……能力はなに? 対話できることそのものが能力なの?」
「『身体強化』だ。俺の身体能力のパラメーターを上げる」
「それはあくまで副産物と何度も言うておろうが。わしは『力の根源』じゃ」
説明する側でも意見がうまく通っていない。
それくらいちゃんとやっておけよ、という文句を喉元で抑えて千聖は尋ねた。
「じゃあアンタがそうやって自我を持ってるのは何?」
「ツキモノはすべて自我を持っておるぞ? わしが特別なのではない。まあわし以外のツキモノは弱すぎて宿主に声が届かんようじゃがな」
「弱すぎてだと? お前、千聖さんのツキモノを知らないのか。世界最高クラスの神が憑いてるんだぞ」
「神じゃか亀じゃか知らぬが、わしから見れば赤子のようなものよ。他のものと大差ないわ。……それはお主も理解しているはずじゃが?」
千聖は神無からの言葉を否定できない。
対峙した時の恐怖が全てを物語っているからだ。
「そんな青い顔すんじゃねえよ。あんな真似二度とさせねえから」
よほど恐怖が顔に出ていたのだろう、凌我は俯いた千聖にそう声を掛ける。
凌我の口からこちらの身を案じる優しい言葉が出たことに千聖も咲も驚き、何ごとかと凌我を見つめた。
「別にお前のために言ってんじゃねえ。元からこいつに体を貸すつもりなんざこれぽっちもねえんだよ。あれはこの馬鹿が無理やり俺の体を乗っ取った結果だ」
「乗っ取ったって……そうよ、それについても聞きたかったの。あれはなんなの? っていうか、アンタどうしてこの能力をいつも使ってないのよ!」
ツキモノの自我についてはこれ以上詳しい説明を望めないと考えた千聖が、次の質問へ話題を切り替える。
神無についての質問から、神無と凌我の関係について。
質問を受けた凌我は、一瞬気まずそうに千聖から目を逸らす。その仕草に千聖が首を傾けるが、千聖がそのことについて問う前に彼は右腕の袖をめくりあげた。
そこには。
「傷……?」
咲が思わず声に出したように、傷が残っていた。
右手首と肘の真ん中あたり。
そこに千聖に残っているものと同じように、相当前に付いたと思われる十センチ弱ほどの傷がある。
「アンタ、アタシより回復早いくせにどうして……」
「多分お前と同じだよ。おおかた、お前もガキの頃に大けがした時の傷が消えねえんだろ」
「な、なんでお前が千聖さんの傷について知っている!」
「Sランクのお前なら知ってるたぁ思うが、強いツキモノが憑いてると傷の治りが早い。だから普通はどんだけ深い傷を負っても残ることはねえ。……が、ガキの頃だけは別だ。五歳だとか六歳までは、憑力が体に馴染みきってなくて綺麗に治せねえ時があんだよ」
「……その通りよ。そうして残った傷は、それ以降消えなくなる。……アタシの傷も、十一年前に付いた傷よ」
右わき腹――傷のある場所をさすりながら、千聖は傷について話す。だが、付いたときのことを詳しく話す気はないのか、それ以降彼女は言葉を続けなかった。
「俺も同じくらいの時にな。力の暴走が原因だ。神無を使い切れなくて事故っちまった」
「くはは、わしの力は人間に使いこなせるものではないからのう」
なぜか自慢げに笑う神無の頭をはたく凌我。
文句を言ってくる彼女を無視して再度凌我は二人に向き直る。
「んなことがあったから、俺はこいつの力は意地でも使わねえって決めてんだ。……いや、正確には
「拒絶共鳴……確かに、ツキモノがどれだけ凄かろうと共鳴さえ使わなければ力は抑えられるわね……」
共鳴とはツキモノの力と自分の意思を文字通り共鳴させることで憑力を効率的に使用する、ツキモノを扱う際の最低限の技能である。
憑力を扱う能力については凌我はからっきしだ。だがそんな凌我も共鳴程度はできる。だがその次の段階――
たとえどれだけ効率的に力を取り出すことができたとしても、その出力を調整できなければ意味がない。いや、意味がないどころではない。
神すら超える憑力を持つ神無にとって、調整の失敗はすなわち圧倒的な破壊だ。
「……なのにこの馬鹿は俺に力を使わせようとしてくんだよ。こいつ自身も自分の力を扱えねえってのに」
「はあ!? それじゃあ……」
「そうだ。こいつに任せても力は暴走する。だから俺が抑えてる」
さらりと告げる凌我だが、それに対し千聖と咲は驚愕を隠せず声を漏らす。
同時に、千聖の中で謎が解けた。
