第18話

 大股でかつかつと歩くウィルのあとを小走りで追いかける。

 それなりに発展をして人の多いこの街を歩くのは至難の業だ。数回、人とぶつかりそうになりながら、なんとか彼の隣に追いつく。

「ねぇ、待って」

「待たない」

「待ってよ……歩くのが早いわ」

 ぜぇぜぇと息を切らして懇願をするオリヴィアに、ウィルはなんとも嫌味な笑いを浮かべた。それが彼女の米神に直撃し、沸点を上げる。

「意地悪!」

「お前、エドガーに聞いただろ」

 わざと叫びに被されたかのような問いかけに、オリヴィアは口を大きく開けたまま固まった。そしてそれを閉じて、答える。

「ごめんなさい。その、やっぱり気を悪くしたかしら」

 しょんぼりと肩を落とす彼女に、ウィルはなんとも忌々しげに眉を寄せた。

「どうせあいつがペラペラしゃべったんだよ。あんな堅物そうな顔をして口が軽いんだよ神父のくせに」

「……彼、とてもあなたのこと心配してたわ。仲良くしてあげてって、繊細な子だからって」

 精一杯歩幅を広げながら食いついてくるオリヴィアを視線の動きだけでちらりと見て、ウィルは軽く舌打ちをした。足は止めない。つかつかつかと人の多い道を歩きながら、忌々しそうに毒を吐く。

「あいつ、勝手なこと言いやがって。完全に子供扱いかよ」

「コルネリウス先生はとてもいい人よ。あなたのことをとても大切に思っているわ」

「過保護なんだよ。いつまで保護者気分なんだよ」

「……あなたは、彼に教わったの?」

「親の話は聞いたか?」

「え、ええ」

「結局離婚して、俺は父親と再婚相手と暮らし始めたんだ。結局うまくいかなくて飛び出して――行き着いたのがあいつのところだ。行きたくて行ったわけじゃない。行き倒れしているところを拾われたんだ。飯を食わせる代わりに覚えろと、そう言われた」

「……恩人なのね」

 彼は答えない。ただただまっすぐ前を向いて、道の進む方向に靴の先を向けている。二人の子供が笑い声を立てながら二人の間を割って走っていった。サングラスに隠された彼の瞳は、一体何を映しているのだろう。真一文字に結ばれた彼の唇。

 無言のまま五分ほど歩いて、ウィルはふいに口を開いた。

「……俺の目はあいつのせいじゃない」

「……え?」

「例えあいつがどれほど経験を積んでいようと未熟だろうと、俺は結局悪魔憑きだ。あいつはもう、ずっと長い間、自責の念に囚われている」

 じっと前を向く彼の横顔。彼は一体、何を考えているのだろう。何を求めているのだろう。慰めてほしいのだろうか。そんなことはない、気にするなと言うべきなのだろうか。わからない。オリヴィアには、今の彼に掛けるべきふさわしい言葉を見つけることができなかった。

 今だ視線のずれることのない彼の横顔を見ながら、オリヴィアは思う。アルビオンを追放された――いや、入門することのできない異端のエクソシスト。赤い瞳。悪魔憑き。逆さまの十字架は贖罪の証だ。エドガーだけではない。彼も、彼こそこの背中に、重い十字架を背負って歩き続けているのだ。

 いつの間にか、彼との間に大きな距離が出来ている。精一杯歩いて、付いて行っているはずなのにどうしてだろう。彼女がどう頑張って歩いても、彼の背中に追いつくことは不可能だった。

 オリヴィアは狭い歩幅を精一杯広げ、声を張った。

「……例えもし、彼に負い目があったとしても。あなたのことを、大切に思っていることは本当よ。きっとこの、世界中にいる誰よりもきっと」

 彼女の言葉が、きちんと彼の心に届いたのかどうかはわからない。

そのまま歩いて、歩き続けて――

 ウィルは不意に足を止めた。それからふっと、実に十数分ぶりに、その顔をオリヴィアに向けた。

「飯、食うか。腹減っただろ」

 顔を上げると、そこにあったのはピザ屋の看板。トマトとチーズの焼けた香りが、暴力的に腹の底を刺激する腕時計を見ると、正午はすでに二時間ばかり過ぎていた。口ではどれほど強がろうと、腹の虫は正直だ。ぐう、という催促の声に、オリヴィアはこくりと頷いた。

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