模擬戦当初、千聖が凌我に感じていた違和感。アクセルとブレーキを同時に踏んでいるようと感じたあの動き。
それはまさしくその通りだったのだ。
己の内側から力を使わせようとする神無を抑えつけ、その上で自らが使う憑力を取り出す。
まったく逆の動作をすることを強いられながら戦いに挑むなど……常軌を逸している。
「じゃあ、途中でアンタの動きがよくなったのは……」
「こいつが俺に力を使わせようとしなくなったからだ。憑力を扱う能力についちゃからっきしだが、肉弾戦は邪魔されなきゃあれくらいやれる。……こいつがどうしてそんなことをしたのかは、俺自身よく分かってねえけどな」
睨みつけるように、視線を神無へ移す。その視線を浴びながらも飄々とした態度を崩さずに神無は笑う。
「わしの考えなどお主には理解できぬじゃろうよ。まあただの気まぐれとでも思っておれ」
含んだような言い方をする神無を、凌我だけでなく千聖と咲も睨みつける
。だが、神無は頑なにその先を語ろうとはせずに、意味ありげに笑みを浮かべるだけだった。
はあ、と凌我が小さくため息をつく。
彼も神無とは長い付き合いだ。これ以上は望めないと勘が教えてくれる。
「その神無の存在がアンタの降参にどう繋がるかも、ちゃんと説明してもらえるんでしょうね」
諦め黙った凌我の代わりに再度千聖が口を開いた。その内容は千聖がここに来たもともとの理由であり、その分真剣な眼差しで凌我を睨みつけている。
「俺がこいつを使わされた。それが理由だ。さっきも言ったが、俺はこいつをぜってえ使わねえと決めてんだよ」
「なっ……そんなくだらない理由でアンタは勝ちを捨てたわけ!?」
千聖の頭に一気に血が上る。彼女はずんずんと凌我に詰め寄り、胸倉を掴もうと手を伸ばそうとするが――伸ばした手を、凌我が冷たくはたき落とした。
「……そりゃあ、てめえにとっちゃぁくだらねえ理由だろうよ」
千聖を見つめる凌我の瞳は冷たく、いつも感じるようなぎらついた光は見えない。
「だがな。俺にとっちゃこの意地張り通すのがなにより大事なんだよ。今回は俺がてめえより弱かったからこいつに体を乗っ取られた。だから降参した。そんだけだ。てめえの理解なんざ求めてねえんだよ」
その突き放すような言い方は、いつもであれば千聖の怒りを買っただろう。だが、今回彼女が彼の言葉を素直に聞き届けたのは――彼の顔に、悲しみの影が落ちていたから。
しかしそれも一瞬のこと。まるでそれを隠すように彼はすぐさま表情を切り替える。
気づけばそこにいるのはいつも通り不遜な態度の凌我だ。
「他に聞きてえことはなんもねえよな。大体聞きたいことは答えたろ」
切り替えが早すぎて今の憂いが気のせいだったのでは勘違いしそうになる。
ただ、そちらに気を取られたおかげで千聖の怒りの炎はいまや鎮火寸前。冷静に物事を考えられるようになっていた。
聞きたいこと、様々なことが頭の中を駆け巡り――一つだけ、どうしても解きたい謎が残っていたことを思い出す。
「後回しにしてたけど『力の根源』ってなに?私の
炎神最強の一閃。すべてを溶かす一撃。
その絶対の技を凌我は――正確には神無は、ただ触れただけで打ち消した。
強さを求めるものとして、そのからくりを知りたいと願うのは当然。
そんな千聖の問いに答えたのは、凌我ではなく神無だった。
「難しく考えることはない。力の根源とは力そのものという意味じゃ。力そのもの、力という概念の支配――抽象的なものゆえわしも言葉での説明は難しいが……簡単に言うのであれば、度を越えた馬鹿力といったところじゃの」
「ば、馬鹿力?」
「そうじゃ。お主は自分の技が打ち破られたことに対して、なにやら難しい力が働いたと考えておるようじゃが」
「あ、当たり前でしょ! あの技はアタシの最強の技なのよ! アンタがとんでもないツキモノだってのは理解してるけど、だからって指先で触れただけで消えるなんてあり得ない。なにか特殊な力が働いたとしか考えられないわ!」
「特殊な力なぞ働いておらんわ」
まるで井の中の蛙を憐れむように、冷静に単調に神無はその答えを返した。
「貴様の技よりも、わしが優しく指で触れた力の方が大きかった。ただそれだけじゃ」
千聖も咲も、言葉を失う。
荒れ狂う熱を集約し解き放つ、世界を溶かす技。その言葉に、誇張など一切ない。
それよりも、人差し指で軽く触れたことによって生じた力の方が大きい?
そんなことあってはならない。
そんなもの、個人が持つ力を明らかに逸脱している。
「俺が神無のことを誰にも言わない理由、分かったろ」
「…………」
二人とも頷きこそしなかったが、納得するほかなかった。
凌我がこんな強力なツキモノの存在を隠し、D組に居る理由は単純だ。
――言えるわけがない。こんなもの、世界を変えてしまいかねない。
「筋を通すために説明はしたが……分かってるとは思うが誰にも話すなよ」
「……今回ばかりは、お前の指示に従ってやろう」
咲が小さく呟いた。複雑な感情で頭がいっぱいなのだろう、いつもなら文句の一つでも言うはずだが、今回はそれしか言わなかった。
対して、千聖は違った。
「篠宮凌我、アタシのチームに入りなさい」
「なっ!?」
凌我に向けた千聖からの提案に声をあげたのは咲だ。一人だけ目を見開いて驚いている。
「何を考えているんですか! こんなやつチームに入れても名前に傷がつくだけです!」
「いつも言っているでしょ。アタシがチームに求めるのはブランドじゃない。純粋な強さよ」
「で、ですが……よりによってこんなやつを……!」
「二人で勝手に話し進めてんじゃねえよ。俺が入る前提で話進めんな」
言い争う二人の間に、当事者なのに蚊帳の外にされていた凌我が声をあげる。千聖と咲が彼に応えるよりも先に、凌我がさらに続けて話す。
「っつうかなんだよチームって。そこから説明しろ」
「チームって言ったら
「ここ選んだのは一番強くなれそうだったからだ。それより、今霊獣退治っつたか?」
「言ったわよ。……はあ……」
ため息をこぼした後、千聖はポケットをごそごそとし、何かを掴んで凌我の目の前に差し出した。
それは学校支給の通話端末だ。私用に使われないよう通常のものと比べて機能はかなり制限されているが、電話とメール、それに学校関係のデータ管理くらいには使用できる。
彼女は携帯を操作し、データの中からある一覧表を表示させる。
「……これがお前のチームか?」
「ええ。アタシたち生徒は三人以上のチームを作ることで、霊獣退治の作戦に参加することができるようになるの。チームメンバーの実力によって参加できる危険度は変わってくるけど、実戦を経験できるのは大きいわ」
「ちょっと待て、チームは三人以上いりゃいいんだよな?……ざっと見ただけでも二十人以上の名前があるんだが」
「全員合わせて五十六人よ。神が憑いてるアタシがリーダーなんだもの。そりゃあ人気だってあるわよ」
「俺たちまだ入学してから一か月も経ってねえだろ……」
さすがの凌我も、これには呆れるほかない。
自分に憑いたツキモノが特殊すぎて感覚がマヒしていたが、世間一般ではSランク……それも神レベルともなると、ここまで人気になるのもなのかと思わず笑いが出てしまう。
「驚いたか? 驚いたろう。千聖さんはこの学校の星。未来のクイーン! お前ごときがこうやって話せること自体が奇跡なんだ。分かったら大人しくチーム入りを辞退して金輪際千聖さんに近づかないことだな」
「辞退もなにも、そっちが言い出したことだろうが。言われるまでもなく入らねえよ」
「……どうしてかしら? 霊獣との実戦経験なんて貴重なものだと思うけど」
凌我の拒否にも負けることなく、千聖はさらに粘る。
「学園に来る依頼なんざたかが知れてんだろ。それならここで人間相手にしてる方がいい」
実戦とはいえ、まだまだ大人の保護下にある学生に命の保証ができないような危険な依頼は来ない。
だが、凌我が求めているのは命の保証ができない戦いだ。危険度の低い霊獣退治よりも、敵意を持って自分に挑む喧嘩の方が好ましい。
「こいつもこう言ってることだし、無理して参加させなくてもいいんじゃないですか?」
「……いえ」
千聖はこれでも退かなかった。咲が隣で歯がゆい思いをしていることに気付かないまま凌我に話しかける。
「篠宮凌我。アタシのチームに入ったらアンタを強くしてあげるわ。これならどう?」
「できんのか?」
「アタシだって、扱いの難しい強力なツキモノを宿してるのよ。アンタはどうせ我流だろうけど、こっちは神憑きとしていろんなことを教えてもらってる。もちろん学校じゃ教えてもらえないようなこともたくさんね。そのノウハウをアンタに伝えるだけで、今までとはかなり違うんじゃない?」
ベッドに座っていた凌我が、ゆっくりと立ち上がる。
にらみ合うように千聖と視線を交錯させ、獰猛に笑う。
「それが俺をチームに入れるための餌ってわけか。なるほど確かに食いつきたくなっちまうほど最高の餌だな」
「それは参加すると受け取っていいのかしら?」
「いいや」
ここに来て、凌我は首を横に振った。参加を確信していた千聖があからさまに動揺する。
「ど、どうしてよ! こんだけいい待遇で迎えるってのに何が不満なの!?」
「待遇が良すぎんだよ。確かに俺のメリットはでけえが、逆にそっちにメリットがなさすぎる。そんないい話簡単に信用できるわきゃねえだろ」
「こ、こっちにだってメリットはあるわよ!」
「言ってみろよ」
挑発するように見下す凌我に千聖は何も言い返せない。
メリットは本当にある。正確に言えば千聖のチームに、ではなく千聖個人に対してだがメリットがあるのは嘘ではないのだ。
だが、それを本人に言うのはためらわれる。
後ろめたいことがあるわけじゃない。言えない理由はもっと単純。
(こ、こんなこと、本人に言うなんて……恥ずかしすぎるわよ!!)
「そういうこった。おら、話は終わったろ。変な噂流される前にとっとと出てけ」
顔を赤らめ身をよじる千聖を不思議に思わないでもない凌我だったが、そこは深く考えないようにして二人に退室を促す。
命令されるのが気に食わないのか、咲はまた凌我に文句を言いそうになっていたが、それは千聖が何かを呟いたことによって止められた。
「…………からよ」
「なんだよ剣姫サマ。まだなにか――」
「アンタをチームに入れたいのはアンタに心動かされたからよ!!」
鬼気迫るほどの迫力で千聖は凌我に迫る。凌我ですらその勢いに押され一歩下がってしまいそうになるが、すぐ後ろにはベッドがある。逃げ場はない。
下がれない凌我の胸元を両手で締め上げ、なににキレているのか凌我も咲も理解できないまま千聖は怒鳴る。
「あ、アンタの戦い方見て感動したのよ! こいつとならもっと強くなれるかもしれないって思ったの! 神無の話とか聞いていろいろ頭はごちゃごちゃしてるけど、強くなるチャンスを逃したくないのよ! だからチームに引き入れる! それだけよ、悪い!?」
「わ、悪かねえが……俺をどう見てるか知らねえが、俺はそんなに強くねえ」
「アンタの意見なんて聞いてないの! アンタが自分をどう見てるか知らないけど、アンタはアタシが感動するくらい強いのよ! 分かった!?」
さすがの凌我もここまで言われればもう何も言い返せない。諦めを示すように両手を上げ降参する。
「……わーったよ、降参だ。ただし一個だけ条件だ。悠一も一緒にいれろ」
「佐藤くんも?別にいいけど」
「軽いな……。ま、ならオーケーだ。もう断る理由もねえしな。これから頼むぜ」
その言葉を聞き、千聖はようやく凌我から手を離した。
それから一歩下がると、凌我に対して右手を差し出した
「あ? なんだ?」
「なにって、握手よ握手。これからチームメイトなんだから。あとアタシのことは千聖でいいわ。チームメイトはみんなそう呼んでるから」
「あいよ、んじゃ俺も凌我でいいぜ。千聖」
差し出された手に、凌我も同じように手を伸ばす。
ついさっきまで互いに潰しあった仲ではあるが、今は同じチームの仲間。そのあたりの区別は二人ともしっかりできている。
むしろ全力を出しあった仲だからこそ、二人の間には言葉にしづらい絆が生まれていた。
お互いに、見つめあって笑顔を交換する。
――だからこそ、咲の暗い表情に二人とも気づけないでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます